第12話

 時は早朝、シオンたちがグレイセスを出た直後まで遡る。

 突然だが、聖王国グレイセスは治安の良い国だ。

 それでも犯罪が起きることはある為、危険が全くないとは言えないだろう。

 特に聖痕者同士のトラブルは厄介で、下手をすれば大規模な被害が出かねない。

 それゆえ、聖痕者を取り押さえるマニュアルは徹底しており、神力を無効化する魔道具の開発も進んでいた。

 これに関しては、リルムの貢献も大きい。

 もっとも、彼女は自分の興味に従ったのみで、治安を守ることはどうでも良かったのだが。

 そして捕らえられた者は、王城の敷地内にある地下牢に拘束される。

 このとき、聖痕者と一般人は別の場所に隔離され、聖痕者の方はかなり厳重に監視されるのだ。

 それにもかかわらず――


「ぐ……!?」

「が……!?」


 まだ太陽が昇り始めたばかりで薄暗い中、牢の番人が地面に倒れる。

 念の為に言っておくと、彼らは決して弱くない。

 むしろ、重要な場所を任されるだけあって、王国軍でも強い方だ。

 しかし、襲撃者にとってはいないも同然の存在。

 気絶した番人から鍵を拝借した襲撃者は、音を立てずに扉を開けて、地下牢への階段を下りて行く。

 点々と灯った燭台の火によって足元は確認出来るが、本当に最低限。

 そうして階段を下り切った先には多数の牢が並べられており、犯罪者が閉じ込められている。

 その中には『獣王の爪』の姿もあった。

 いつもより早い時間に起こされた犯罪者たちは不審そうにしていたが、襲撃者の姿を見て目を見開き――


「少し眠って頂戴」


 問答無用で意識を沈められる。

 発せられた声は少女のものだったが、どこか艶やかさを感じさせた。

 石の床にバタバタと倒れる犯罪者たちに目もくれず、襲撃者は1番奥の牢に歩み寄る。

 そこにいたのはグレイセス側にとって、最も重要な罪人だ。


「ごきげんよう、ミゲルさん。 元気そうで何よりだわ」

「……そう見えるのなら、貴様の目は節穴だな」

「ほら、この状況でそんなことが言えるのだもの。 充分元気よ」

「減らず口を……」


 ソフィアの殺害を企てた魔蝕教の一員、ミゲル。

 傷口は治療済みだが、シオンに斬り飛ばされた右腕はそのままで、明らかに消耗している。

 だが、瞳の奥に宿る怨念めいた光は健在だ。

 そのことを確かめた襲撃者は蠱惑的な笑みを浮かべ、楽しそうに告げる。


「取り敢えず、ここを出ましょうか」

「わたしを助けると言うのか? 殺し屋である貴様が?」

「仕方ないでしょう? 依頼主の貴方がこのままだと、報酬がもらえないじゃない」

「笑わせるな。 貴様が報酬を重視していないことは有名だ。 他に何か狙いがあるのだろう、ルナ?」

「あら、お見通しって訳ね。 そうねぇ……端的に言えば、お姫様の始末は自分たちでやって欲しいの」

「何だと? それでは、依頼した意味がないではないか」

「そうかしら? この条件を飲んでくれるなら、シオン=ホワイトはわたしが殺してあげるわよ?」

「……そう言うことか」


 襲撃者ことルナの要求を聞いたミゲルは、懊悩した。

 彼は『獣王の爪』による暗殺が失敗したときの為に、殺し屋であるルナにも依頼していたのだが、こちらは本当にサブプラン。

 何せ彼女は最凶の殺し屋と謳われながら、依頼を遂行するかどうかは気分次第と言う、全く信用出来ない相手だからだ。

 それでも実力は確かなので、ミゲルはチャンスに感じている。

 ソフィアを自力で殺すのは難しいが、ルナが本当に全力でシオンを抑えてくれるなら、可能性があるかもしれない。

 そう考えたミゲルは1つ頷き、答えを出した。


「良いだろう。 シオン=ホワイトは、貴様に任せる」

「交渉成立ね。 これで誰にも邪魔されずに、彼と殺し合えるわ。 うふふ、楽しみ」

「気色の悪い奴め……。 ご機嫌なところ悪いが、居場所はわかっているのか?」

「心配いらないわ、わたしの『目』を付けているから。 シオン=ホワイトの警戒が強過ぎて近くには寄れないけれど、見失わないようには出来るはずよ」

「良し。 では行くぞ、早く出せ。 まずは、同胞たちを集めなければならない」

「もう、それが人にものを頼む態度? でも、時間もないし急がないとね」


 その後、ルナとミゲルは牢を脱出し、シオンたちを追い掛けた。

 あとには意識を失った番人と犯罪者たちが残され、王国側が異変に気付いたのは、かなり経ってからだった。

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