第23話
ナミルの家を訪問したソフィアとアリアは、呆然としていた。
彼女たちの見る先には、かなり古びた建物がある。
言葉を選ばなければあばら家で、辛うじて雨風を凌げる程度。
生まれたときから王城で暮らして来たソフィアは勿論、彼女専属のメイドだったアリアからしても、考え難い環境。
そんな彼女たちの心情を察したのか、サーシャが苦笑しながら口を開いた。
「ナミルちゃんは、ご両親が亡くなられて1人で暮らしてるんです。 まだ16歳で船員さんの仕事を頑張ってますけど、やっぱり金銭的に厳しくて……。 直接はリベルタ孤児院と関係はないんですが、アリエスに来たときは様子を見に行ってます」
「そうだったのですか……。 大変なのですね……」
「そうですね、ソフィア様……」
サーシャの説明を聞いたソフィアたちは、辛そうに声を落とす。
しかし、もう1人の少女の反応は違った。
「別に、珍しくも何ともないわよ。 親を亡くして苦労しているのは、あの女だけではないわ」
「ルナさん……そのような言い方は良くないと思います。 もう少し相手の気持ちを考えて……」
「ふふ、まるで自分は気持ちを考えられているような口ぶりね。 お姫様としてぬくぬくと生きて来た貴女に、何がわかると言うの?」
「……! それは……」
「まぁ、別にどうでも良いわ。 シオンとの契約があるから一応付いて来てあげたけれど、早く帰りたいから行くならサッサとして」
「……わかりました。 サーシャさん、よろしくお願いします」
「は、はい」
ルナの辛辣な物言いは、ソフィアの胸に突き刺さった。
アリアも同様で、暗い顔をしている。
それは自分たちの浅はかな考えを反省しているからでもあるが、ルナの過去を垣間見た気もした。
彼女がどのような経緯で殺し屋になったのかは知らないが、そうせざるを得なかった理由があるのだろう。
だからと言って殺人を肯定するつもりはないとは言え、ルナを完全に否定することも出来ない。
複雑な思いを抱いていたソフィアたちの一方で、ルナも若干後悔していた。
表面上は平然としているが、余計なことを言ってしまったと思っている。
そんな彼女たちを心配そうに見やりつつ、サーシャはドアをノックした。
「ナミルちゃん、サーシャよ。 入っても良いかしら?」
「サーシャさん……? 開いてるから入って下さいッス~」
「うん、お邪魔するわね」
聞こえて来た声に従って、ドアを開いたサーシャ。
少しばかり緊張しながらソフィアとアリアが中を覗き込むと、本当に最低限の家具しかなかった。
それゆえに散らかっている印象はないが埃が溜まっており、暫く掃除されていないことがわかる。
すると、部屋の奥に置かれたベッドの上で寝ていたナミルが、ゆっくりと体を起こして声を発した。
「あ、他の人たちも一緒だったんスね。 いらっしゃいッス」
「初めまして、ソフィア=グレイセスです。 体調が悪いようですが、大丈夫ですか?」
「ア、アリア=クラークです。 僭越ながら、お見舞いに来ました」
「ご丁寧にどうもッス。 あたしはナミル=リードでッス、よろしく……ソフィア=グレイセス……?」
「え?」
「まさか、『グレイセスの至宝』ッスか!? サ、サーシャさん! こんなところに呼ばないで欲しいッス!」
「大丈夫よナミルちゃん。 ソフィア姫もアリアちゃんもルナちゃんも、そんなこと気にしないから」
「あたしが気にするんス!」
「落ち着いて下さい、ナミルさん。 サーシャさんの言う通り、わたしは気にしません」
「ソフィア姫……でも……」
「アリアとルナさんも、大丈夫ですよね?」
「も、勿論です!」
「何でも良いから、話を進めて頂戴」
「と言うことです。 とにかく貴女は、体を休めることを考えて下さい」
「うぅ……わかったッス」
尚も恥じ入りながら、ベッドに横たわるナミル。
そんな彼女に苦笑を浮かべたソフィアとサーシャだが、アリアが何やらソワソワしていた。
そのことをサーシャは不思議がっていたが、事情を知っているソフィアはナミルに問い掛ける。
「ナミルさん、掃除道具はありますか?」
「え? そこにありまスけど……」
「有難うございます、少しお借りしますね」
「へ!? いやいやいやいや、ソフィア姫にそんなことさせられないッス!」
「わたしではないですよ。 アリアが掃除したがっているので」
「あ……えっと、良ければ使わせてもらえませんか……?」
「お客人にそんなことさせるの、気が引けるんスけど……有難うございまッス」
「い、いえ、お気になさらず」
そう言ってアリアは、手際良く掃除を始めた。
その様は楽しそうで、本当に掃除が好きなんだと思わされる。
ナミルはホッとしていたが、サーシャはまだ肝心なことを聞けていない。
「それでナミルちゃん、体は平気なの? 見たところ、まだ辛そうだけど……」
「うーん、さっきよりはマシかもッス。 まだ怠いッスけど、今日1日休めば大丈夫ッスよ」
「それなら良いんだけど……絶対に無理しないでね?」
「あはは、サーシャさんは心配性ッスね。 了解ッス」
ナミルの様子を見たサーシャは、安心半分、不安半分。
確かに会った当初よりは快復しているが、全快にはほど遠い。
だが、その思いには目を瞑り、にこやかに笑って告げた。
「じゃあ、何か食べ易い物を作るわね」
「それは嬉しいんスけど……ろくな食材は残ってないと思うッス」
「大丈夫よ、今日はわたしがご馳走するから」
「え、良いんスか……?」
「当然よ。 とにかく、ナミルちゃんはゆっくりしてなさい」
「……いつも有難うッス」
そう言ったナミルは安心したのか、穏やかな寝息を立て始めた。
それを見たソフィアは微笑を浮かべて布団を掛け直し、調理中のサーシャの元に向かったが――
「あ、ソフィア姫は立ち入り禁止です。 ナミルちゃんに、トドメを刺したくないので」
「……わかりました」
あまりと言えばあんまりな言い方だが、自分の実力を把握しているソフィアは、ムスッとしつつも従った。
すると、勝手に椅子に座って自前の紅茶を嗜んでいたルナから、追撃が掛けられる。
「痴女姫の料理を食べるくらいなら、その辺の雑草をサラダと言われて高額料金を請求される方がマシね」
「……そこまで言いますか」
「あら、これでも優しく言ってあげたつもりだけれど?」
「むぅ……」
ルナの辛辣な言葉を受けて、一層ソフィアは不満そうにしたが、言い返すことはない。
ちなみにこのとき、アリアは同意するようにうんうんと、小さく首を縦に振っていた。
それからアリアの掃除が終わり、サーシャの料理が完成する頃にナミルが目を覚ます。
「んぅ……あれ、あたし寝ちゃってたんスか……?」
「えぇ、良く寝ていましたよ」
「ご、ごめんなさいッス、ソフィア姫。 お客さんを放ったらかしにして……」
「気にしないで下さい。 むしろ、休んでくれて良かったです」
「それなら良いんスけど……」
「はいはい、ナミルちゃんは元気になることだけを考えれば良いの。 ほら、簡単な雑炊を作ったから、温かいうちに食べて?」
「う~……わかったッス。 皆さん、有難うございまッス」
そう言ってナミルは、少し目尻に涙を溜めながら雑炊を食べ始めた。
顔を見合わせたソフィアとアリア、サーシャは苦笑をこぼしたが、ルナは相変わらずの無関心。
それでも場の雰囲気は悪くなく、暖かい空間が広がっている。
その後、食事を終えたナミルと軽い雑談を交わしたソフィアたちは、頃合いを見計らって家を出た。
ナミルは最後まで笑顔で手を振っており、随分と元気になったように感じる。
ホッとしたソフィアたちは、自分たちの方こそ元気をもらった気になりながら、宿に向かった。
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