第30話

 尋常ではない数のサハギンに追い掛け回されながら、リルムは思考を巡らせる。


「こいつら相手に火魔法は効果的じゃない。 風魔法が有効だけど、あたしが使えるのは街中ではちょっとね……。 となると水魔法か地魔法だけど、これだけ水が多いなら水魔法の方が良いかな。 てことは、結局これかしら……【水針珠】!」


 ぶつぶつ言った後に選んだのは、オート性能をアレンジした【水針珠】。

 3つの水玉がリルムの周囲に浮遊し、襲い来るサハギンたちを蜂の巣にする。

 相変わらず威力、精度ともに文句の付けようもない。

 ところが、リルムの顔は晴れなかった。


「うーん……あたしだけなら充分だけど、お姫様とメイドちゃんも守るってなると、ちょっと足りないかも」


 不満そうに腕を組むリルム。

 その間にも【水針珠】はモンスターを駆逐しているが、この魔法の攻撃範囲はさほど広くない。

 それゆえに、彼女を無視してソフィアやアリアを狙おうとする個体も現れ始め、それを見たリルムは決断した。


「訓練の成果お披露目ってね!」


 宣言したリルムが――駆け出す。

 何も特別なことのない、ただのダッシュ。

 しかし、見る者が見ればそれがいかに異常なことか、わかるはずだ。

 本来『攻魔士』は性質上、近接系階位に比べて動き回ることが少ない。

 だからこそ、一般的には体術や体力で劣っている。

 いや、むしろそう言った分野を鍛える暇があるなら、少しでも魔法の力量を上げた方が強い。

 それこそが常識、普通の考え。

 だがリルムは、そう言った枠から逸脱した存在。

 シオンと出会った当初から高水準の身体能力を誇っていたが、迷いの森での戦いやヴァル戦を経て、彼女は更なる成長を求めた。

 そうして辿り着いたのが、基礎体力の向上と【身体強化】のレベルアップ。

 特に後者が重要で、個別訓練の多くをこれに充てた。

 それによって今のリルムは、並どころか大半の近接系階位を凌駕するほどの動きが可能。

 自分を無視しようとした不届き者たちの前に回り込み、【水針珠】がオートで撃破。

 近くの敵を一掃したら、即座に場所を移動してまた殲滅。

 高火力かつ高機動力の戦いを、見事に実現していた。

 以前ならこの時点で体力に不安を覚え始めていただろうが、まだまだ余力を残している。

 【転円神域】を展開するゆとりすらあり、ソフィアとアリアに決して近付けさせないように、立ち回ることが出来ていた。

 やっていることは迷いの森のときに近いが、実態はまるで違う。

 それと同時に、彼女は気付いていた。


「あんのゴスロリ……手伝うなら最初からそう言いなさいっての」


 自分が担当しているエリアの更に外側。

 ルナが時計台から狙撃を繰り返しているのを察して、思わず苦笑を漏らした。

 リルムもルナに対する感情は決して良いとは言えないが、認めているところがあるのも否定出来ない。

 悪態を付きつつもなんとなく気分が良くなったリルムは、ニヤリとした笑みを浮かべて加速する。

 彼女が通過した傍からサハギンが塵となり、瞬く間に消え去った。

 そうしてリルムは、圧倒的な戦いを繰り広げていたのだが――


「あー、疲れた。 そろそろ、あっちも試してみようかな」


 急に立ち止まり、体を解すように背伸びする。

 そして、鼻歌混じりに魔箱を漁っていたかと思うと、手のひらサイズの水晶を取り出した。

 【水針珠】の攻撃範囲外にいたサハギンたちから、困惑した空気が流れて来たが、リルムは気にすることなく魔力を注ぎ込み――


「これがあたしの、研究成果よ!」


 数多の空間が歪んだ。

 中から出て来たのは、【水針珠】の水玉。

 合計20に達しようかと言う数に上り、広範囲に展開することで殲滅力を飛躍的に向上させた。

 ゆっくり通りを歩くだけで、途轍もない戦果を挙げている。

 非常に楽しそうで、うんうんと満足そうに頷くリルム。

 スキップでもしそうな勢いで、上機嫌に声を発した。


「【水針珠・軍型ヴァダー・スパイン・ファランクス】ってところかしら! 流石あたし! 格好良いじゃない! ……まぁ、いつでも使える訳じゃないけど」


 自画自賛したリルムだが、途端にトーンダウンした。

 彼女の研究成果。

 以前から魔導書と魔箱に興味津々だったリルムは、完全には再現出来ないまでも、両方の特性を組み合わせることに成功した。

 魔法の効果を半永久的に書物に保存するのが、魔導書。

 様々なものを空間に収納出来る、魔箱。

 つまり彼女は、魔箱に収納していた魔法を取り出したのだ。

 余人が聞けば信じられないだろうが、それを成し遂げるのが『紅蓮の魔女』。

 ただし、魔法を保存する為の作業が大変な上に、現時点では収納スペースをかなり占領してしまうので、無限に溜められる訳ではない。

 いわゆる切り札のようなものだが、問題はもう1つある。


「あー……失敗したわね。 【水針珠】の多重展開は強いけど、維持するのに神力をごっそり持って行かれちゃう。 そう考えると、【火球】みたいな撃ち切り系の魔法の方が向いてるかも? まぁ、それがわかっただけでも、今回使った甲斐はあるわね」


 などと考察しながらも、リルムはウォーキング掃討を続けた。

 完全にサハギンのことなど眼中にないが、本気で取り組んでいることに違いはない。

 とは言え、このままだと神力が枯渇してしまう。

 だが、彼女にはまだ手札が残されていた。


「あんまり飲みたくないけど……仕方ないわよね」


 そう言って魔箱から取り出したのは、迷いの森でも使った神力回復薬。

 神力を回復出来る代わりに、耐え難い苦痛を伴う――のだが――


「ぐ……はぁ、お姫様のご飯よりはマシね」


 ソフィアが聞けば何を言われるかわからないが、結果として彼女の料理によってリルムは、苦痛への耐性が付いている。

 そうして神力を回復したリルムは、スタスタと歩みを進め――


「お姫様、メイドちゃん……負けるんじゃないわよ」


 サハギンの波を押し退けながら、仲間たちの無事を願った。











 唸る豪槍。

 風切り音を奏でる大剣。

 両者の間で激突し、辺りに衝撃が走った。

 アリアと巨大サハギンは小人と巨人ほどの体格差があるが、破壊力は拮抗している。

 しかし――


「く……!」


 押されているのはアリア。

 その理由は単純で、アリアが下から攻撃するのに対して、巨大サハギンは上から攻撃して来る。

 要するに、体重を乗せた一撃を繰り出せるかどうかの違い。

 それでも尚、互角の戦いが出来ているアリアは流石と言えるが、重要なのは今どうするか。

 善戦出来るだけでは意味がない。

 彼女に与えられた役目は、倒すことなのだから。

 そのことがわかっているアリアは歯を食い縛り、低い姿勢で踏み込んだ。


「やぁッ!」


 巨大サハギンの脛に向かって、大剣を振り切る。

 この位置なら小柄な彼女でも最大威力が出せるので、ダメージを負わせることが出来るはずだ。

 ところが――


「グゲェッ!」

「……!」


 それを予期していた巨大サハギンは、豪槍を地面に付き立てることで、アリアの一撃を受け止める。

 完璧にガードされたアリアは咄嗟にバックステップを踏んだが、そこを豪槍で薙ぎ払われた。


「【シールド・バッシュ】……!」


 辛うじてスキルを発動させたアリアは、間一髪で防ぐことに成功する。

 だが、勢いを殺し切ることが出来ず、建物の壁に叩き付けられた。

 全身に痛みを感じながら、表情1つ変えないアリア。

 そんな彼女を巨大サハギンは、見下したように笑っている。

 アリアにとって最も厄介なのは、そのパワーではなく知能の高さ。

 先ほどの攻防からもわかるように、自分の弱点を把握しており、そこを的確に守っていた。

 そして、槍術の技量も決して低くない。

 もっとも、アリアの剣技には到底及ばないが。

 逆に言えば、その差を覆すほど体格差があると言うこと。

 その事実を認識しているアリアは、ユーティから教えられた街の構造を利用することにした。

 巨大サハギンと何度も武器を交錯させつつ、目当ての場所に誘導する。

 一撃が重く、打ち合う度に腕が痺れそうになるが、力を振り絞って応戦した。

 そうして辿り着いたのは、背の高い建物。

 周りに人がいないのを確認したアリアは、胸中で謝罪してから建物の屋根に上がった。

 そこに巨大サハギンは豪槍を振り下ろしたが、予見していたアリアは逆に跳び掛かる。

 建物を破壊した豪槍とすれ違うようにして、巨大サハギンに大剣を繰り出し――


「ゲゲゲッ!」

「……ッ!」


 豪槍を握っている手とは反対の手で、巨大サハギンが拳を撃ち出した。

 辛うじてバックラーでガードしたが、今度はスキルを発動する間もなく横合いから殴られて、アリアの小さな体が地面に叩き付けられる。

 どうやら、攻撃を誘ったつもりのアリアの、更に上を行かれたらしい。

 街の通りにクレーターを作られ、威力の高さを物語っている。

 それでもアリアは、苦痛を堪えて立ち上がった。

 かなりのダメージを受けているが、彼女の瞳に宿る光に陰りはない。

 そのことに巨大サハギンは不愉快そうな顔を作っていたが、アリアは冷徹な表情で大剣を構える。

 ボロボロになったメイド服は、最早ほとんどただの布切れ。

 そんな状態であってもアリアの心は揺るがず、ただひたすらに、目の前の敵を倒すことに集中していた。

 下からの攻防は不利。

 弱点と思われる足元はマークされている。

 跳躍による攻撃はカウンターの的。

 八方塞がりに思えるが、アリアはむしろ燃えていた。


「お兄ちゃん……わたし、やってみせます」


 戦闘中、あまり口を開くことのないアリアが、珍しく言葉を紡ぐ。

 それほど彼女は追い詰められており、自分を鼓舞しようとしていた。

 数瞬瞑目したアリアは神力を高め、大剣に送り込む。

 それを見た巨大サハギンは警戒したが、まだ彼我の距離は充分にあった。

 だからこそ、油断したのかもしれない。

 眦を決したアリアは、大剣を高々と掲げ――


「【ブレイブ・キャリバー】ッ!」


 全力で振り下ろす。

 だが前述の通り、大剣が届く間合いではない。

 そう考えた巨大サハギンは怪訝そうにし――豪槍が地面に落ちた。

 何が起こったかわからない巨大サハギンは、視線を巡らせ――


「グゲギャァァ!?」


 自身の腕が、断ち切られているのを見る。

 遅れてやって来た激痛に絶叫し、血走った目でアリアを睨んだ。

 対するアリアも肩で息をしており、かなり消耗している。

 【ブレイブ・キャリバー】。

 大剣に集中させた神力を刃と化して飛ばす、遠距離スキル。

 これだけ聞けば、それほど変わったスキルには思えないかもしれない。

 ところが、『剣技士』と言う階位の基本性能は、剣と盾を生成すること。

 そして、人によって様々なスキルはあれど、そのどれもが武具を中心に成り立っている。

 何が言いたいかと言うと、体や武具から神力を離して扱うのは、従来の『剣技士』ではあり得ない。

 それでもアリアは挑戦し、リルムの助けもあって実戦で使えるようになった。

 消耗が激しいだけではなく、必殺の威力があるとも言えないので、まだ完成には遠いだろう。

 しかし、虚を突かれた巨大サハギンは困惑しており、彼女は決してその隙を見逃さない。

 休息を訴える体に鞭を打って疾駆したアリアは、大剣に神力をチャージしながら跳躍し――


「【グランド・ティアー】ッ!」


 巨大化した大剣を叩き付けた。

 斬られると言うよりは、圧し潰される勢いの巨大サハギン。

 呆気なく塵となり、かなり上質で大きな魔石を落とす。

 それを見たアリアは安堵の息をつき、その場にへたり込んだ。

 正直なところ、この結果は彼女にとって不満が残る。

 相手は魔族ではなく、巨大とは言えただのモンスター。

 そんな相手に苦戦した自分を情けなく思ったが、彼女は知らなかった。

 あの巨大サハギンが、並の魔族よりもよほど強力な特別種だと言うことを。

 それほどの強敵を単独で撃破したのだから、褒め称えられて然るべきだ。

 もっとも、事実を知らないアリアが不服に思うのも、無理はないかもしれない。

 へたり込んだまま大きく溜息をついた彼女は、夜空を見上げて呟いた。


「お兄ちゃんへの道は……果てしないですね……」


 別の場所で戦っているだろうシオンを思い浮かべ、苦笑を漏らす。

 その後、アリアはひとまず休息を取ることにしたのだが、自身が半裸だと言うことに気付いたのは暫く経ってからだった。

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