EP.13 問題発生
新入部員が入ってからの1ヶ月は、俺がメルに発声練習等を教え、ふみがハヤトに放送機器の扱いを教えているうちにあっという間に過ぎ去って行った。メルは口数も少ないし笑った所も見た事がなかったが、それでも真剣に練習に取り組んでいる姿を見ていると「悪いヤツ」ではないんだろうなと思った。
「なぁ、ふみ」
「ん?どうかした?」
「今日の放課後はメルとハヤトを帰らせて、お互いの進捗を話さないか?」
「確かにそれも良いかもね、んじゃハヤトくんには私から言っとくからメルちゃんにはけいすけから説明しといてね」
「おう」
そうして俺たち2人は後輩を帰らせて、久しぶりに部室で2人きりで話すことにした。
「なんだかこうして2人で部室にいると、放送部に入ったばかりの頃を思い出して懐かしくなるね」
「だな、もうあれから4ヶ月も経ったんだな」
「不思議な感じだよね、けいすけ。部長似合ってるよ」
「なんだよ、照れくせぇな。ふみこそ、副部長似合ってるよ」
そうして2人で笑い合う。もしも青春ってものにカタチがあるとするならば、今のこの瞬間は紛れもなく青春なんだろうなと俺は思った。
「それはそうと、そっちはどう?」
「ハヤトくんのことだよね?なんだか少し上手くいってないかな」
「そうなん?なんでそう思うんだ?」
俺の問いかけに、ふみは少し考え込むような、頭に浮かんでいる言葉を選んでいるような表情を浮かべた。
「…なんと言うか、部活の事はちゃんとしてるし、私が教えた事も毎回メモを取って覚えようと頑張ってくれてるんだけど」
「うん」
「…そのメモがね、毎回新しいの」
「どういう事?」
「普通はさ、毎日メモを取ってるとメモの枚数も増えてくし積み重なっていくでしょ?」
「うん」
「だけどハヤトくんは毎回まっさらな紙に一からメモを取るんだよね」
「それはなんかおかしいね、その事についてふみは何か聞いたりした?」
「…ううん、直接聞いた訳じゃないんだけど」
そこまで言うとふみはうっすらと涙を浮かべ、言葉を詰まらせた。俺はどうしたらいいか分からず、とりあえずふみが話してくれるのを待つことしか出来なかった。数分の沈黙の後、ふみはメガネを外して涙を拭うと、消え入りそうな声で言葉を続けた。
「…私ね、見ちゃったんだ。ハヤトくんが他の男子にメモを破られてるところを」
ふみのその一言で俺は全てを理解した。ハヤトはクラスの男子から虐められているのだと。だから毎回メモを破られ、新しいメモを用意しているのだろう。
「ねぇ、けいすけ。どうにか出来ないかな?」
ふみはとても苦しそうにそう問いかけてきた。俺も出来ることならどうにかしてやりたい、だけど俺自身、中学に入ってからずっと苦い思いをしてきた。クラスでは居ない人として扱われていたし、ハヤトの気持ちに寄り添うことは出来ても、守ってられるほどの力は無いと思った。
「…とりあえずさ、明日の放課後にメルも含めて4人で集まって話をしてみよう」
俺はそれが最善の策だと思った。ふみも同じ思いだったのかは分からないが、俺の意見に同意してくれた。そして今日はとりあえず解散する事にして、それぞれが帰路に着いた。
そして翌日、残念ながらハヤトの姿は無かった。理由は分からないが学校を休んでいるらしい。俺とふみは虐めが原因なのではと思ったが、ハヤトが居ない今メルにその事を話すべきか迷っていた。
「ハヤトくんはもう学校来ないかもしれないですね」
そうメルが感情の無い声で呟いた。俺とふみは顔を見合せてお互いに驚いていることを確認した後、メルに話を聞くことにした。
「メルは何かしってんのか?」
「知ってると言うか、ハヤトくんが虐められてるのは有名ですから」
なんでもっと早く言わないんだ、そんな言葉が頭をよぎったがここでメルを責めても仕方が無いので口には出さず飲み込むことにした。だがふみは違った。
「…な、なんでもっと早く教えてくれなかったの?ハヤトくんは同じ放送部の仲間じゃん!」
ふみの言葉には怒りの感情が込められているように感じた。だがメルは特に気にもとめてないような様子で、淡々と言葉を返す。
「ふみ先輩の方がハヤトくんと一緒にいる時間が長かったのに、なんでもっと早く気付いてあげられなかったんですか?」
確かにメルの言うことも分かる。だけどこのままだと2人が喧嘩になってしまうと思った俺は、間に入ることに決めた。
「…と、とりあえずお互い落ち着いて。今はハヤトの事をどうするか皆で考えようよ」
俺の言葉で、とりあえず一触即発の空気を変えることには成功した。だがふみとメルの間には見えない壁がある様に思えて、俺はどうしたらよいのか分からず狼狽えていた。
「…今日はここで解散して、また明日改めて話し合おうよ。ハヤトも明日は学校に来るかもだし」
「…けいすけがそう言うならそうするよ」
そう力なく呟くと、ふみは鞄を持って部室を出ていってしまった。メルは窓の外をぼんやりと眺めたままで動こうとしない。
「…メル、部室の鍵閉めるから、帰ろう」
そう言った俺に、メルは視線を窓の外に向けたまま言葉を返した。
「…ハヤトくんの問題はハヤトくん自身が解決しないと、いくら周りが手を差し伸べたって無駄になると私は思います」
そう言うとメルも鞄を手に取り、部室を出ていった。1人残された俺は、ふみの怒りのこもった言葉とメルの冷たい言葉が頭の中をぐるぐると回り続け、しばし立ち尽くしていた。
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