第14話
三人で一緒に作ったカレーパンは、なかなか良い出来だった。
作り慣れたキャロルとはともかく、初めて作ったメイとイリスのカレーパンは形がちょっとだけぼこぼこしていたが、猫の形っぽくも見えてかわいらしかった。
念のためと試食をしてみたが、さすがカフェテリアのカレーだ。揚げ具合もちょうど良く、とても美味しかった。
「んっ、美味しい……!」
「すごい……自分で作った料理って、こんなに美味しく感じるんですね」
カレーパンを食べながら、メイとイリスはちょっと感動した面持ちになっていた。
そんな二人を見てキャロルは、ふふ、と嬉しくなって微笑む。
さて、そうしてカレーパンが完成したわけだが、出来上がったらやはり意中の人にも食べてもらいたくなる。
三人はカレーパンを包むと、協力してくれたスタッフの皆さんに丁寧にお礼を言って、カフェテリアを出た。
さぁ今度は人探しである。キャロルはクライド、イリスはルイーズだ。
メイは特に渡したい人がいないので「最初に出会った知り合いへ渡そうかしら」なんて、なかなかギャンブルな事を言っていた。それなら自分で食べた方が良いんじゃないかとキャロルが思ったが、
「でも、私も二人と同じ気持ちを味わってみたいわ」
なんておっとりとした声で言われてしまった。
「うーん、被害者が出そうですね。話が合いそうで嬉しいです」
ついでにイリスまで変な仲間意識を抱き始めたので、キャロルはちょっと頭を抱えた。
「ルイーズさん、まだいるかな……」
そんな調子で話をしていると、ふと、イリスはそう呟いた。
先ほどカフェテリアの外を歩くルイーズの姿は見たが、あの時彼女は帰り支度をしていなかった。
ただ、あれから時間がそこそこ経っているので、まだ学園内にいるかは分からない。
それでもイリスが初めて作ったカレーパンだ。せっかく上手く出来たので、出来れば今日、渡す手伝いをしてあげたい。
そう思いながら探して歩いている内に、三人は学園の庭園に辿り着いた。
いつ来てもここは綺麗に手入れがされ、あちこちで美しい花が咲き誇っている。甘い花の香りの中に、ふわりとカレーの香りが混ざる。すっかり日常になってしまったが、改めて考えると不思議な状況である。
さて、ここに探し人はいるだろうか。そう思いながら辺りをきょろきょろと見回していると、
「だから、キャロルさんの好きな物を教えて欲しいのよ!」
件のルイーズの声が聞こえて来た。誰かと会話をしているようだ。
どうやらまだ帰っていなかったようだ。ほっと息を吐いたキャロルだったが、少しして「ん?」と首を傾げた。
何だか自分の名前が聞こえた気がする。不思議に思いながら声の方へ顔を向けると、そこにはルイーズ以外にクライドとチャーリーの姿があった。
一応、見慣れた光景だ。しかしいつもと様子が違っていた。
「断る。どうしてキャロルの好物を、君に教えなければならないんだ」
「いいじゃない。必要な情報なのよ。ちょっと、あなたも知っているんでしょう? 教えなさいよ」
「いや、確かに知っているけれど、今の状況で教えたらクライドが怒るから」
三人はぎゃあぎゃあとそんな言い合いをしている。
いつもより会話が弾んでいるなぁなんてキャロルは思った。
「私の好物がどうしたのかしら」
「そうねぇ。キャロルはルイーズさんを助けたんでしょう? なら、仲良くしたいんじゃないかしら」
「助けたと言っても、カレーパンを渡しただけですのよ」
「うふふ。しっかり胃袋を掴んでいるわね」
「へぇ、なるほど……勉強になりますね」
イリスが真面目な顔で頷いてるが、そうではない。キャロルが想定したのとは違う人物の胃袋を掴んでいる。
ただまぁ友人として仲良くなるのは、そんなに悪い事ではないかなとキャロルは思った。
「教えて!」
「断る!」
「お前ら落ち着けよ……」
呑気にそんな話をする三人をよそに、クライド達はだんだんとヒートアップして行く。
これはちょっとまずいなと思ったキャロルは、
「お二人共、カレーパンの出番ですの!」
と手に持っていたカレーパンの包みを高く掲げた。
メイとイリスも、楽しそうな顔で同じようにカレーパンの包みを掲げ「おー!」とノッてくれる。
そしてキャロル達は目の前で言い合いをしている彼らに突撃した。
「クライド!」
「ルイーズさん、こんにちは」
「チャーリーさん、ちょっと良いかしら」
三人それぞれ、カレーパンを渡す人物の名前を呼んで駆け寄って行く。
キャロル達に気付いた彼らは顔をこちらに向けた。クライドとチャーリーは意外そうな顔で、ルイーズはちょっと気まずそうな顔でだ。
「キャロル、お待たせ。ごめんね、時間が掛ってしまって」
「いいえ、大丈夫ですの。三人でお料理をしていましたから」
「料理?」
「はいですの。カレーパンですの!」
そう言ってキャロルはクライドに、持っているカレーパンを差し出す。
「嬉しいな。……でも、ちょっと羨ましい。今度は俺も混ぜて欲しい」
「クライドも料理をしますの?」
「まぁ少しは。だけどそうじゃなくて、キャロルと一緒に料理がしたいんだよ」
クライドが目尻を下げながらそう話す。
いつもかっこいいクライドだけど、今のは何だかかわいい。キャロルはポッと赤くなった。
それを見て、今度はイリスがルイーズにカレーパンを差し出す。
「あの、ルイーズさん。これ、良かったら」
「え? えっ、あの……私にですか?」
「はい。君を想って作ったんです。受け取っていただけますか?」
これでもかというくらい甘い声でイリスは言った。
するとルイーズは目を見開いたあと、ぷしゅう、と顔を赤くする。
「あ、え……はい……」
それから、あたふたしながら、両手でそっとカレーパンの包みを受け取った。
これは意外と良い感じになるかもしれない。そんな事を思いながら、キャロルは今度はメイ達の方へ視線を動かす。
「はい、チャーリーさん。これをどうぞ」
「えっ!? お、俺がもらっていいんです……か……!?」
「ええ。良かったら食べてみてくれると嬉しいわ」
「……ッ! め、メイさん! その、嬉しい、です。……ありがとう」
メイの言葉にチャーリーはとたんに真っ赤になった。
キラキラと目を輝かせたチャーリーは、そのままカレーパンを受け取ろうと手を伸ばす。
しかし、勢い余ってメイの手ごと握ってしまった。チャーリーは慌てて「あ、ご、ごめん!」と手を放し、改めてカレーパンを受け取り直す。
メイは少し驚いた顔をした後、顔を赤くしながらあたふたしているチャーリーを見て、
「ふふ、うふふ。チャーリーさんって面白いのね」
と楽しそうに笑った。それを見てチャーリーは、さらに顔を赤くしていたのだった。
◇ ◇ ◇
そんな六人を、少し離れた場所から見ている人物がいた。
バートランド・フロックハートだ。図書館へ寄った帰りに、何やら賑やかな声が聞こえたので足を止めたのである。
あまりに意外な組み合わせだったので、バートランドは二度見した。
キャロルとクライドはいつも通りだなとか。
イリスはこの学園でルイーズに目をつけたのかとか。
チャーリーってメイの事が好きだったのかとか。
気になる点は色々あるが、とにかくあの場の情報が多すぎる。
その中でひと際目を惹いたのが、三人が手に持っているカレーパンだ。
そしてあのカレーパンがいちゃいちゃするきっかけだった。
「カレーパンって……すごいな……」
バートランドはしみじみと呟いて、ひとまず言い合いは終わったのは確認できたので、そっとその場を後にした
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