第37話 『自分のことを一番に』
「……んっ」
夢花は、保健室のベッドで目が覚めた。
真っ白な天井が広がっており、自分が仰向けになっていたことを悟る。
「華山さん、大丈夫ですか?」
「……はい。ちょっと頭は痛いですけど」
「良かったわ。もう少し安静にしてなさい」
養護教諭の先生は、柔らかな笑顔で夢花にそう言った。
夢花は、自分に何が起きたのかを思い出す。
水筒を取りに行って、その帰りに先生に荷物を運ぶように頼まれた。
その大きな荷物を持ったまま階段を下りていると、踏み外して一階まで転落。
そして、今に至る。
「先生。誰が運んでくれたんですか?」
「あの子よ」
先生の視線の先には、
「……煌大くん?」
「花村くん、あなたをここまで運んだ後、脱水で倒れたの。凄い汗を流しながらここまで運んでくれたから、元々水分が足りてなかったのもあるでしょうけど」
煌大はたった一人で、夢花を保健室まで運んだのだ。
本来ならば職員室に駆け込んで助けを求めるべきだったが、校舎に入ってから突然脱水症状が出た煌大はそこまで頭が回らず、一人で運んできてしまったのだ。
そして、冷房の効いた保健室に入った瞬間、バタッと倒れてしまった。
「煌大くん……そこまでして……」
「ーーーおはようございます!先輩は大丈夫ですか?先生……」
突然飛び起きて叫んだ煌大は、先生を見て、そして夢花を見た。
隣のベッドで目を開けて座っている夢花を見て、煌大の叫び声は消えていった。
「夢花先輩……よかった……」
「こっちのセリフだよ……
煌大くんも、大丈夫なの?」
「俺はただ脱水で倒れてただけなので。
それより先輩の方が心配ですよ。何があったんですか」
「先生に、体育倉庫まで大きな荷物を運ぶように頼まれたから、その荷物を持って階段を下りてたの。そしたら階段踏み外しちゃって、そのまま転げ落ちちゃった」
「……」
煌大は、夢花に荷物を任せた教師に、怒りを覚えた。
夢花は、いくら高校生の運動部だとはいっても、普通の女の子である。
あんなに大きな荷物を持たせるなんて、どうかしている。
煌大はそんな怒りを口にするのを、拳をグッと握ることで我慢した。
「もう大丈夫です。ありがとうございました、先生」
「あっ、ダメよーーー」
「?」
夢花が立ち上がろうとした途端、養護教諭はそれを止めた。
夢花はその制止に気付くよりも前に、床に足をついて立ち上がった。
否、立ち上がることはできなかった。
「えっ、何でーーー」
夢花は違和感を感じ、下を見る。
すると、自分の右足が包帯でぐるぐる巻きにされており、痛々しい様子をしていた。
その足を見た瞬間、夢花は痛みを自覚した。
「痛っ……!」
「あなたの怪我は、特に足が酷かったから。
花村くんに運ばれてきた時には、もうパンパンに腫れ上がってたんだから」
「そうなんですか……!?」
運んできた当事者である煌大は、保健室に駆け込んですぐに脱水で倒れたため、夢花の足まで見る余裕はなかった。
煌大は夢花の足を見ると、自分でも分かるくらいに血の気が引いた。
そして文字通り、顔が青ざめた。
「せっ、先生!わたしの足、どうなって……」
「先生はただの養護教諭で、専門的なことは分からないわ。だから、すぐに整形外科を受診しなさい」
「先輩、高校の近くに整形外科があります。今は六時前ですから、今から向かえば最終受付までに間に合います」
「でも、どうやって……わたし、歩けないよ?」
「……っ」
煌大は養護教諭に同意し、夢花に病院の受診を勧める。
しかし、夢花は自力で歩くどころか、立ち上がることすら厳しいくらいに足を痛めている。
「先生がタクシー呼ぶから、それに乗って行きなさい。
花村くんもついて行ってあげて」
「ありがとうございます。分かりました」
「そんな、悪いよ、煌大くん。部活戻らなくて大丈夫なの?」
「俺の事なんて気にしないでください。今は、自分のことを一番に考えるべきですよ。ほら、掴まって」
煌大は夢花のベッドに座り、肩に掴まるように促した。
夢花は「……ありがとう」と少し詰まりながら礼を言って、煌大の肩に手を置き、体重をかけた。
患部が床につかないように気をつけながら、煌大は玄関まで夢花と共に歩く。
煌大自身も脱水症状によって倒れた後であるため、もう今日は運動を続けるのはやめておいた方がいい。
煌大はタオルを取りに、校舎内へと戻ってきた。
階段を上がろうとした時に、倒れている夢花を見つけたのだ。
それからタオルのことなんて忘れて、夢花をどうにかすることしか考えられなかった煌大は、ただでさえ大量の汗を流した後だった上、夢花を一人で運ぶためにまた汗を流した。
そのため体内の塩分と水分が著しく不足したのだ。
「あっ、俺、先輩の財布と俺の財布取ってきますね。楽な体勢で待っててください」
「うん、分かった」
タクシー料金を払わなければならないことを思い出した煌大は、夢花をゆっくりと玄関に座らせて、スパイクに履き替えてからグラウンドへ駆けて行った。
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