第13話

 ランサー・ビーとの戦闘を皮切りに、僕たちは頻繁にモンスターと遭遇した。

 やはり王国から離れるほど、危険度は高まって行く。

 しかし、問題があったかと言うと、そんなことはない。

 むしろ経験を積むごとに、パーティとしての練度は上がって行った。

 勿論、まだまだ高度な連携は取れないが、最低限カバーし合える程度にはなっている。

 姫様とリルムが、戦闘中はしっかり協力していることで、僕の心配の種は1つ消えた。

 とは言え、今のところ姫様とアリアはスキルを使っていない為、真の実力はわからず仕舞いだが。

 何はともあれ、順調に草原を踏破した僕たちは、昼頃に森の入口に到着した。

 ここは通称、迷いの森と呼ばれる危険地帯で、地元の人も普通は近寄らないらしい。

 木々の背が高く日光を遮っているせいで、外から見ても中は真っ暗だ。

 当然と言うべきか、整地などされていないだろうから、足元が悪いことも予想される。

 だからこそ、魔蝕教を振り切るのに都合が良いと言う判断だが……決して気を抜くことは出来ない。

 場合によっては、僕たちにとって不利になる可能性も、充分にあるからな。

 そう考えると、ここはもう1度気を引き締め直す場面――のはずだが――


「アリア、ランチボックスはそちらに置いてくれるかしら?」

「は、はい。 あ、紅茶を淹れる準備は出来ているので、いつでも仰って下さい」

「えぇ、有難う。 アリアは本当に気が利くわね」

「そ、そんな、勿体ないお言葉です……」


 何やら和気藹々と、昼食の準備をしている姫様とアリア。

 更には――


「ここがこうなってるってことは、こっちは……うーん、何か違うわね。 もう1度、本体を調べた方が良いかしら?」


 暇さえあれば、魔箱を弄るリルム。

 いや、確かに常に気を張り続けるのもどうかと思うが、吞気過ぎないか?

 それでも苦言を呈さないのは、彼女たちが楽しそうだからと言うだけではなく、きちんと周囲への警戒を怠っていないからだ。

 ついでに言うと、今の僕たちは認識阻害の魔道具――これもリルム作だ――によって、外からは見えていないらしい。

 この魔道具の効果範囲は狭いものの、直接触れられない限り、ほぼ完全に隠れることが可能。

 そのことを思えば、多少はランチタイムを満喫しても良いかもしれない。

 自分で自分に言い聞かせた僕は、アリアが敷いてくれたレジャーシートの上に座った。

 それなりに大きめで、4人が座っても充分な広さがある。

 真ん中にはランチボックスが置かれ、肉や野菜、フルーツなど、様々な具を挟んだサンドイッチが詰められていた。

 どれも美味しそうで、急激に空腹を意識させられる。

 そんな僕の気持ちに気付いたのか、苦笑を浮かべた姫様が合図を出そうとしたが――


「それでは、食べましょうか。 頂き……」

「あ、タマゴサンドもあるじゃない。 もーらい」

「……リルムさん、行儀が悪いですよ?」

「ふぃーふゃふゃい、ふぇふゅふぃ」

「食べながら話さないで下さい」

「……ごくん。 いーじゃない、別に。 こんなにあるんだし」

「量の問題ではなく、行儀の問題です。 作ってくれた人にも失礼でしょう?」

「もう、うるさいわね。 わかったから、早く食べましょうよ」

「この人は、本当に……」


 あからさまに面倒臭そうなリルムと、額に手を当てて嘆く姫様。

 この2人が通じ合うことは、この先あるんだろうか。

 しかし、ここで口論にならなかったのは成長だと言える……かもしれない。

 無理やり前向きになった僕は、姫様に呼び掛けた。


「姫様、僕たちも食べましょう」

「……そうですね。 では、頂きます」

「頂きます」

「い、頂きます」


 姫様の言葉に、僕とアリアが追随する。

 リルムは何も言わなかったが、一応それを聞いてから食事を再開した。

 そんな彼女に姫様は嘆息しつつ、淑やかな挙措でサンドイッチを手に取り、口に運ぶ。

 たったそれだけのことでも絵になるのだから、この人は本当に美しい。

 その美貌が台無しになることも、度々あるのだが。

 僅かばかり残念な思いを抱いていると、こちらの様子を窺う視線に気付いた。

 顔を向けるとアリアと視線が合ったが、慌てて逸らされてしまう。

 どうやら、僕がサンドイッチを食べるのを待っているらしい。

 気を遣わなくても、先に食べて良いのにな。

 しかし、アリアがそう言う性格だと言うことはわかって来たので、ランチボックスに手を伸ばす。

 一瞬どれにするか迷ったが、ここはオーソドックスなハムレタスサンドにしよう。

 ちなみに、オーソドックスと言うのは知識として知っているだけで、食べたことはない。

 それゆえに若干緊張しながら、ハムレタスサンドをかじった僕は――


「美味しい……」


 心の底から感激した。

 外の世界に出てから様々な物を食べ、そのどれもが美味しかったが、これは格別だ。

 思わず勢い良く食べそうになったところを、なんとか自制してゆっくり味わう。

 2口目も美味しい。

 旅が始まってから……いや、始まる前から不安なことだらけだったが、食事に関しては安心出来そうだな。

 サンドイッチとともに幸せも噛み締めた僕は、別の物に手を付けようとして――ランチボックスを取り上げられた。

 何が起きたかはわかっているものの、何故そうなったかはわからない。

 中途半端な体勢で止まった僕が、顔を上に向けて問い掛けようとすると、その前にリルムが文句を口にした。


「ちょっと、何すんのよ性悪姫。 食べれないじゃない」

「……」


 リルムの苦情に対して、姫様は無言を貫いた。

 だが、その顔は感情を雄弁に物語っており、明らかに怒っている。

 理由はわからない。

 どうしたものか悩んだ僕は例によってアリアを見たが、今回も恥ずかしそうに俯いていた。

 これは、当てにならないな……。

 我慢出来なくなったリルムは、続きの言葉を発しようとしたが、寸前で姫様が声を落とす。


「随分と嬉しそうですね、シオンさん?」

「そうですね、とても美味しかったので」

「そんなに美味しかったですか?」

「はい、今まで食べた中で最高です」

「そうですか。 ……良かったわね、アリア」

「え!? えぇと……その……あ、有難うございます……」


 姫様に冷たい目で見つめられたアリアが、小さくなりながら礼を言った。

 2人の間で何があったのか知らないが、それよりも気になることがある。


「このサンドイッチ、アリアが作ったのか?」

「あ……は、はい、そうです……」

「凄いな、僕にはとても真似出来そうにない。 アリアは料理が得意なんだな」

「そ、そんな、大したことないですよ」

「謙遜しなくて良い。 これほど美味しいご飯が食べられるなら、キミと結婚する人は幸せ者だ」

「ちょ……!? シ、シオン様、それ以上は……」

「そうよね~。 やっぱり結婚するなら、料理が上手い人が良いわよね~。 メイドちゃん、あんた良いお嫁さんになるわよ!」

「リルム様まで……!? や、やめて下さ……」

「アリア」

「ひゃい、ソフィア様!?」

「時間があるときに、ゆっくりお話しましょうか」

「か……かしこまりました……」


 目の前で交わされる、謎の約束。

 姫様の口元は弧を描いているが、目は恐ろしいまでに冷たい。

 一方のアリアは怯え、ブルブル震えている。

 リルムがニヤニヤしていることに関しては、敢えて触れなかった。

 全くもってこの少女たちは、僕の理解を超えている。

 どうにかして齟齬を埋めたいが、ひとまず今はご飯だ。


「姫様、食べても良いですか?」

「……1つ、お願いがあります」

「何でしょう?」

「今度、わたしの料理も食べて下さい」

「そのくらいでしたら、喜んで」

「絶対ですよ?」

「はい」


 僕の返事を受けて、やっと姫様はランチボックスを下ろした。

 彼女は眩いばかりの笑みを浮かべているが……何故かアリアは顔面蒼白とさせて、首を横にブンブン振っている。

 いったい、どうしたんだろうか?

 疑問に思わないと言えば嘘になるが、正直なところ食欲が勝っている。

 アリアの反応には気付かぬふりをして、黙々とサンドイッチを食べ続けた。

 やはり、どれを食べても美味しい。

 独占する訳には行かないが、食べようと思えば全部食べられるだろう。

 そうして、これ以上ないほどの満足感を得た僕は、この休憩時間を利用して、以前からの疑問を解消することにした。


「姫様」

「はい、何ですか?」

「『輝光』と魔王に関して、質問があります」

「『輝光』と魔王ですか……。 わかりました。 答えられるとは限りませんけど、何でも聞いて下さい」

「有難うございます」


 僕の言葉を聞いた姫様が、休憩モードを解いて居住まいを正す。

 たまに様子がおかしくなることはあるものの、やはり彼女の根本は真面目な少女……だと信じたい。

 内心で自分を励ました僕は、用意していた問を投げた。


「魔王は確か、100年に1度復活するんですよね?」

「そうですね」

「そして、グレイセスの姫である『輝光』が、毎回討伐して来た……で合っていますか?」

「えぇ、合っています」

「その周期にズレが生じたことはあるんですか?」

「少なくとも、記録上ではありません」

「なるほど……。 わかりました、有難うございます」


 姫様からすれば今更な質問にも、しっかりと答えてくれた。

 こう言うところは、本当に優しくて親切だと思う。

 それはそうと……100年周期で復活する魔王か。

 そして、それを討伐する『輝光』。

 まさに物語に出て来る、勇者と魔王のような関係だな。

 しかし、どうして100年周期なんだろう。

 僕が無言で考えを巡らせているのを、姫様とアリアは不思議そうに眺めていたが、リルムは黙っていなかった。


「何か引っ掛かるの?」

「引っ掛かると言うほどじゃないが、決まって100年で復活するのは何故かと思ってな」

「あー、それね。 確かなことはわかってないけど、復活する為の力を溜めるのに掛かる時間が、ちょうど100年なんじゃないかって言われてるわ」

「……なるほどな」

「納得出来ないかしら?」

「本音を言えば、いまいちしっくり来ない」

「やっぱり? あたしもこの説は、怪しいと思ってるのよね。 でも、検証しようにも材料がないし、今は考えてもしょうがなくない?」

「そうだな……。 すまない、余計なことを言った」

「ううん。 そうやって、気になることをそのままにしないで、知ろうとするところも好きよ」

「有難う」

「まったく……相変わらず素っ気ない反応ね。 ま、とにかく、そのことは頭の片隅にでも置いておきなさい」

「あぁ、そうする。 では姫様、そろそろ出発しましょう」

「……」

「姫様?」

「何でもありません。 アリア、行くわよ」

「は、はい……」


 どことなく不機嫌そうに立ち上がった姫様と、委縮した様子のアリア。

 何かあったのか?

 リルムに助けを求めたが、彼女は口を押さえて笑いを堪えている。

 こちらも意味不明だな。

 八方塞がりになった僕が、小首を傾げながら荷物を整理していると、姫様が遠話石を取り出す。

 誰かから通信があったようで、こちらに視線で断りを入れてから話し始めた。


「お父様、どうかされましたか? はい、こちらは問題ありません。 ……え? はい……はい……わかりました、注意しておきます。 連絡有難うございました、失礼します」


 相手は国王様だったようだが、どうも様子が変だ。

 僕とアリア、リルムが顔を見合わせていると、姫様が少し深刻な表情で口を開いた。


「ミゲルが脱走したそうです。 恐らく……いえ、間違いなく、わたしたちを追って来るでしょう」

「なるほど……。 今のところ、それらしい気配はありませんが、警戒しておきましょう」

「そうですね、シオンさん。 アリアとリルムさんも、よろしくお願いします」

「か、かしこまりました」

「はぁ、面倒なことになったわね」


 ミゲル1人なら何とでもなるが、奴が魔蝕教として徒党を組むなら、その限りじゃない。

 胸中で気を引き締めた僕は、迷いの森へと足を踏み入れた。

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