第31話

 ソフィアとナミルの戦いは、アリアと巨大サハギンに比べて静かだった。

 ただし、張り詰めた緊張感は凄まじい。

 舟の上に佇んだソフィア。

 対するナミルの姿はなく、遠くから戦いの音が聞こえて来る。

 しかし、ソフィアにそれを気にする余裕はなく、全神経を集中させていた。

 それからしばしの時が過ぎ去り、やがて沈黙が破られる。

 ソフィアの左後方の水路の水が盛り上がり、ナミルが出現した。

 それに反応したソフィアは振り返ったが、既に敵の攻撃は始まっている。

 手に持った竪琴を鳴らした瞬間、ナミルの周囲に5つの水玉が生み出され、間髪入れずに矢が射出された。

 リルムの【水針珠】のようなオート性能や連射力はないが、1発の威力と速度、貫通力は圧倒的。

 咄嗟に大盾を構えたソフィアは、その全てを受け止めながら顔を歪ませる。

 だが、それで終わることなく反撃に出た。

 握った長槍を躊躇うことなく、ナミルに向かって思い切り投げ放つ。

 ところが――


『無駄ッス!』


 再び竪琴を鳴らしたナミルの前方に水の膜が張られ、長槍を完全に防いだ。

 すぐさまソフィアは長槍を手に再生成したが、表情は硬い。

 そんな彼女に構うことなく、怒涛の攻勢を掛けるナミル。

 竪琴を連続で掻き鳴らし、水の矢を次々に射出する。

 舟を傷付けながらソフィアを襲い、大盾に激突した。

 ソフィアはひたすらに耐え忍び、ようやくして攻撃が止むと同時に、またしても長槍を投げ放つ。

 相変わらずその速度は凄まじいが、ナミルは余裕を持って水の膜で凌ぎ切った。

 こうまで一方的な戦いになっているのには、いくつかの理由がある。

 まず、足場が限定されていること。

 舟の上と言う狭い範囲だと本来の戦い方が出来ず、長槍を投げるしか攻撃手段がない。

 そうなるとナミルは防御が楽で、攻撃に割けるリソースが増える。

 同じ理由で、ソフィアは全ての攻撃を正面から受けざるを得ず、ほとんど的になっているようなものだ。

 更に――


『今のも耐えるッスか。 でも、いつまでもつッスかね?』


 そう言ったナミルは再び水路に潜り込み、その姿を消す。

 対するソフィアは小さく息を吐き出し、またしても警戒を最大まで引き上げた。

 先ほどからこの繰り返しで、神出鬼没なナミルを前にソフィアは神経を擦り減らし、確実に消耗している。

 【転円神域】で位置を割り出そうともしたのだが、気配が完全に水と一体化しており、水路のどこにいるのかわからない。

 だからこそソフィアは手詰まりになりながら、強引に現状を打開する決意をした。

 長槍に神力を送り込んで高く跳躍し、水路に向かって投げ放つ。


「【流れる星の光】!」


 舟ごと水路を広範囲に爆撃し、数多の水柱が立った。

 どこにいるのかわからないなら、全て吹き飛ばせと言う考えだ。

 水路の横の通りに着地したソフィアは、油断なく水路を窺い――


『そう来ると思ったッス』


 別の水路から現れたナミルによる、水の矢の雨。

 思わぬ方向からの攻撃にソフィアは虚を突かれつつ、辛うじてガードが間に合ったが、その顔には極めて厳しい表情が浮かんでいた。

 水路全てが敵の移動範囲だとすれば、ますます位置を把握するのが困難。

 そして、どこから襲い掛かって来るかを割り出すのも至難の業。

 モンスター化したミゲルとナミルの間に、明確な性能差はない。

 むしろ、聖痕者としての力も持っていたミゲルの方が、強力だったとも言える。

 ところがナミルには、卓越した戦闘技能と駆け引きの鋭さが備わっていた。

 不利な地形と言うことも相まって、ソフィアはかなり苦戦している。

 それでも彼女には、決定打を与えない自信があった。

 ナミルの攻撃は確かに強力だが、反応出来ないほどではない。

 つまり、自分が力尽きる前に攻撃を当てることがあれば、チャンスは充分にある。

 その為にも、この貴重な機会を逃すことは出来ない。

 水路に潜っているときはどうしようもないが、今なら攻撃を加えることも可能。

 そう考えたソフィアは最速で通りを走り抜け、ナミルに向かって跳び掛かった。

 投擲による攻撃を防がれるなら、直接攻撃。

 一撃で仕留めることは出来なかったとしても、それを糸口に押し込んでみせる。

 そうプランを立てたソフィアを、ナミルは――


『浅はかッスね、『輝光』』


 嘲笑った。

 それを見たソフィアは背筋に寒いものを感じたが、今更止めることは出来ない。

 眼前でナミルが竪琴を鳴らそうとしているが、なんとか防ぎつつも攻撃を仕掛けようとして――背後から撃たれた。

 咄嗟に身を捻ったことで直撃は避けたが、左腕を浅く傷付けられ、血が滴り落ちる。

 通りに落下したソフィアは受け身を取りつつ、歯を食い縛った。

 今の攻防によって、彼女は2つの問題を抱えている。

 1つは、左腕にダメージを受けたことで、ガード性能が落ちたこと。

 今の状態で水の矢を受け続けたら、いずれ耐え切れなくなるだろう。

 とは言え、本当の問題は別にあった。

 水の上に佇んだナミルは竪琴を構えながら、ソフィアを見つめて言い放つ。


『やっぱり、『輝光』は正面以外の攻撃に弱いんスね。 まぁ、今ので仕留められなかったのは、流石って感じッスけど』

「……ルナさんとの訓練で、いきなり背後から狙われるのには慣れているので」

『なるほど、『殺影』の仕業ッスか。 でも、今のでわかったんじゃないッスか? アリエスでは、あたしには勝てないッス』

「確かに、不利なのは認めます。 ですが、わたしは負けません。 シオンさんが魔族を討つなら、わたしは魔蝕教を討ちます」

『レリウスさんッスか。 あの人には、お世話になったッス。 出来れば生き残って欲しいッスけど、イレギュラー相手じゃ厳しいかもしれないッスね』

「レリウスが何をしたのか知っているのですか? リベルタ村の人たちを……いえ、もしかしたらこれまでにも、多くの人たちを手に掛けたかもしれないのですよ?」

『それがどうかしたんスか? あたしにとっては、『輝光』を倒す機会をくれた人ッス。 そうやって、何でも自分たちの価値観でしか見れないから駄目なんスよ』

「……先ほども言っていましたね。 自分が大事なものの為に、他のものを切り捨てる。 それが『輝光』だと。 いったい、どう言う意味なのですか?」

『教えてやる義理はないッスよ。 どちらにせよ、あたしはあんたを殺しまッス』

「……わかりました、これ以上の問答は無駄のようですね。 決着を付けましょう」

『ようやくわかったッスか。 あたしたちがわかり合うことなんか、一生ないんスよ』


 言い終えたナミルが竪琴を弾き、水の矢が射出される。

 前後、左右から多角的に撃たれたソフィアは、大盾を駆使しつつ回避に専念した。

 反撃する暇もなく、とにかくダメージを受けないようにしている。

 それでも全てを凌ぐことは出来ず、ソフィアの美しい肌に赤い線が引かれ始めた。

 痛みに顔を顰めそうになりながら、必死に動き続ける。

 主導権は完全にナミルが握っており、ゆっくりと、それでいて着実に、ソフィアを追い詰めつつあった。

 それは確かな事実であり、ナミルも手応えを感じている。

 それにもかかわらず――


『……何スか、その顔。 この期に及んで、まだあたしに勝てると思ってるんスか?』


 微塵も勝負を諦めていないソフィアを見て、憎々し気に吐き捨てるナミル。

 その間も絶え間なく攻撃は続けており、ソフィアに成す術はないように見えた。

 しかし彼女は、息を乱しつつもはっきりと言い切る。


「わたしは、負けません」

『精神論でなんとかなるほど、世の中甘くはないッスよ?』

「そう言う割には、わたしを倒し切れず、焦っているのではないですか?」

『息も絶え絶えなくせに、良く言うッスね。 そこまで言うなら、わかったッス。 これで決めるッスよ!』


 そう叫んだナミルは周囲に膨大な数の水玉を生成し、矢を射る準備を整えた。

 一方のソフィアは地面を踏み締め、大盾を力強く構えている。

 それを見たナミルは、彼女がこの大技を耐え切った後に特攻して来る算段だと考えた。

 しかし、ナミルは詰めを誤りはしない。

 正面で大技の準備を整えているのと併行して、彼女はソフィアの背後にも水玉を作り出していた。

 この2段構えなら、大技を万が一防がれたとしても、背後からの一撃で終わり。

 そこまで計算したナミルは、トドメを刺すべく矢を解き放とうとしたが、その前にソフィアが口を開いた。


「ナミルさん、貴女を倒す前に言っておくことがあります」

『何スか? まさか、命乞いじゃないッスよね?』

「違います。 わたしは正直、貴女たち魔蝕教がわかりません。 何を考えているのか、何故そこまで『輝光』を憎むのか、何もわかりません。 もしかしたら、わたしたちに非があるのではないか……そう考えたこともあります。 ですが……」


 そこで言葉を切ったソフィアは、決然とした眼差しでナミルを射抜き、告げる。


「こんなやり方は間違っています。 魔族と手を組み多くの人々を巻き込んだことを、わたしは許しません。 貴女たちにどんな正義があろうと、わたしが必ず止めてみせます」

『……言いたいことはそれだけッスか? だったら……死ねッス!』


 叫ぶと同時にナミルは、ソフィアを前後から挟むように矢を射掛けた。

 仮に正面の大技をなんとかしたところで、背後からの攻撃を防ぐ手段はない――はずだった――


「『輝光』の力、お見せしましょう……【護り防ぐ光ルクス・ミュール】!」


 瞬間、ソフィアを中心に輝く障壁が展開され、水の矢をことごとく跳ね返す。

 大盾で受けていたときは精一杯だったにもかかわらず、今はびくともしていない。

 凄まじいと言う言葉では、到底足りないほどだ。

 【護り防ぐ光】。

 『輝光』の特性である防御力を極限まで高めた、絶対防御スキル。

 範囲は自分を包み込む程度だが、少なくともナミルにこの障壁を突破することは不可能。

 驚愕しながらも瞬時に結論付けたナミルは、悔しい思いを抱きながら逃げの一手を打とうとした。

 だが、そのときにはソフィアが長槍を投擲するモーションに入っており、ナミルは舌打ちしつつ水の膜を張る。

 あのスキルを破れない以上、勝てる見込みは限りなく低くなったが、ソフィアの攻撃もこちらに届くことは――


「【突き穿つ光】ッ!」


 穂先に光りを宿した長槍が膜を突き破り――ナミルの胸を穿った。

 一瞬何が起こったかわからなかったナミルだが、ソフィアのスキル性能を思い出して苦笑を浮かべる。

 【突き穿つ光】は近距離スキルだと思い込んでいたが、こう言う使い方もあるのだと今更ながら気付かされた。

 自身の体が崩れ行くのを眺めながら、大きく息をついたナミルが声を落とす。


『あたしの負けッスね』

「……言い残すことはありますか?」

『敵に情けを掛けるなんて、甘ちゃんッスね。 あたしはが反対の立場なら、今頃狂喜乱舞してたッス』

「わたしと貴女は違います。 それで、何かないのですか?」

『そうッスね……。 じゃあ、1つ頼みがあるッス』

「頼み……?」

『やっぱり、敵の頼みなんか聞けないッスか?』

「……聞くだけは聞きましょう」

『やっぱり甘いッスね』


 警戒しながらも要望を受け入れたソフィアに、ナミルは苦笑を深くした。

 一方のソフィアは何を言われるのかと、身構えていたが――


『サーシャさんには、あたしがモンスターに殺されたってことにして欲しいッス』

「え……?」

『あの人、リベルタ村の人たちを亡くしたばかりで弱ってるから、あたしが敵だったって知ったら、落ち込むと思うんスよね。 まぁ、死んだって聞いたら変わんないかもしれないッスけど』

「ナミルさん……」

『聞いてもらえるッスか?』

「……わかりました」

『どうもッス』


 それっきり2人は口を閉ざし、やがてナミルの体は胴と頭を残すのみとなった。

 ソフィアは辛そうにしていたが、どうしても堪え切れずに問い掛ける。


「ナミルさん、貴女は本当は戦いたくなかったのではないですか? もしかして魔蝕教に利用されて……」

『それは違うッス。 あたしは、あたしの意志で戦ったッス。 勘違いしないで欲しいッス』

「そうですか……」


 食い気味に否定されたソフィアは、暗い表情で俯いた。

 そんな彼女をナミルは無感動に見つめていたが、大きく溜息をついてから声を発する。


『頼みを聞いてくれたお礼に、1つだけ教えてあげるッス』

「え……?」

『あたしたちが憎んでるのは『輝光』であって、ソフィア姫じゃないッス』

「……過去の『輝光』と何かあったのですか?」

『これ以上は教えられないッス。 あとは自分で調べるなり何なりしろッス』

「……わかりました、有難うございます」

『お返しなんスから、お礼はいらないッスよ』


 そうしてまたしても静寂が続き、やがて残すは頭のみとなる。

 ソフィアは最早、ナミルを直視出来ない。

 その様に苦笑を漏らしたナミルは――


『お見舞いに来てくれて、嬉しかったッス。 『輝光』は嫌いッスけど……ソフィア姫は大好きッス。 もし生まれ変わったら、普通の友達になりたいッスね』

「……ッ! ナミルさん!」


 ソフィアが顔を振り上げたときには、ナミルの体は塵となって風に攫われていた。

 それを見たソフィアは、その場に座り込んで涙を流す。

 本当にこれで良かったのか。

 別の選択肢もあったのではないか。

 後悔の念に押し潰されそうになったソフィアだが、遠方からモンスターの声を聞いて我を取り戻す。

 ナミルのことは無念で仕方ないが、だからと言って立ち止まる訳には行かない。

 自分は『輝光』なのだ。

 魔蝕教と過去の『輝光』の間に、何があったのかはわからない。

 それでも今は、アリエスの人々を守るのが最優先。

 あとのことは、全てが終わってから考えよう。

 無理やりに立ち直ったソフィアは回復薬を飲み干し、ナミルがいた水路に向かって黙祷してから戦場に向かった。











 ユーティとともに時計台から狙撃を繰り返していたルナだが、次第に表情が強張りつつあった。

 今のところ大きな被害を出さずに済んでいるが、このままではいつか限界が訪れるかもしれない。

 ギルドメンバーが必死に追い込んでくれているお陰で、ほとんどのサハギンを半径500メトル圏内に入れることには成功している。

 ただし、あまりにも数が多い。

 今も水路から侵入して来ているらしく、先の見えない長距離走状態。

 隣で奮闘しているユーティにも余裕は皆無で、ギルドメンバーたちも疲弊している。

 いよいよもって、ルナが誰かを犠牲にしなければならないのかと考え始めた、そのとき――


『アリエスの民よ、諦めてはなりません。 必ず勝機はあります』


 上空にエレオノールの姿が映し出され、彼女を見た人々から歓声が沸いた。

 エレオノールの手には、先端に水色の宝石が付いた杖が握られており、それを頭上に掲げながら言葉を紡ぐ。


『今も異国の者たちが、強敵を相手に奮闘しています。 それなのに、我らが早々に諦めても良いのでしょうか?』


 エレオノールの言葉は国民たちの心に届き、闘志に火を点けた。

 更に彼女は言葉を連ねる。


『わたしは信じています。 勇敢なる我が国の者たちは、必ずや勝利すると。 その為に、わたしも力を尽くしましょう』


 そう言ったエレオノールは瞳を閉じ、研ぎ澄まされた神力を膨大な魔力に変換した。

 アリエス全体を覆うような規模で、ルナは何が起きるのかと気を引き締めている。

 そんな彼女をよそに、笑みを浮かべたエレオノールが力ある言葉を紡いだ。


『清らかな水よ――天から降り注ぎ――我らを救い――敵を滅せよ――【清水天雨ホーリー・シャワー】』


 エレオノールが魔法を発動した途端、アリエスに雨が降り始めた。

 訝しく思ったルナは空を見上げ、頬に雨粒が当たり――


「これは……」


 僅かながら、体力が回復するのを感じる。

 視線を感じて目を移すと、ユーティが誇らしそうに口を開いた。


「エレオノール様の、【清水天雨】の効果よ。 凄いわよね」

「……確かに、この広範囲を回復出来るのは驚異的ね」

「あら、それだけじゃないわよ? ほら、あれを見て」


 ユーティが指差した方を見たルナは、微かに目を見開いた。

 彼女の視界に映っているのは、雨に打たれて苦しんでいるサハギンたち。

 倒し切るほどの威力ではないが、動きを鈍らせる程度には効果が出ている。

 そのときになって、ルナは魔法の性能を正しく認識した。

 【清水天雨】。

 水属性の上級魔法で、味方を回復させつつ敵を攻撃する。

 効果範囲は使い手の力量に依存。

 攻撃魔法と分類するか回復魔法と分類されるかで、派閥が分かれている。

 それはつまり、攻撃魔法と回復魔法の両方を高いレベルで使えなければならないと言う意味で、リルムですら満足には使えない。

 エレオノールの階位は『攻魔士』だが、とある理由で回復魔法にも長けていた。

 何はともあれ強力な一手になったものの、少し(?)捻くれたところのあるルナは不満をこぼす。


「こんな魔法が使えるなら、最初から戦いに参加してくれたら良かったのに」

「あはは。 気持ちはわからなくもないけど、そうは行かないわよ。 あれだけの【清水天雨】を使うのは相当な負担らしいし、あの魔道具がないと無理らしいわよ?」

「魔道具って、あの杖のこと? どう言う効果なの?」

「水属性限定だけど、消費魔力を抑えてくれるんだって。 そうじゃないと、ここまで大規模な魔法は使えないわよね」

「なるほどね……」

「とにかく今は形勢が逆転したけど、油断は出来ないわ。 新手が来たら、繰り返しになっちゃうから」

「えぇ。 面倒だけれど、シオンたちが元凶を潰すのを待つしかないわね」


 苦笑を浮かべたルナだが、内心はやる気に満ちている。

 守ると決めた人たちを、まだ見捨てずに済むと思ったからだ。

 その後も耐え忍ぶ戦いが続いたが、時折エレオノールの援護も入り、なんとか持ち堪えている。

 途中からソフィアたちが合流したことで、戦力的には格段に楽になった。

 悔しいが、彼女たちに助けられる側になったことで、シオンの報酬をどうするかなどと考える余裕すら生まれていたが――


「な、何よあれ!?」


 焦った様子のユーティの目線を追ったルナは、今度こそ目を見開いた。

 彼女たちが見る先では、アリエスの水路が紫色に変色している。

 恐らく毒で、今までは少しずつ弱らせるものだったのが、明らかに致死量となっていた。

 レリウスの仕業だと思って間違いなく、それはつまり――


「シオン……」


 彼の身に何かあったのかと案じたルナは、不安そうに手を胸に当てる。

 夜の闇に心が飲み込まれないように、口を固く引き結んだ。

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