第21話 『行きたい所』
「おめでとう、夢花!」
「速かったなぁ」
「ありがとう、みんな」
夢花を祝福するのは、陸上部たちだ。
夢花は、県大会を二位のタイムで通過し、見事に南関東大会への出場を決めた。
去年のリベンジへ、第二関門を突破した。
「じゃ、わたし、人待たせてるから、行くね」
「お疲れ様」
「気をつけて帰ってください!」
「ありがと」
夢花は、そう言って走り出した。
待たせている人なんて、居ない。
無性に会いたくなった人の元へ、駆け出した。
ーーー
「あ!先輩!」
「あ、いたいた。煌大くーん!」
それは、煌大である。
成海でもなく、他の陸上部の友達ではなく、煌大だ。
夢花は、煌大に対して特別な感情を抱いているからなどという理由ではなく、単純に、勇気をくれた人だから、一番に会いたかったのだ。
「見てくれた?」
「あったりまえですよ!めちゃめちゃ叫んだんですからね!」
「にしては、声がかすれもしてないけど?」
「うぐっ……!み、南関東大会は、声が出なくなるまで叫びますから!」
「冗談だよ」
夢花は、煌大と言葉を交わせて、安心した。
そして、一旦煌大と話し終えたところで、優と成海の存在に気がついた。
「お母さん、勝ったよ!」
「見てたわよ〜。流石、母さんの娘ね!」
「隣の、えっと……」
「花園優です」
「優くんも、来てくれてありがとね!」
「……勝ててよかったですね」
優は夢花とこうして言葉を交わすのは初めてだ。
初めてでもわかる、このアイドル性の高さ。煌大の言う、『ふわふわする』という感覚が、それとなく分かったような気がした。
夢花は背伸びをして、ため息をつく。
「疲れたぁ……とっとと帰ろっと……」
「乗せて帰ろうか?」
「お願いします」
夢花は土下座して、成海に家まで送って貰うことをお願いする。
成海は「仕方ない子ね〜」と言いながら、それを承諾した。
「それじゃ、今日は来てくれてありがとうね、二人とも」
「いえいえ。俺たちも、勝利が見られて良かったです」
「お気を付けて」
煌大と優は二人で、夢花と成海を見送る。
夢花は成海に窓を開けるように頼み、煌大に向けて、何かを口パクで伝えた。
読唇術は苦手である煌大は、何を伝えようとしているのか分からないまま、車に乗る二人に手を振る。
夢花は窓から身を乗り出し、煌大と優に手を振った。
「……今、華山先輩が何言ってたか分かったか?」
「いや、分からない。逆に分かったのか?」
「『また明日ね』って、お前に言ってたっぽいぞ」
「口パクで?」
「うん」
「くぅ〜っ!」
可愛いの渋滞である。
あれが本当に、県大会二位の陸上選手なのかを疑うくらい、可愛い。
優は煌大に「僕たちも帰ろうか」と言い、駅の方向へと歩き出した。
煌大はそれについて行きながら、今日見た光景を思い出す。
夢花の走りは、文字通り煌大の脳を焼いた。
中団にいた夢花が、一気に加速して他の選手たちをごぼう抜きにしていく姿。
心做しか、煌大が叫んだ瞬間に加速したような気もした。
煌大もトラックに立って、夢花の隣で走っていたような感覚すらするほどだ。
「次は、南関東大会だっけ?」
「うん。そこで六位以内に入れば、インターハイだ」
「それも見に行くつもりなのか?」
「当たり前だ!……って言いたいところだけど、その時はもう大会一ヶ月前だし、もし部活があったら見に行くかは検討するかも」
「行くなら僕も行かなきゃか?」
「その時にならないと分からないよ」
煌大にとって、夢花のインターハイのことがすごく大切だ。
しかし、煌大も煌大で、自分の大会がある。
本当は部活そっちのけで夢花の応援に行きたいところではあるが、流石に自分の部活の方が優先である。
県大会のメンバーに入れたら、夢花が応援に来てくれる。そう約束したのだから、野球にも力を入れないとダメだ。
その日に部活がなければ応援に行けるが、まだ来月のスケジュールは決まっていない。
決まり次第、行くかどうかは決める予定だ。
そうこうしているうちに、駅に着いた。
交通ICをかざし、ホームへ入ると、ちょうど電車が来ていた。
中はかなり空いているため、どこへでも座れそうである。
二人は横に長い椅子へ腰掛ける。
「……ん?」
煌大がウトウトしていると、バッグの中でスマホが震えた。
連絡は、夢花からだ。
『来週の日曜日オフだけど、煌大くんは?』
煌大は急いで、野球部のグループのスケジュール表を確認する。
(来週の日曜、来週の日曜……)
五月の下の方を探す煌大は、来週の日曜日にあたる日付に目を凝らす。
(よし!オフだ!)
奇跡的に、オフだった。
野球部は基本的にオフが少ない。そのため、この二週間連続の日曜日のオフは奇跡なのだ。
『俺もオフです!』
と送ると、夢花はすぐに既読をつけた。
メッセージを返すまで待っててくれたという事実に、煌大は踊り出したくなるほど嬉しくなる。踊りは苦手だが。
『じゃ、その日に行こっか!』
「華山先輩とか?」
「おいっ!勝手に見るなよ」
優はそっと煌大のスマホを覗き見していた。
煌大は優の顔に手を押し付けた。優の顔が歪む。
煌大はこうして夢花と話をしているうちに、本当にデートに行くのだということを実感する。
そう考えると、顔が赤くなっていく。
どこに行くか、何をするか。誘った側である煌大が全て決めるのが、道理というもの。
しかし、生憎、煌大はほぼ恋愛未経験。正直、どこに行けばいいとかさっぱりである。
都心に出てブラブラするか、県内をブラブラするか。選択肢は様々だが、様々すぎて逆にどこに行けばいいのか分からない。
自分で誘っておいて、エスコートできる気がしない。
「ま、あと一週間あるわけだし、しっかり準備して行くことだな」
「優、ついてきて」
「何でデートなのに僕がついて行かなきゃならないんだよ……」
煌大は半泣きで優に頼み込むが、あっさり断られてしまった。
あと一週間。時間の猶予はまだある。
手当り次第に調べまくって、夢花にも行きたいところを聞いたりして、計画を立てよう。
『あっ、わたしが行くとこ決めてもいいかな?
煌大くんと行きたいところあるの!』
「えっーーー!?」
「あら、良かったじゃん」
煌大は、電車の窓から飛び降りたくなるくらいの高揚感に包まれた。
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