瀬川広晴とデスゲーム
こより
第1話
夕方6時。
本来なら、私のようなおじさんはまだ働いてるであろう時間。
目を細め、窓に目をやる。
紅葉の色合いは私の視界を彩り、その香りは私の鼻をくすぐる。芸術の秋、スポーツの秋、読書の秋…。この秋は何をしようか。
「ああ、働かないって良いな。」
「先生、心の声漏れてますよ。仕事して下さい。」
冷ややかな目でこちらを見つめる藍原くんは、
私のお気に入りのイギリス製のティーカップに紅茶を注いでいた。
そうか、もうお茶の時間か。ふと時計に目をやる。今日も終わりそうだ。客が来るのはいつになることやら…。
「おっと藍原くん、すまんね。僕は仕事をしているよ?今日は客が来るまで待つのが仕事だからね。あ、そうだ!アガサクリスティーあたりの本を読むのも良いかな!」
ベシッ。無言ではたきで殴られる。
「いでっ」
「どうせ来ないんだから、黙って掃除して下さいよ…なんかくっさいんですけど。はぁ、今日は何したんですか?本当に邪魔な事しかしないですよね」
あ、新しい高級トリートメント買ったんだった。
ちょっと臭いのは否めない。
「ひどい事言うなぁ!40代手前のか弱いエリートおじさんに何て事言うんだよぉ!」
「若い頃の貯金に頼って引きこもりみたいになってんのはどこのどいつですか?銀行口座の暗証番号教えてくれません?」
「おぉ、ド直球だね!」
彼女が「死ね金持ち」みたいな視線を送ってくる。
「親が国会議員とか意味が分からないです。なんで神様はこんなのに微笑むんでしょうか」
ブツブツ言いながら、私の前に紅茶を差し出す。
甘い匂いが鼻をくすぐる。
すると、藍原くんが付けたテレビから爆音が流れてきた。
どうやらドラマの主題歌らしかったが、
「あ、月9の
「ふーん、沢城花奈が月9出るんだねぇ」
「すごいですよね、まだ23なのに」
「え、藍原くんと同い年なんだね」
「そうそう。あ、今度パラダイストークにも出るんですね」
「番宣でしょ、それ」
「いや、この人めっちゃ演技上手いからか知らないけど、すごいノリ良いんです」
「へー…。」
偶然とも言うべきか、画面に打ち出されたのは製薬会社のCM。そこには「ピンポーン」と言っている沢城花奈がいた。
「お、また出てるんですね。」
「…つくづく思うんだけどさ、なんで医薬品のCMでみんな「ピンポーン」って言うんだろうね…。」
「…さっきからずっと思ってたんですけど、沢城花奈から話題ずらそうとしてます?」
「…バレてたか」
「…」
空気が気まずくなってゆく。不思議と肩が重い。
「さぁ、気を取り直して!ティータイムだ!」
慌てて取り繕い、私がカップを持ち上げようとした次の瞬間、
パリンッ。
玄関から何かが割れる音がした。
「「?!」」
「なんですか今の?!」
「と、とりあえず行ってみよう!」
慌てて駆け出す。ごめんな、紅茶…。君が暖かいうちには飲めなさそうだ。
玄関に行ってみると、そこには黒いコートに身を包んだ男が数人。5、6人はいるだろうか。明らかに負け確である。
危機的状況は、人の頭脳を掻き立てる。…これから我々は拉致されるんだろう。
その証拠に、男達のうちの2人は、大人の入りそうな大きな袋をそれぞれ一つずつ持っていた。おそらく我々はこの中に入れられるのだろうな…。
横を見ると、なぜか興奮気味の彼女。
「これは…デスゲームですね…!」
よほど退屈だったんだろうか。
「君、すごいね、この状況下で…。」
そう言って私はダメ元で弱そうな袋係の男1人に突進していった。
ボカッ。
この音は、私が殴った音じゃない。
しまった、後ろからのバットに気付けなかった。
意識がフッと消える。少し先では藍原くんが倒れている。
最後、「ださ」とどこかで聞こえた気がした。
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