第25話 『あの子、彼女?』

 一週間が過ぎ、日曜日がやってきた。

 長い一週間が更に長く感じたが、ようやくこの日がやってきた。


 煌大が、これまで生きてきた十五年間でも指折りの大イベントになるであろう今日という日は。


「……」


 夢花と、二人で出かける日だ。


 ーーー


 時は遡り、昨日のこと。


 部活から帰っている道中、煌大のスマホが震えた。

 手に取ってスマホを確認すると、夢花からのメッセージであった。


『明日、楽しみだね!』


 わざわざそんなメールを送ってくる夢花に、煌大はキュンとする。


 煌大は、月曜日の萌との一件以来、なるべく周りの視線を気にしすぎないよう努めた。

 食堂で学食を食べている時に夢花と目が合った時に、なんの躊躇もなく手を振ることが出来た。

 まあ、そこまではこれまでもできていたのだが、萌からビンタを受けて新フォルムになった煌大は、「お疲れ様です」と声をかけることもできた。


 最初は、一緒に食べていた友達からの言葉を恐れたが、『あの華山先輩に……?』『やるじゃん、煌大』と、笑顔でいじられた煌大は、ホッと安堵のため息をついた。


 煌大が気にしているほど、周りからの視線は冷たくないことを、煌大は知った。


 萌にそのことを報告したところ、「ヘタレもたまにはやるじゃん」と馬鹿にされた。


 しかし、この一週間、夢花の様子が少しおかしかった。

 声をかけられるようになった煌大に対して、素っ気ない態度をとられるようになった。

 好きな人からの素っ気ない態度ほど、辛いものは無い。

 煌大はこの一週間を、この日を楽しみにしながら複雑な気持ちで乗り切った。


『今、何してる?』


『部活終わって今帰ってるとこです』


『電話できる?』


 (わお)


 煌大はすぐに『いいですよ』と返し、一瞬で既読がついた。

 そして、夢花から電話がかかってきた。


「もしもし」


「もしもし、先輩。どうかしました?」


「えっとね、一つだけ聞きたいことがあって」


「なんですか?」


「……あの桃色の髪の女の子、もしかして彼女?」


 夢花の一言に、煌大は心臓が口から飛び出る寸前まで跳ね上がった。


「どっ、どうしてですか?」


「わたし、月曜日に見ちゃったの。

 二人がちゅーしてるとこ」


「!?」


 煌大は、夢花に会わないようにわざと道を変えた。

 しかし、夢花はこっそりと煌大と萌の後をつけていたのだ。


 理由は特になく、もしかしたら何かあるかなという単なる好奇心から尾行していた夢花は、煌大と萌が二人でキスをするフリをしていたところを目撃してしまったのだ。


「あっ、あれは、色々あってですね!」


「色々あってちゅーしたの?」


「ちゅーはしてないです!」


 煌大は必死に弁明する。

 実際、キスまではしていない。だが、夢花は、煌大が冗談で口を尖らせていたのを見てしまった。

 これでは、煌大が一方的に求めたと捉えられてもおかしくはない。


 夢花は「ふーん」と言うものの、煌大の弁明を信じることにした。


「で、あの子は彼女なの?」


「全然全くそんなことないです」


「じゃ、煌大くんはあの子のこと好きなの?」


「好き……じゃないです」


「何、今のは!」


「何でそんなに詮索してくるんですか!」


「だって気になるもん〜」


 煌大は、思わず途中で詰まってしまった。

 夢花はそれを聞き逃さず、煌大を問い詰める。


「本当に、なんでもないんだね?」


「もちろんですとも」


「ーーー良かった」


 (……良かったってなんだ?)


「煌大くんに好きな子とか、彼女とかいたら、明日のお出かけはやめといた方がいいかなって思ったんだけど、違ったなら行けるね」


 (そっちかー!)


 煌大も期待はしていなかったが。


 危うく、明日のデートがキャンセルになるところだった。

 煌大は危機を逃れ、聞こえないようにため息をついた。


「というか、そもそも、好きな子とか彼女とか居たら、先輩と学校行ったりしませんよ」


「……そっか!」


 夢花が煌大にこの一週間冷たかったのは、萌と煌大が付き合っている、もしくはどちらかがどちらかを好きであると思ったからである。

 後者は半分正解で、半分は不正解だが。


 煌大はそれを知って、改めて夢花の思いやりの強さを知った。


「今日はどんな練習したの?」


「今日は、紅白戦っていうのをしましたよ」


「へ〜!煌大くんは出たの?」


「もちろん、出ましたよ」


「どうだった?」


「高校に入って、初めて実戦でピッチャーやったので、色々課題は浮き彫りになりました。

 夏大のメンバーに入るには、まだまだ磨いていかないとダメだなって」


「でも、煌大くんは百四十キロくらい投げるんでしょ?

 それだけじゃ抑えられないの?」


「二百キロくらいのストレートがあれば誰も打てないですけど、俺ぐらいの速さだと、割と簡単に打たれますね」


「へー……野球って深いね」

 

 煌大の今日の紅白戦の成績は、ピッチャーとしては四回六安打二失点、そして四死球は二。打たれたヒットはまずまず多いものの、粘り強いピッチングで失点は抑えることができた。


 しかし、煌大が夢花に言った通り、課題はたくさん出た。


 練習では出来ていたコースの投げ分けが、試合になるとできていなかった。その結果真ん中にボールが集まり、それを狙い打ちされた。

 厳しいコースを突こうとすると、大きく外れてボールになることが多く、中々制球に苦しんだ。


「わたし、煌大くんがメンバーに入れなかったら、試合見に行かないよ」


「えっ、なんでですか。野球部の応援に来てくださいよ」


「わたしは、を応援しに行くんだから」


「……」


 煌大は危うくスマホを落としそうになった。

 夢花の言葉が嬉しくて、スマホを百四十キロのストレートで地面に投げつけたくなる。


 そんなことをしたら夢花との楽しい電話が切れてしまうので、流石にしないが。


「そっ、それはそうと、明日はどこに連れて行ってくれるんですか?」 


「それは、明日のお楽しみだよ」


「えー!いいじゃないですか!行先くらい!」


「だーめ。楽しみは後にとっとくもんだよ」


「好きな物は先に食べる派なんですー!」


「わたしは最後に食べる派だから教えませーん」


 夢花は頑なに行き先を教えようとしない。

 しつこく聞きすぎるのもよくないと思った煌大は、「わかりました」と言って、楽しみをとっておくことにした。

 気になるところではあるが。


 (ーーー先輩と行くところなら、どこに行っても楽しいだろうしな)


 そう自分に言い聞かせながら、結局家に帰るまで、夢花と電話をしながら歩いた。

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