第10話
幼い頃、キャロルは騎士になりたかった。
騎士が大好きで、家族が話してくれる騎士物語を聞いている内に、自分も将来は騎士になるのだと夢を描いていた。
しかしキャロルはどんくさい。木の棒を剣に見立てて振るってみてもへっぴり腰で、乗馬もそんなに上手くない。
騎士にはなれないだろうし、もしもなれたとしても現場には出ずに事務作業を割り振られていただろう。
キャロルは事務作業も好きだが、なりたいのは物語に描かれるような騎士だった。
そんな騎士に憧れて、なりたいと願ったのだ。
けれどもキャロルは、そういう騎士にはなれない。
それはキャロル以外の家族全員が思った事だった。
勉強ならばきっと問題がない。けれども元々の運動神経が良くないのだ。
きっとそのまま騎士を目指したとしても、深い挫折を味わう事になるだろう。
そういう経験も成長だと人は言う。
けれどもアップルヤードの家族達は、キャロルにそんな悲しい思いをさせたくなかった。
しかしそれを聞いて「本人の意志を尊重した方が良い」「諦めさせるだなんてどうしてそんなかわいそうな事をするのだ」なんて家族を責める者達もいたらしい。
けれども、それでも家族達はキャロルのために諦めさせる道を選んだ。
エゴでも自己満足でも、そうする事でキャロルの心を守ろうとしてくれたのだ。
まぁしかし六歳のキャロルが、そんな家族の気持ちを推し量る事はなかなか難しい。
騎士を目指すのは諦めなさいと告げられた時、キャロルは泣いた。泣いて、泣いて、大泣きして、家を飛び出した。
そのタイミングで、家に遊びにやって来たクライドと鉢合わせたのだ。
クライドはべぇべぇ泣くキャロルを見て慌てていたが、理由を聞いて複雑そうな顔になっていた。
その後クライドは家族に許可を取って、キャロルの手を握り、アップルヤード家の薬草園へ向かった。
ぐすぐすと泣くキャロルの涙をハンカチで拭いながら。
薬草園ではちょうど、青紫の花をつけたハーブが満開だった。
二人は薬草園の中を歩き、休憩用に設置されているガゼボへと向かった。
ガゼボにはお洒落ない白い丸テーブルと椅子が置かれている。キャロルのお気に入りの場所だ。ここで家族やクライドとお茶会をするのがキャロルの楽しみだった。
クライドは椅子をよいしょと移動させると、そこへキャロルを座らせた。
そして自分は彼女の目の前にしゃがんで、膝の上に乗せられた手をぎゅっと握る。
そんなクライドにキャロルは、ひっく、としゃくりを上げながら話す。
泣き過ぎて、すでに目は真っ赤になっていた。
「あのね、あのね……キャロルね、騎士になっちゃダメなんだって。キャロルはどんくさいし、剣もお馬さんもへたっぴだから……っ」
「キャロル、そうじゃないよ。確かにそこは否定しないけれど、そうじゃない」
クライドはキャロルを見上げ、優しく語り掛ける。
「僕と違って、キャロルはやる気も向上心もあったよ。でも君は騎士に向いてない」
「…………っ」
「ごめんね、嫌な事を言って。だけどね、理由は君が自分で言ったでしょう?」
「……うん」
こくり、とキャロルは頷く。
向いていない。本当に、それだけなのだ。
騎士になろうと努力していれば、それは実る日が来るかもしれない。
けれどもいくらやる気があっても向いていないならば、いつか必ず乗り越えられない壁にぶち当たる。
その時にキャロルが傷ついて壊れてしまわないかを、キャロルの家族は心配しているのだとクライドは言う。
キャロルは、まだ涙がぽろぽろ零れていたけれど、静かに彼の話を聞いた。
「騎士はかっこいいの。皆を助けられるの。悪者から、お父さん達を助けられるの」
「うん」
「だからね、キャロルね、騎士になりたかったの……」
キャロルはぽつぽつと、途切れ途切れになりながも話す。
――アップルヤード家はお人好しで穏やかで優しい。
けれども、そういう相手には「何を言っても大丈夫だ」と勘違いする輩がいる。
キャロルはそれを見た事があった。聞いた事があった。
ああいうのから守りたい。助けたい。騎士は人を助ける職業だ。それになれば自分は家族を守れる。
けれど。
でも。
今はキャロルのせいで酷い事を言われている。
それがたまらなく悲しくて悔しかった。
「キャロル」
ぽろぽろ涙を零していると、クライドが優しい声で名前を呼んだ。
彼は真っ直ぐにキャロルを見上げると、
「なら、僕が守るよ。騎士になって、僕が君と君の家族を守る」
そうはっきりと言った。
キャロルは目を瞬いた。
「でもクライドは、騎士になりたくないって」
「うん。自分で選べないのが嫌だから、勝手に選ばれたから、騎士になりたくなかった。だけど今は違うよ。僕は君を守るために騎士になりたい。これは僕の意志だ」
だから、とクライドは微笑む。
「僕が騎士になったら、その時は……。僕をキャロルの騎士にしてくれる?」
そしてそう言った。
優しい笑顔だった。優しい言葉だった。キャロルは胸が熱くなるのを感じて、そして。
この時にキャロル・アップルヤードは、クライド・オルコットに恋をしたのだ。
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