EP.12 新入部員
2人きりだった部室に、新たに2人が加わった。俺は慌ててパイプ椅子を用意し、新入部員が座る場所を確保した。
「…ええと、とりあえず座って」
2人は素直に椅子に座る。女の子は長い黒髪をツインテールに結んでおり、顔はとても可愛いのだがどこか影のあるような、まるで見えないバリアを張っているような印象を受ける。男の子の方もいわゆるイケメンなのは確かなのだが、目が隠れるくらいの長い前髪と決して目を合わそうとしない様子から暗く内気な印象を受けた。
「は、はじめまして。副部長の下山芙実です」
「えっと、部長の亀山啓介です」
「…東雲芽瑠です」
「…高橋隼人です」
せっかく人数が増えたのに、俺とふみが人見知りする性格なのでお通夜のような雰囲気になってしまった。どうにかしなければと思えば思うほど焦りが先行してしまい、上手く言葉が出てこない。そもそも部長としての在り方も、後輩との接し方も全く分からないのだ。
「2人とも放送部に入部って事で良いんだよね?」
「はい」
「よろしくお願いします」
「ほら、部長しっかりして」
ふみにそう背中を押され、俺はなんとか言葉を絞り出す。
「…んーと、今までの放送部は俺とふみの2人しか部員がいなかったから、俺が部長兼企画担当兼アナウンスを担当してて、ふみが副部長兼機械担当だったんだけど」
新入部員2人は黙って俺の言葉を聞いている。俺はとりあえず、2人にどんな役割をしたいのかを聞いてみることにした。
「2人はやるんだったらどれがいい?アナウンス担当か、企画担当か、機械担当のどれかなんだけど」
「…僕はあまり喋るのが得意じゃないんで、機械担当がしたいです」
そう答えたのは隼人だ。ふみは自分に後輩が出来た事が嬉しいのか、少し目を輝かせている。
「…じゃあ私はアナウンス担当かな。企画担当って何をしたらいいのか全く分からないですし」
こうして俺にも後輩が出来たのだった。ふみが立ち上がり、ホワイトボードにスラスラと文字を書いていく。そして新入部員2人に名前の漢字を聞くと、それをボードに書き加えて簡単な組織表の様なものが完成した。
『放送部部長兼企画担当、亀山啓介。放送部副部長兼機械担当、下山芙実。放送部アナウンス担当、東雲芽瑠。放送部機械担当、高橋隼人』
こうして俺たちは新たな仲間と共に放送部を運営していく事となった。
「それじゃ、とりあえず歓迎会でもしよっか」
「そうだな、えっと…東雲さんと高橋くん、今日は何時まで大丈夫?」
「メルで良いですよ、私は何時でも大丈夫です」
「僕もハヤトって呼んでください、6時くらいまでなら大丈夫です」
そうと決まれば善は急げだ。俺は一旦職員室へ向かい担任の山下に新入部員が入った事と、今から歓迎会をしに喫茶レモネードに向かう旨を伝え、皆と合流した。
「よう、って早速新入部員が入ったのか!」
先ず長井楽器店に顔を出すと、長井パイセンが笑顔で俺たちを出迎えてくれた。俺とふみはもう慣れているから平気だったが、メルとハヤトは長井パイセンのタトゥーまみれの風貌にドン引きしてしまっている。事前に説明しとくべきだったなと反省しつつ、今度は5人で喫茶レモネードへと向かう。
「…いらっしゃい」
ターバンはいつも通り愛想がない。新入部員の2人にも特に触れることなく、黙ってコーヒーを作り始めた。とりあえず俺はいつものソファーに新入部員2人を座らせ、カウンターから1つ椅子を持ってきて席に着いた。
「長井先輩が奢ってくれるから好きなの頼みなよ」
「なっ!?」
長井パイセンはあからさまに嫌そうな顔をしたが俺は見て見ぬふりをした。これは初めてであった日にふみとのいざこざをウザ絡みされた時の復讐だ。
「…じゃあ私はアイスティーで」
「ぼ、僕はホットココアでお願いします」
「あいよ」
長井パイセンは財布の中身と睨めっこしているが、そんな事はお構い無しにターバンが全員分の飲み物をテーブルに置いた。
「長井先輩と田端先輩は2人とも放送部のOBなんだよ」
そうふみが2人に紹介をし軽く挨拶を交わした後、それぞれがグラスやコップを手に持った。
「…そ、それじゃあ、新入部員に」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
落ち着いた雰囲気の店内にグラスのぶつかる音が響き渡り、初めての歓迎会が始まった。メルとハヤトはすぐに打ち解けられる感じでは無かったけど、俺とふみはなるべく会話が続くように努力した。長井パイセンも空気を読んでくれて場を盛り上げてくれたし、ターバンも余計な事は言わなかった。そうしてあっという間に時間は過ぎ、ハヤトが帰らなければいけないので解散することになった。
家の方向が同じという事で、俺とメル、ふみとハヤトに別れてそれぞれ歩き出す。普段ふみと一緒に行動しているとはいえ、ふみ以外の女子とほとんど話したことの無い俺は少しの気まずさと緊張を感じていた。メルもずっと無言のまま歩いていたが、学校を過ぎて少し歩いた辺りで立ち止まった。
「それじゃ、先輩。また明日」
小さく手を振り去っていくメルの背中を見送りながら、俺はこれからの放送部を想像して少し楽しみになったのだった。
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