第17話

 僕たちがミナーレ渓谷の終わりに差し掛かったのは、夕方頃。

 余裕はないが、このまま行けば今日中に突破可能。

 ところが、すんなりとは行かなかった。

 近くにモンスターの反応はないが、敵は何もモンスターとは限らない。

 沈み行く太陽を背に、隠れることもなく並んだフーデッドローブの集団。

 大陸を渡ったことでいつかは来ると思っていたが、予想よりも早かったな。

 謎があるとすれば、どうして僕たちの居場所がわかったかだが――


「だ、誰よ、この人たち……?」

「魔蝕教です、サーシャさん。 わたしの傍を離れないで下さい」

「わ、わかりました、ソフィア姫」


 不安そうに姫様の後ろに隠れる、サーシャ姉さん。

 一瞬彼女が内通者かと思ったが、その線は薄く感じる。

 その思いはルナも同じらしく、目を向けると小さく首を横に振った。

 となると考えられるのは……魔族。

 直接教えたのがヘリウスかどうかはわからないが、魔族と魔蝕教が協力していることは、ヴァルから聞いている。

 迷いの森でも見られていたようだし、今後も魔族には動向を知られると考えた方が良いかもしれない。

 内心で考えを纏めた僕が双剣を生成すると、アリアも躊躇なく装備を整えた。

 流石に魔蝕教を前に、手加減だ何だとは言っていられないだろう。

 リルムも真剣な面持ちになっており、姫様も険しい表情をしている。

 やや入れ込み過ぎにも感じるが、ミゲル戦のことを思い出しているのかもしれない。

 すると1歩前に出た姫様が、長槍と大盾を構えたまま口を開いた。


「貴方たちの目的を教えて下さい」


 姫様の言葉を聞いた僕は、疑問を抱いた。

 魔蝕教の目的など、彼女を殺して魔王を世界の支配者にすることだと、とっくにわかっているはず。

 だが、姫様の問い掛けはその先を見ていた。


「ミゲルに言われました。 お前たちは何も知らない、人間が正義だと信じて疑わないのは愚かだと。 その意味を教えてもらえませんか?」


 これは初耳だ。

 ルナは勿論、リルムとアリアも同様らしく、驚いた顔をしている。

 しかし、姫様はそれらの反応に頓着せず、相手を見据えていた。

 対する魔蝕教は――


「知る必要はない」


 一言だけ告げて、問答無用で攻撃に移った。

 全員が怨念めいた神力を纏っており、相当練度が高い。

 はっきり言って、選別審査大会に出ていた『獣王の爪』など、問題にならないだろう。

 連携の質だけで言えばこちらよりも上で、互いが互いを絶妙にカバーしていた。

 もっとも――


「ふッ……!」

「やぁッ……!」

「【水針珠】!」

「【戯れましょう】」


 個人戦力の差は歴然。

 手近な1人に向かって、双剣を交差させるように繰り出す僕。

 フーデッドローブの頭頂部から、一刀両断にするアリア。

 水の針を連射させ、体中に風穴を空けたリルム。

 生み出した使い魔によって、次々と毒を付与して行くルナ。

 特に興味深かったのはルナで、あのスキルの毒の強さを始めて知った。

 一瞬で死に至らしめるほどではなさそうだが、いずれ息絶えそうには見える。

 少なくとも、すぐさま行動不能になるほど強力。

 やはり、戦ったときに無理しなくて良かった。

 そんなことを思いつつ敵の数を減らしていたが、魔蝕教たちも黙ってはいない。

 相変わらずの自爆特攻で、前衛の『剣技士』や『格闘士』が肉の壁となっている間に、10人の『攻魔士』たちが詠唱を完了した。


「死ね、『輝光』!」


 『攻魔士』の女性が大声で叫んだ瞬間、川の水が巨大な蛇のようにうねり、姫様を圧し潰そうと上から落ちる。

 それを見た姫様は焦らず大盾で受け止めようとしたが、その必要はない。


「ふん! 10人掛かりでその程度? 舐めないでよね!」


 水の蛇に右手を向けたリルムが、強大な魔力を生み出し――奔流。

 膨大な量の水による砲撃で、呆気なく吹き飛ばした。

 今のは……水の初級魔法、【水砲ウォーター・カノン】か?

 それにしては威力が高過ぎるものの、リルムなら納得だとも言える。

 切り札を一蹴された魔蝕教たちから動揺した気配が漂って来たが、リルムの言う通り僕たちを侮り過ぎだ。

 その後もこちらの優位は揺るがず、アリアなどは血に塗れながら敵を斬殺し続けている。

 数が減るにつれて連携の取りようもなくなり、魔蝕教たちは最早壊滅状態。

 そうして、何の被害もなく決着が付くかに思われた、そのとき――山の中から放たれた、1本の矢。

 狙いは、サーシャ姉さんを守っていた姫様。

 強力な魔法を発動する為に、命を捨てた前衛の魔蝕教。

 だが、その魔法すら囮だったらしい。

 正面で派手に神力を使うことで、山の中に潜んだ者の隠れ蓑になったのだろう。

 まさに全員が一丸となって姫様を亡き者にしようとしたが、僕はその気配を掴んでいた。

 それゆえに、余裕を持って防ごうとしたのだが、ここで予想外のことが起こる。


「ソフィア様!」


 ギリギリで察知したアリアが、姫様を突き飛ばした。

 矢は外れたものの反動でアリアの体が傾き、足場も悪かったのか川に投げ出される。

 それを見た姫様たちが悲鳴を上げそうになり――


「シオンくん!?」


 サーシャ姉さんの声を背に飛び込んだ僕は、空中でアリアを抱き抱え――冷たい水に飲み込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る