第5話
「准尉だった頃のツウですか」
暗くなった夜道をふたり並びながら進んでいた。時おり道行く人とすれ違いながら歩いた。
「ええ、士官学校を卒業してすぐの。まだ、今みたいにバッサリと短い髪ではなく、つややかな髪を纏めて帽子の中にしまってた頃の」
「へえ。髪の毛を帽子に…… そうなんですか。てっきり士官学校の在学中に切ったものだと思っていました」
「私が初めてあってから1年程は長かったですよ。でもある時にバッサリと」
「なにかあったんですかね?」
「あら。ご存じない?」
「ええ……」
「私の口から申し上げると失礼かもしれない話なので、控えますね」
「あー、そんな感じですか。なんだろう気になるなぁ」
「気になるなら本人にね。ところで、アインさん?」
「なんでしょう?」
「お話を続けても?」
「ああ、すみません。脱線をしてしまった。ええっと、お向かいさんに憲兵が貼り込んだんでしたね」
「ええ。その当時の私は軍の中に憲兵さんなんていう人たちがいるとは知らなかったのですけどね。軍の人が見張っていてくださるのだとしか思っていませんでした。けれど、その事実はとても心強く思えました。後から知ったのですが、お向かいさんのご主人は中佐さんだったそうです、いまはもっと出世なさっているとかで、少し前に引っ越されていきました…… ええっと、そうそう。その中佐さんが私たちの家の前で、部下に見張りをさせましたから、安心してくださいと言ったときでしたね。中佐さんは手を挙げました」
「こう」とサナは右手を突き上げた。
「そしたら物の数十秒で4人の軍人さんが私たちの家の前に整列してくれました、この4人の者が見張りをいたしますからと少佐さんがおっしゃった後、一言、解散! と大きな声で……」
「その中にツウがいたと」
「ええ、服もピカピカで。帽子なんて獣人用の物でなくて耳が変な所からはみ出したりしちゃってて」
「ああ、当時は獣人初の憲兵隊員でしたからね。配給が間に合ってなかったんでしょう」
「ええ、そうみたいですね、後でツウちゃんに聞いたら新しい帽子が来るのに半年もかかったそうですよ」
「半年も……」
「ええ」サナはウフフと笑った「で、家の前に整列した4人の内のお一人は、なんていうのでしょう、年齢も少佐さんほどではないですがそこそこといった印象で、後から解ったのですが指導役だったそうで、今思うと下士官? って言うのでしたかしら?」
「ええ、あってると思いますよ。下士官」
「ですね、その下士官さんがツウちゃんと他の新人の二人に見張りの方法を教える練習を兼ねていたんですって」
「なるほど、張り込みの練習…… サナさんにとっては事件だったのでしょうが、憲兵隊にとしても人員を割くには小動物の死骸だけでは理由が薄いですからね」
「ええ。私と、特に母にとっては大事件だったのですが、世間的には何か事件が起きた訳ではないでしょう。後日ですが、ツウちゃんからそう聞いた当時は練習という事でも人員を割いてくれた少佐さんに感謝しました。これも後でツウちゃんから聞いたのですが、その新人の3人でかわりばんこしながら私たちを見張ってくれていたそうです」
「それで…… 犯人は捕まったんですか」
「いいえ」
「あら」
「犯人は、捕まりませんでしたね」
「では、見張りが付いて以来、玄関先に小動物の死骸は置かれなかった?」
「いいえ」
「ふむ」
「そろそろバスがきますから。そこでお話いたしましょう」
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