めちゃくちゃ『好き好き』って言ってくる韓国の女の子

kamokamo

何だか『好き好き』って言ってくる韓国の女の子

 涼しい風が頬をかすめていく春のある日。周りからは恋人たちのにぎやかな声が響いている。桜が満開になる季節には、これが当然の光景だろうと思った暖人はるとは、ポケットからイヤホンを取り出して耳に差し込んだ。その瞬間、誰かが後ろから暖人に話しかけてきた。


「おーい旦那。無視か?この私を無視するのかい?」


「無視してねぇよ。聞こえなかっただけ」


「またそうやって誤魔化そうと……そういうとこは好きじゃないぞ~?」


 背後から暖人を呼び止めたのは、ある女性だった。彼女の名前はイ・ソヨン。彼女は暖人の大学同期で、外国人である暖人に話しかけてくれる数少ない友人の一人だ。ソヨンはいたずらっぽい表情で、軽く暖人の背中を叩き始めた。


「ちょっと、痛いからやめてくれ」


「これは、私を無視した罰だから、黙って受け取りなさい!」


「だから、無視したことないって!」


 暖人の答えにもかかわらず、ソヨンは叩くのをやめなかった。ソヨンは鼻歌を口ずさみながら、彼に一つの提案をした。


「まあ、昼ご飯を奢ってくれたら、やめてくれるかも……ね?」

 最後の「……ね?」から、凄い圧が感じられる。暖人は普段から節約して生活しており、昔から着実に貯金もしていたため、お金に困ったことはなかった。それに、友達もほとんどいなかったので、お金を使う機会も少なかったのだ。だから、今日くらいソヨンに昼食を奢っても問題はないだろう。しかし、今の問題はお金ではなかった。ソヨンが彼の背中をどんどん強く叩き始めたからだ。そんなソヨンを止めるためにも、暖人は昼ご飯を奢るしかなかった。


「はいはい。奢りますので、もうやめてください」


「本当?やった!ありがとう!」

 暖人の答えを聞いたソヨンは、大きな声で喜びながら、さらに強く彼の背中を叩き始めた。


「痛い!痛いって!」

 暖人の苦情を知ってか知らずか、ソヨンは暖人の言葉を聞いても笑顔で叩くのをやめなかった。


(はぁ、どうしてこんなことになったんだろう……)

 事件の全貌を知るために、暖人は昨日の出来事を思い返してみる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 学校から帰ってきた暖人は、リュックを部屋の隅に置き、夕食の準備を始める。今日のメニューは白ご飯と味噌汁、そしてサムギョプサル。白ご飯と味噌汁は昨日の残り物を温め、フライパンを取り出してサムギョプサルを数枚乗せる。そして焼き上がるのを待ちながらゲームでもしようとケータイを手に取ったところ、ソヨンからメッセージが届いた。


「ヤッホ~、暖人くん!明日、時間ある?」

 突然ソヨンに明日の予定を聞かれた暖人は、明日のスケジュールについて考えてみる。明日は授業も何もない暇な日。課題やレポートが多少あったが、少し頑張ればすぐに終わりそうだった。それよりも、なぜソヨンが明日の予定を聞いてきたのか気になった暖人は、彼女に返信を送った。


「まあ、別にいいけど。どうした?」


「実は明日、昼ご飯の約束があったんだけど、相手に『ごめん、急に用事ができちゃって…』って言われてさ…」


(そっか、暇な俺を呼び出そうとするんだ)

 ソヨンの事情を知った暖人は、彼女が約束をキャンセルされて、自分を誘おうとしていることに気づいた。ソヨンとは被る授業が多く、授業のない日でも何度か会っていたので、彼女はいつの間にか暖人のスケジュールを把握していた。彼女は暖人が明日暇だということを知って連絡をしてきたのだろう。暖人は彼女に短く返事を送った。


「それで?」


「それでって何よ!一緒に食べようって誘ってるじゃん!バーカ!」

 約束がキャンセルされたことへの怒りなのか、それとも暖人の短くてそっけない返信への怒りなのか、ソヨンはメッセージ越しにも怒っている様子が伝わってくるような返信を送ってきた。


(ご飯か……でも、ご飯って一人でも食べれるのでは……?)

 暖人がそんな疑問を持つと、以前彼女との出来事を思い出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あ、あの……!すみませんが、私と一緒にご飯食べてくれませんか?」


「はい……?」


「その……実は、一人でご飯……苦手で……」

 ソヨンは少し顔を赤めて、照れくさそうに話した。


「あ……まあ、別にいいんですけど……」

 どうせ暖人も、ずっと一人でご飯を食べていたのでソヨンの提案を受け取ることにした。


「やった!ありがとうございます!」


(ちょっと変わった子だね……)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 今思えば、初対面の人にご飯を食べようと誘うなんて、よほどの社交性がなければできないことだった。


(まあ、あの時こいつが話しかけてくれたおかげで、今でも仲良くやってるんだけどな)

 暖人は昔のことを思い出しながら、ソヨンに返信を送った。


「いいけど……それよりお前、一人でご飯苦手だしな」


「そう!一人で何かをするって好きじゃないし、何より寂しいじゃん!とにかく、明日の11時半に校門前で集合ね!暖人くん好き!好き好き!」

 ソヨンはご飯を食べることだけではなく、すべての行動を一人でするのが苦手だ。彼女の周りに人が多いのも、一人じゃ何もできなくて、人を呼び集めるうちにいつの間にかこうなったという説がある。もちろん暖人が勝手に立てた説なので、正確さは少し欠けているが、ソヨンも一部は同意しているので、完全に間違っているわけではない。それよりも、今の暖人は彼女のメッセージで気になることが一つあった。


(あの「好き」って何なんだよ!ただのノリ?愛情不足?それとも、お、俺のことを……?)

 暖人は両手で頭を抱えながら、彼女の「好き」の意味を理解しようと努めた。ただのノリだと考えれば、十分あり得る。ソヨンはノリがいい方だからだ。しかし、ノリで好きって言う人は多くないだろう。では、愛情不足は?さすがに友人に対して愛情不足と言うのは失礼だと思った暖人は、自分を反省することにした。そうなると、ソヨンが自分を…?しかし、暖人はその考えも脇に置くことにした。顔も可愛くてスタイルもいい彼女が、自分を好きになるはずがないと思ったからだ。暖人は短くため息をついた後、彼女の発言について結論を下した。


(これも、こいつなりの独りになりたくないっていう表現か)

 ソヨンは寂しがり屋だから。友達が多いということは、それだけ去っていく人も多いということだ。きっとソヨンはそれを心配して、恐れているのかもしれない。暖人は彼女に「わかった」と返信を送った後、テーブルの上にケータイを置いた。そして、暖人はどこからか漂てきた焦げ臭さに気づいた。


(やっべぇ!サムギョプサル!)

 暖人は真っ黒に焼け焦げた石炭サムギョプサルを悔やみながらゴミ箱に捨て、冷たくなったご飯と味噌汁でお腹を満たした。彼がささやかな食事を続けていると、ケータイの着信音が鳴り響いた。


「暖人くん、辛いものはいける?」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 昨日のことを思い返しながら店へと足を進めていると、周りの人たちが暖人とソヨンを見始めた。


「ん?何かめっちゃこっち見てくるね」


「お前のせいだろ」


「あら~、デレちゃうな~。私、そんなに可愛い?」

 ソヨンの言う通り、彼女はとても可愛かった。小柄で愛らしい体型に、それに似合う可愛い仕草、茶色の瞳にマッチする長い茶髪のストレート。そして出るところは出て、引き締まるところは引き締まった完璧なスタイルに、声からあふれる隠しきれない可愛さまで。ソヨンという存在だけでも人々の注目を集めるには十分だった。しかし、人々が彼らを見ている理由はそれだけではなかった。


「痛い!痛いって!他の人が見たらデートDVと勘違いされるくらいだよ!」


「アハハ、ごめんごめん~」


「はぁ、それに、もうご飯奢るって言ったじゃん。そろそろやめてもらえるかな」


「はーいっ!それじゃ、今までソヨンマッサージをご利用いただきありがとうございます!」

 暖人の頼みに、ソヨンはとぼけたように答えながら叩きを止めた。まだ背中がズキズキと痛む暖人は、ソヨンに問いかけた。


「それで?店はまだか?」

 暖人の質問に、ソヨンは暖人の前に歩み出て、くるりと振り返りながら隣の店を指さして答えた。


「じゃじゃーん!到着しました!待ちに待った今日のハイライトです!」

 暖人がソヨンの指さす方向を見ると、そこにはマーラータン専門店があった。


(昨日の「辛いものはいける?」って、これのことだったのか)

 暖人は辛いものが得意だと自信があったため、特に心配せずに店の中へ足を踏み入れた。しかし、店に入った瞬間、鼻をつくような辛い匂いにむせて咳き込んでしまった。彼らが足を入れた店は、韓国で有名なマーラータン専門店。辛くないマーラータンも一応メニューにはあったが、この店の看板メニューはもちろんそれではない。


「激辛マーラータンでいいよね?」


「え?ま、まって……!」

 ソヨンの言葉に、暖人は耳を疑い、彼女を止めようとしたが、彼女はすでに遠くでマーラータンの具材を選んでいた。暖人がごくりと唾を飲み込みながら店内を見渡すと、滝のように汗を流している人や、子供のように泣き叫んでいる人がいた。彼が背中に一筋の汗を感じながらぼんやり立っている間に、ソヨンはすべての具材を選び終え、レジで注文を進めていた。


【合計23000ウォンです。辛さはどうしましょうか?0から10まで選べますが……】


【10でお願いします】


【かしこまりました。少々お待ちください】

 決済まで済ませたソヨンは、まだほんやりと立っている暖人に向けて軽く声をかけた。


「なにぼんやりしてるんだよ。早く座ろう?」


「あ、うん……」

 彼女の言葉に、暖人は力なく応じ、椅子に腰を下ろした。すると、ソヨンが怪訝そうな表情で暖人に尋ねた。


「どうしたの、暖人くん?顔色が悪いけど大丈夫?」


「あ……大丈夫だよ……」

 どうやら、力なく死にそうな表情の暖人を見てソヨンは心配になったようだ。暖人は昨日、ソヨンの質問にしっかりと断らなかった自分を恨みながら、彼女に尋ねた。


「あの……ソヨンさん?ここは……?」


「ん?昨日、メッセージで送ったじゃん?『辛いものはいける?』って」


「いや、それはわかってるけど……辛いものってこんくらいのレベルだとは……」


「まあ、こんくらいなら別に辛くもないし、何より辛いものを食べると汗も出で、気持ちよくなるじゃん!」

 確かに彼女は韓国人だ。ただ、彼女は韓国人の中でも辛いものが得意で、激辛に平然と挑む「辛党」の中でも「激辛党」に属するのだ。暖人の怯えた表情を見たソヨンは、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべながら彼に尋ねた。


「あれ~?もしかして、ビビった?」

 彼女の挑発が暖人の闘志に火をつけてしまった。彼女の挑発に乗った暖人は、少し言葉をつっかえながら彼女に答えた。


「ち、違うよ……?こ、このくらい、余裕だよ」

 暖人の反応が面白いと思ったソヨンは、くすくすと笑いながら一つの提案をした。


「ふぅん~。じゃ、賭けでもしよっか!」


「賭け?」


「そう!暖人くんがこのマーラータンを食べ切れられたら暖人くんの勝ち、もし食べ切れられなかったら私の勝ち」


「勝ったら何してくれるの?」


「ん~、そうだね。願い事を何でもきく……とか?」


(願い事か……ラブコメでよく出るやつだよな。いや、まって。何でもってことは、何してもセーフってことだよね?それって……パイ揉みもオッケーってこと……?)

 瞬間、暖人の頭の中にいやらしい考えが浮かび始める。柔らかくて体温が感じられ、ちょうど良い重さからくるずっしりとした感触。揉めば揉むほど揉みたくなる中毒性。暖人がいやらしいことを考えながら唾を飲み込むと、ソヨンは笑いながら言葉を続けた。


「もちろん、常識の範囲内でね?」

 まるで暖人の考えをすべて見透かしたかのように、ソヨンは見事にツッコミを入れた。当然、暖人が勝ったとしても、その想像を実行する勇気も度胸もない。しかし、ただ考えていたことを実際に却下されたときの喪失感は思ったよりも辛かった。暖人は肩をすくめ、彼女の目を逸らしながら答えた。


「わ、わかってるよ……」


「いやだ……いやらしいことばっかり考えて……」


「ち、違うって……!」

 ソヨンは両腕で胸をかばいながら、暖人の方に体を傾けて彼をにらみつけた。正論を突かれた暖人は、さらに肩をすくめ、体を後ろに傾けて彼女から逃げた。ソヨンが暖人を追い詰めていると、店員がマーラータンを持ってきて二人の間に置いた。


「いただきまーす!」

 ソヨンはお玉でマーラータンを取り皿に盛り、箸で具材を一つ取って口の中に入れた。具材を飲み込んだソヨンは、幸せそうに笑みを浮かべた。


「……」


「どうしたの?すっごく美味しんだよ?早く食べてみて!」

 暖人がマーラータンをじっと見つめていると、ソヨンが怪訝そうに声をかけた。そして、暖人の緊張したような表情を見て、また軽く挑発を始めた。


「あれ~?やっぱりビビったね?今でも素直に言ってくれるなら許してあげるよ」


「だ、誰がビビったと言うんだよ?食べればいいじゃん」

 ソヨンの挑発にまた乗せられた暖人は、目をぎゅっと閉じてマーラータンを自分の口に運んだ。


「……」


「……ね、ちょっと、大丈夫?」

 ソヨンの声に、暖人は目を覚めた。


(うっ、頭が……)

 目を開けた暖人は、頭が痛くなるのを感じた。どうやらマーラータンの辛さに一口食べた瞬間、気を失ってしまったようだ。暖人は状況を把握するために頭を振り、周りを見回した。テーブルの上にはマーラータンはなくなっており、ソヨンの前には焼酎の瓶がいくつか置かれていた。


(さすが激辛党酒豪だね)

 暖人は心の中でツッコミを入れ、消えてしまったマーラータンの行方をソヨンに尋ねた。


「マーラータンならもう下げてもらったよ。それより、大丈夫?急に気失っちゃって……心配したよ」


「あ、うん。大丈夫。悪い」


「いいのいいの~。それより暖人くん、マジ辛いもの苦手だよね?フフッ」


(だから、それはあなたがとんでもなく強いんです!)

 暖人は心の中で再びソヨンにツッコミを入れる。ソヨンは心の中で自分にツッコミを入れた暖人に話を続けた。


「暖人くん、まだお腹空いてるんでしょう?全然食べれなかったじゃん」


「い、いや!大丈夫!全然大丈夫だから、心配しなくても……」


(ぐうううぅぅぅぅぅ)

 その瞬間、暖人の腹から「ご飯くれ~!」と叫ぶような音が鳴り響いた。


「ごめんなさい。格好つけません。まだお腹空いています」


「もーお。まあ、暖人くんにこんな辛いもの食べさせた私も悪いし、二軒目行っちゃおっか!」

 ソヨンはそう言って軽く席を立った。マーラータンに散々やられた暖人も彼女の後について立ち上がった。しかし、その瞬間、暖人の目が再びぐるぐる回り始め、彼の体は左右に揺れながら前に倒れ始めた。


(やばい!何か掴まなければ……!)

 暖人は何でも掴んで倒れないように必死に手を振った。その時、彼の手のひらに何かを感じた。お尻よりは柔らかく、プリンよりは硬い何か。弾力があり、片手で持てるちょうど良いサイズの何かだった。触れば触るほど、ますます触りたくなる何か。暖人はそれが何かを確認することもなく、とにかく倒れないためにそれをしっかりと握りしめた。すると、店内には驚きと痛みが入り混じった小さな悲鳴が響き渡った。


「アフッ……」


「あっ……」

 自分が握りしめているものが何であるかを確認した暖人は、短くため息を吐いた。彼がそんな反応をするのも無理はなかった。彼が今握りしめているのはソヨンの胸だったから。確かに暖人は「パイ揉みもオッケーってこと……?」と思ったことがあった。しかし、今の状況を望んでいたわけではなかった。今この状況は不可抗力だといえ、相互の合意の下で行われたものではなく、一方的に暖人がソヨンの体に手を触れているからだ。


(これは絶対アウトだよな)

 急いで手を離して謝ろうとする暖人だが、なぜか腕に力が入らない。


(あれ……?腕に力が……)

 正気を取り戻して間もなく体を動かそうとしたせいだろうか、それとも、あまりにも突然の状況に体が固まってしまったのだろうか。しかし、暖人がそんなことを考えている暇はあまりなかった。なぜなら、ソヨンの右手が暖人を吹っ飛ばしたからだ。


「変態!スケベ!クズ!死ね!死ね!死ねえぇぇぇぇぇ!!!!!」

 先ほど飲んだ強い酒のせいなのか、それとも誰にも触れられたことのない自分の大切な部分に触れられたせいなのか、ソヨンの顔はマーラータンよりも赤く染まっていた。ソヨンは両腕で自分の胸を庇いながら、大声で叫んだ。


「バカ!ついて来ないで!」

 誰でもこんな状況では怒るだろう。ソヨンも例外ではない。彼女は暖人に心から怒っていた。しかし、彼女の「ついて来ないで」は本心ではなかったのかもしれない。なぜなら、彼女が小さな声でこう囁いたからだ。


「いきなり過ぎだよ……こんな暖人くんも嫌いじゃないけど……」

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