第31話 『奇跡的相性』
時刻は午後三時を回った。一通り動物を見終えた後、夢花がどうしてももう一度ペンギンが見たいと言い出したので、望み通りペンギンのいる場所へ向かった。
そして今、二人はお土産コーナーにいる。
「何買おうかなー」
夢花はウキウキで、土産を一つ一つ見て回っている。
様々な種類の動物のぬいぐるみやマスコットなどが立ち並ぶお土産コーナー。
閉園時間が近づいているためか、動物園を回り終えた人達で賑わっている。
煌大も夢花の後に続いて、色々と物色してみる。
「見て!煌大くん!」
「どうしました?……がっ!」
「がっ?」
夢花に呼ばれて振り向くと、そこには、うさ耳カチューシャをつけている夢花が立っていた。
思わず、腹を殴られたかのような声を漏らした煌大は、そのあまりにも刺激の強すぎる夢花の姿に、危うく倒れそうになる。
何とか、すんでのところで踏みとどまった。
(心臓に悪い……)
下手をすれば、ホラー映画を見た時やお化け屋敷に入った時よりもドキッとしたかもしれない。
「んー、でもわたしにはやっぱ似合わないか」
「いやいや!まさに
「ま、マリアージュ?結婚?」
鬼に金棒という言葉があるように、夢花×うさ耳はまさに奇跡的な相性。
ただでさえ可愛いのに、うさ耳や猫耳のように可愛らしいものを身につけてしまえば、それはもう無敵の域だ。
煌大はスマホで撮影して永遠に残しておきたいところではあったが、まだ購入していない商品であることを思い出したため、取り出しかけたスマホをしまった。
「絶対買った方がいいですよそれ」
「でも、わたしだけ着けるの恥ずかしいよ……」
「可愛いから大丈夫ですって!」
「煌大くんも買って、着けて?」
「な、がっ……」
「誰かに殴られてる?」
うさ耳を着けたまま可愛くお願いされた煌大は、その破壊力で心臓を殴られた。
夢花は、自分だけがうさ耳カチューシャを着けるというのが、少し恥ずかしい。
別に、自分のことを可愛いなんて思っていないため、自分のような女がこんなに可愛いものを着けてもいいのだろうか、と不安になっている。
煌大は「じゃあ、俺も買います」と言って、同じカチューシャを手に取った。
それを持ったまま、まだ店内を回る。
王道であるといえるパンダのぬいぐるみを買うか迷ったが、夢花も買わなさそうなのでやめておいた。
しかし夢花は、あるぬいぐるみの前で足を止めた。
「か、可愛い……」
「シロクマだ……」
「これ、買おうかな」
夢花がホッキョクグマのぬいぐるみを見つめる。
その隣にいる煌大は、ぬいぐるみについている値札を見る。
(三……千円……!?)
三千円を超える値段であるそのぬいぐるみを、夢花は抱きかかえた。
正気を疑った煌大だったが、夢花の満足そうな顔を見て、
(幸せならいいか……)
と、軽く微笑んだ。
会計を済ませ、お土産コーナーを出る。
袋に入ったぬいぐるみを見てニコニコする夢花は、その袋の中からカチューシャを取り出し、頭に着けた。
夢花は煌大をじーっと見つめる。
「煌大くんは着けないの?」
「つっ、着けますよ……」
手に持っているカチューシャを、煌大も頭に着ける。
煌大は、夢花とお揃いのお土産を買って、身に着けているのだ。
そう考えただけで、これほどない幸福感を感じる。
が、同時に罪悪感に包まれる。
「せ、先輩」
「ん?」
「こういうのって、その……カップルがするようなことじゃないんですか?」
「え、そうなの?」
首を傾ける夢花に、煌大は自らの手のひらを額に当てる。
夢花は恋愛に一切興味が無いが故に、友達として、どこまでやっていいのかが判断できない。
今の煌大と夢花の状況は、もはや恋人も同然である。
周りからも、微笑ましいカップルを見るかのような視線を受けている。
「まあ、気にすることないよ」
「で、でも……」
「ーーーわたしたち、ただの友達じゃん」
「…………そう、ですね」
勝手に夢心地になっていた煌大は、またも夢花の一言で現実に引き戻された。
煌大も一瞬言葉に詰まりながらも、夢花に同意した。
(ただの友達。そうだよな)
煌大は再び、さっきのような複雑な気持ちになりかける。
しかし、煌大はその気持ちを振り払った。
(今は、今くらいは、楽しめ。あと何時間かしか一緒に居られないけど、その時間を全力で楽しんで、家に帰ったあとで、死ぬほど落ち込めばいい)
少なくとも夢花は、煌大のことをただの友達としか思っていない。
でも、今日の夢花は、家の前で待ち合わせてから今に至るまで、ずっと今日を楽しんでいた。
少しだけ気を落としていた時間もあったが、すぐに立ち直り、またはしゃいでいた。
二人きりでのお出掛けに誘った側である煌大が楽しまないで、どうするというのだ。
今を全力で楽しんで、後で苦しめばいい。
煌大は、昔からそういうスタンスで生きてきたのだから。
「煌大くん、写真撮ろ」
「……はい」
「良かったら、撮りましょうか?」
「えっ!いいんですか?お願いします!」
通りすがりの観光客に声をかけられた夢花は、スマホを渡した。
そのままスマホだけ持っていかれたりしないか心配になった煌大だったが、ちゃんと普通のいい人だった。
カチューシャをつけた二人と撮影してくれる観光客は、邪魔にならないような場所へ移動した。
「じゃあ、撮りますよ。あ、男の子の方、もう少し寄って寄って」
(こっ、これ以上は死んでしまうっ……!)
「なーにしてるの!
ーーー彼氏くん、もっと寄って寄って!」
「彼氏じゃないです!!!!」
勘違いをされた煌大は、全力で否定した。
煌大は限界まで夢花に寄って、スマホのレンズを見る。
「撮るよー。はい、チーズ」
指でピースを作り、にっこりと笑った夢花。
指でふにゃっとしたピースを作り、明らかに引きつった笑顔の煌大。
(我ながら酷い顔してるっ……!)
吹き出しそうになるが、堪える。
「ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。いいもの見せてもらったよ」
「?」
意味深なことを言いながら去っていく撮影者を目で追った後、煌大を見た夢花。
その心の中で、
(……あんなに否定しなくてもいいのに)
と、先程の煌大の全力の否定を振り返った。
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