生温かい生活
月曜日、出勤の準備をして出かけようとした時、彼女は玄関までついてきた。
そして、玄関を開けると、彼女は俺と一緒に外に出た。
「やっと帰る気になったか」
階段を一緒に降り、通りに出ると、振り返りもせず彼女は反対方向に歩き出した。
俺は言った。
「元気でな!」
そして、駅に向かった。
ほんの数日のランデブーだったが、久しぶりに温もりを感じた気がした。
その日、禁酒を心に決めたばかりの俺と牧野は、同じ部署の先輩に飲みに誘われた。
「うちの会社危ないらしいぞ。
どこかで大幅に変革しないとまずいらしい。
俺たちの部署なんて、一番に切り捨てられるぞ」
「だいたい、俺達がもといた部署を潰してまで作った新しい部署が、機能していないってことでしょう?」
「もともと腑に落ちなかったんですよ、俺達だって」
会社の命運を語りながら、俺達の結論は、俺達は上の人間の言うことを聞いて翻弄されるしかないということだ。
婚約者も失い、俺は今仕事も失いかねない状況なのか?
いつも明るくイケメンな牧野でさえ、今日は怒り興奮している。
それでも、どこか俯瞰している俺がいる。
もうどうとでもなれ!
1時間半程飲んで、アパートに帰る。
今日は、ほろ酔いだ。
階段を上りきると、そこにもう二度と会わないと思っていた彼女が座り込んでいた。
「いつから待っていたんだ?
身体が冷え切ってるじゃないか」
玄関の扉を開けると、当たり前のように入って来た。
そして、俺にご飯を催促する。
彼女に先にご飯を食べさせ、俺はシャワーを浴びて、冷蔵庫からノンアルコールビールを出した。
ソファでテレビをぼーっと見ながら、俺は、元カノも失くし仕事も失くした自分を想像した。
そんな俺に、いつの間にか音もなく近付いて来ていた彼女が、俺の首元にもたれかかってきた。
冷めきった俺の心に、その温もりが嬉しかった。
早めにベッドに入ると、彼女はベッドサイドで目をパチパチさせている。
「また、俺のベッドに潜り込んでくるつもりだな?」
俺がそう言うと、彼女は俺の目の先に尻を向けて座った。
「なんなんだよ」
俺はしばらく仰向けで、天井を見ながら、牧野が言っていた転職を考えていた。
同期入社の俺たちは、ふたりとも来年30歳になる。
その前に決断するという手もある。
定年退職した元の上司が、会社を起こしたと聞いた。
相談してみようか。
その時、彼女がモゾモゾと布団の中に潜り込んできた。
そして、俺の股間辺りに座り込んだ。
その生温かさには覚えがある。
泥酔して帰ってきた夜、あの甘美な夢をみた夜だ。
そして、こともあろうか、俺の股間を激しくグリグリしてくる。
「おい、こら!
何をやっているんだ?」
すると、今度は優しく小さく1、2、1、2と圧力をかけてくる。
緩急をつけて攻めてくる。
「君はイケナイ子だ。
こんな事をいつもやっているのか?」
刺激を受けてしまった俺とは裏腹に、彼女は、俺の股間の辺りに座ったまま俺の体の上で眠ってしまった。
動けない!
このまま眠るしかないのか……
俺は、また色白の女の子と抱き合う夢を見た。
朝出勤する俺と一緒に家を出て、俺の帰りを玄関先で座り込んで待つ。
そして、一緒にご飯を食べ、ベッドで股間を攻められる。
そんな生活が1か月続いた。
なのに、ある日、コップを落として割ってしまった彼女を怒ってしまった。
翌日、いつもの様に部屋を出たが、その日から彼女は帰ってくることはなかった。
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