海鳴る轍
雛形 絢尊
第1話
「海にいるんですよ」
と私は言った。
『え、なんで海にいんの』
と上司の鰭沢が電話越しに言った。
「僕も分からないんですよ」
『分からないって、仕事は』
「ちょっと無理そうですね」
頭をかきながら言った。
辺りは海沿いの街道。目の前には海が広がる。
『今野くん、どういうつもりなの』
と鰭沢の重たい一言で胸がきゅっとなった。
「ですから、玄関開けたら海だったんですよ」
と理解し難いことを
あたかも普通の様に言った。
『いやいやいや、嘘はいいから。
早く来なさいよ』
「ここがどこなのかも分からないんですよ」
『今野くんふざけてるの?』
「ふざけてないです、
玄関開けたら海だったんです」
どういったことなのか、少し前に時を戻す。
私はいつもの様に6:36に起床した。
目覚ましの騒音を消し、
起き上がるがまだまだ眠い。
そんな風に私はまた布団に潜り込んだ。
あと10分だけ、あと10分だけと。
そんな毎日を生きている。
目が覚める。慌てて時計を見ると7:29だった。
ハッとなり私は慌てて支度をする。
まず、洗面所の前に行き、顔を洗った。
繊維の良いタオルで水分をとり、
そこから歯磨きをする。
いつもの様に自分と見つめ合い、
吐き出し、口を濯いだ。
ラックからスーツを取り出し、
ワイシャツ、ズボン、ベルト、ネクタイと
日々のルーティンを今日もこなす。
部屋の片付けは帰ってからでいいや、
そんなことを思いながら必要なものを
鞄に入れて、いつものように部屋を出た。
それも勢いよく革靴を履いて家から出たのだ。
いつも私は電気がつけっぱなしでないか、
火がついてないか、等をこうして
一瞬で確認し、家を出る。
出る時は背中から出る様な感覚だ。
足元が深く沈む。
柔らかい様な硬い様な。
踵から爪先へ奇妙な感触がする。
その直後に扉は閉まった。
私は驚いた。背後から波の音がする。
恐る恐る後ろを振り返って
海の正体を確認した。
私は慌てて会社に連絡をした。
3コール後に電話に出たのが受付の女性で、
鰭沢に電話を繋げてもらった。
「おはようございます」
『どうした?』
「今、手違いで海に来てしまって」
トンビが頭上を飛んでいる。
『どんだけ乗り違えたの』
とおそらく彼は真顔で言った。
「いや、そうではなく」
『じゃあ何よ』
「海なんですよ、玄関出たら」
そうして今に至る。
『サボり?』
「いえいえ、そんなことは。
信じてもらえないと思うんですけど
海にいるんです」
『サボってるんならいいな』
「そんなことは」
それに精一杯で忘れかけていた。
私は何故海にいる?
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