第24話
アリエスの特徴は既に解説したが、もう1つ追加しておく。
それは、水路が多くある為に街が立体的な作りになっていること。
陸橋なども多く、階段を上り下りしながら歩く羽目になる。
僕たちが今いるのはその1つで、下には川が通っており、舟が行き交っていた。
端に立ったリルムは身を乗り出して、その光景を眺めている。
買い出しに行くと思っていた僕は肩透かしを食らった気分で、その様を見守っていた。
しばしボンヤリしていると、リルムが背中を向けたまま声を投げて来た。
「綺麗なところよね」
「今は空気が淀んでいるがな」
「うん、早く解決してあげないと」
「こう言っては何だが、正直に言うと意外だ」
「意外? 何が?」
「リルムが積極的なことがだ。 キミはてっきり、見ず知らずの人には興味がないのかと思っていた」
リルムは探求心が強く、興味を持ったことには一直線。
そのせいで周りが見えなくなることも、しばしばある。
逆に、どうでも良いことには本当に興味がなく、視界に入っていない。
そんな彼女が、今はアリエスの人々の為に尽力しようとしている。
そのことが意外だった訳だが、振り向いたリルムは困ったような笑みを浮かべて、ポツリポツリと声をこぼした。
「シオンの考えは間違ってないわ。 あたしは別に、アリエスの人たちになんか興味はないの」
「じゃあ、どうしてだ? もしかして、どう言う仕組みで今の状況になっているのか知りたいのか?」
「まぁ、それに関しては多少興味はあるわね。 でも、本当のところはそれでもないの」
「そうなると、僕にはもうわからないな。 リルム、キミはいったい何を考えている?」
リルムの言い回しに疑問を持った僕は、単刀直入に尋ねた。
それに対して、彼女は――
「復讐よ」
極めて冷たい声で答えた。
その顔には、感情の窺い知れない無表情が張り付いている。
いつものリルムとはあまりにも違い過ぎて、内心で驚愕した。
しかし、努めてそれを表には出さず、淡々と問い掛ける。
「誰に対する復讐だ? まさか、へリウスか?」
「そいつだけじゃないわ。 あたしが復讐したいのは、魔族全員。 旅に同行した本当の理由も、魔族と戦えると思ったからよ」
「何があった。 どうしてそこまで、魔族を憎む?」
「悪いけど、いくらシオンでもこれだけは教えられないわ。 とにかく、あたしは魔族を許さない。 だから今回のことに魔族が噛んでるなら、そいつを見付け出して殺したいの」
静かながら感情を昂らせているリルムを前に、僕は何を言うべきか迷った。
だが、確かなことがある。
こちらに強い眼差しを突き刺して来るリルムに、ゆっくりと歩み寄った。
彼女は尚も睨み付ける勢いだが、気にせず手を伸ばして頭を撫でる。
それでもリルムは頑なだったものの、ほんの少しだけ緊張が解けたのを感じた。
暫く無言で手を動かし続け、そのままはっきりと宣言する。
「僕はリルムの味方だ」
「……! シオン……」
「キミが何を抱えていて、何を考えているのかは知らない。 それでも僕は、これからもキミの味方であり続けると誓おう」
「……そんな簡単に誓っちゃって良いの? あたし、本当はろくでもない人間かもしれないわよ?」
「そのときは、僕も一緒にろくでなしになる」
「……馬鹿」
泣き笑いのような表情になったリルムが、僕の胸に顔を埋める。
核心は打ち明けていないようだが、それでも今回のことを話すのは、彼女にとって大きな勇気が必要だったはずだ。
リルムの背に手を回し、優しく背中を撫でる。
アリエスの空気は重いままだが、僕たちの周囲だけは和やかな気がした。
しばしすると、落ち着きを取り戻したリルムが体を離しつつ、言い難そうに声を発した。
「えっと……ごめん」
「何故謝る?」
「いや、ほら、急に変なこと言い始めたし」
「そんなことはない。 むしろ、以前よりリルムのことを知れて、良かったと思う」
「う……出来れば忘れて欲しいけど……」
「生憎と、僕の記憶力は悪くない」
「むぅ、意地悪。 じゃあ、せめてお姫様たちには内緒にしてくれない?」
「わかっている、心配するな」
「ん……ありがと」
「さぁ、そろそろ行こう。 あまりのんびりし過ぎたら、店が閉まってしまう」
「それもそうね、行きましょ。 修道女が言ってた大通りは……あっちね」
すっかり調子を取り戻したリルムは、当然のように僕の手を握って歩き出した。
上機嫌な笑みを浮かべており、思わず苦笑する。
彼女が内に闇を秘めているのは間違いないのだろうが、少なくとも今は大丈夫そうだ。
大通りに着くと、グレイセスほどじゃないが、多種多様な屋台が出ていた。
ただし、やはりと言うべきか活気はない。
辛うじて営業していると言った感じで、呼び込みなどの声も弱々しかった。
姫様たちが見れば、悲しみに暮れそうな場面だが――
「おじちゃん、この鉱石いくら?」
「そこに書いてんだろ……」
「だから、いくらまで安く出来るのかって聞いてんのよ」
「それ以上は無理だって……」
「そこをなんとか。 ほら、こんな美少女2人がお願いしてんのよ?」
「う……。 けど、こっちにも生活が……」
「鉱石1つくらい、安くしたってだいじょーぶだって。 行ける行ける」
「はぁ、わかったよ……。 特別に半額にしてやるから、早く帰ってくれ……」
「オッケー。 じゃあ、これ5つね」
「お、おい、さっき1つだけって……」
「うん。 だから、1種類だけね。 お金、ここに置いとくから」
「ちょ……」
呼び止めようとした店主を無視して、鼻歌混じりに去り行くリルム。
何と言うか……いろいろと酷いな。
グレイセスでも、いつもこうなんだろうか。
何より僕を美少女扱いしたのが不満だが、嬉しそうにしているのを見ると、文句を言う気が失せる。
小さく嘆息して後を追った先では、リルムが別の店で似たような交渉をしていた。
このパーティには姫様がいるので、資金力は途轍もない。
正直に言うと、今の手持ちがいくらか把握していないほどだ。
多数の魔石による収入も合わせれば、はっきり言って値切る必要は皆無。
それでもリルムが容赦することはなく、どの店でも限界ギリギリ……どころか、限界を少し越えるくらいまで粘っている。
普段なら断るような店主もいただろうが、弱っている今は損をしてでも早く終わらせたいようだ。
意地汚いと言うか逞しいと言うか……凄いな。
素直には感心出来ないとは言え、リルムの知られざる能力を目の当たりにして、僕は謎の感動を覚えていた。
そうして全ての素材を買い集めた彼女は、ほくほく顔で戦利品を確認している。
結局、僕が荷物持ちをすることはなかったが、一緒に行動したことが無駄だとは思わない。
魔族に対する恨みも含め、リルムをより深く理解出来た気がするからだ。
内心で充足感を得ていた僕が視線を巡らせると、不意にある物が目に飛び込んで来た。
悩んだのは一瞬で、すぐに行動に移る。
リルムを置いて屋台の1つに歩み寄った僕は、短いやり取りで目当ての物を購入した。
その頃にはリルムも確認を終えており、帰って来た僕に不思議そうな声を掛けて来る。
「何か買ったの?」
「イヤリングだ」
「イヤリング?」
「このイヤリングには、カーネリアンが取り付けられている。 今のキミにはピッタリかもしれないと思ってな」
「それって……あたしにプレゼントってこと?」
「そうなるな。 気に入らなかったら、魔箱にでも放り込んでおいてくれ」
呆然としながらイヤリングを受け取ったリルムは、少し躊躇しながら耳に飾る。
微妙に落ち着かない様子だったが、頬を朱に染めながら恐る恐る尋ねて来た。
「ど、どう……?」
「似合っていると思う。 僕の中でリルムのイメージカラーは赤だしな」
「そ、そっか、ありがと。 でも、なんでカーネリアンなの?」
「カーネリアンには、目標や夢を叶える力があると言われている。 魔族に復讐したいと言うリルムの願いが、叶えば良いと思ってな」
「どちらかと言うと、普通は止められると思うんだけど……。 復讐は何も生まないとか言って」
「そうかもしれない。 だが、僕はリルムを後押ししたいと思った。 それに、カーネリアンには他の意味もあるんだ」
「他の意味?」
「あぁ。 それは、落ち着きと友情。 感情に任せるんじゃなく、落ち着いて判断した上での復讐なら構わないと思う。 そして、そのあとに何も残らないとしても、僕や姫様たちとの友情があれば、また歩き出せると思うんだ」
「……そう言うことね。 随分と、宝石に詳しいじゃない」
「たまたまエレンに聞いただけだ。 全ての宝石に精通している訳じゃない」
「ふーん、そうなんだ」
そう言ってリルムは、イヤリングを指先で弄り始めた。
何だろう、嫌じゃないが喜び切っていない印象を受ける。
やはり趣味じゃなかったのか?
そう考えた僕は、控えめに聞いてみる。
「何か気になるのか?」
「うーん、気になると言えば気になるわね」
「そうか。 だったら無理して付けなくても……」
「そこじゃないわよ」
「そこじゃない?」
「あたしが気になってるのは、シオンがこれをくれた理由なの」
「……何か問題があったか?」
「問題って言うか……はぁ……目標が叶うようにって思ってくれたのは、素直に嬉しいわ」
「そうか」
「復讐に対して、冷静に考えてみるって言うのも受け入れてあげる」
「助かる」
「お姫様たちとの友情って言うのも……前向きに検討してあげるわ。 でも……」
「でも?」
「シオンと友だちって言うのは、ちょっと嫌かも」
「……僕が嫌いなのか?」
「馬鹿ね、そんな訳ないでしょ?」
不満そうに口を尖らせたリルムが、言い捨てた。
そして、ツカツカと近寄って来たかと思うと――
「ふぅ、こんな予定じゃなかったんだけど」
不本意そうに溜息をついてから、キスされた。
唇と唇が軽く触れ合う程度だったが、確かな感触が残っている。
周囲の人々は驚いていたものの、リルムは気にしていないようだ。
しかし、行為そのものには羞恥を覚えているらしく、恥ずかしそうにしている。
それでも彼女は視線を逸らすことなく、苦笑を浮かべながら言い放った。
「さて、問題よ。 あたしの今の行動の意味は何でしょーか?」
「……僕のことが、恋愛対象として好き」
「はい、正解。 あーあ、本当はもっと確率を上げてから伝えたかったのになー」
「すまない……」
「シオンが謝ることないわよ。 その代わり、覚悟してなさいよ? あたし、結構しつこいから。 さ、そろそろ帰りましょ」
「……そうだな」
早口で捲し立てたリルムに、僕は一言を返すのがやっとだった。
いつも通りを装っているが、彼女が傷付いているのは明らか。
ここ最近、悩まされることが多くなった恋愛絡み。
いっそのこと、僕の
どうするべきかわからない僕は、結局何も出来ずに帰路に就いた。
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