第3話

 あれから約2週間後、僕たちは無事にグレイセスの門を潜った。

 道中モンスターに襲われるかと思っていたが、ウェルムさんが安全なルートを選んでくれたので、その心配はいらなかった。

 その代わり、ニーナとずっと話していたのは少し大変だったかもしれない。

 疎ましい訳ではなく、単純にエレン以外の人とコミュニケーションを取るのに慣れていないだけだ。

 付け加えるなら、元気過ぎる。

 馬車から降りた僕は、ウェルムさんと協力して荷物を下ろした。

 それなりに量が多く重いが、どうと言うこともない。

 その後、ウェルムさんは馬車を所定の場所に停めに行き、僕とニーナが残される。

 暇を持て余したので、改めて周囲を眺めてみた。

 外壁は高く堅固で、容易に崩すことは出来ないだろう。

 門は東西に1つずつあり、毎日多くの人々が出入りしているらしい。

 今も数え切れない人が、通りを行き交っている。

 街並みは美しく、石畳が整然と敷き詰められていることからも、なんとなく厳格な印象を受けた。

 ニーナに見せてもらった地図によると、この国は大陸の真ん中に位置するのだが、更にその中心には王城が建っている。

 煌びやかな装飾などはないものの、全体的な造形美は素晴らしい。

 大通りには多くの屋台が出ており、活発な声が聞こえて来た。

 あまりにも人が多いことと、熱気の凄まじさに圧倒されていると、ニーナも目をパチクリさせて口を開いた。


「うわぁ……。 凄い人の数だね」

「いつもは違うのか?」

「うん。 多いのは多いけど、ここまでじゃないよ。 屋台の数も、倍以上はあるかなぁ」

「なるほど。 やはり、選別審査大会の影響か」

「たぶんね。 見たことない人がたくさんいるし」


 僕には誰が元々の国民で、誰が外から来たのかはわからないが、選別審査大会に出そうな人ならわかる。

 何故なら、神力を感じるからだ。

 特に僕は神力に対する感覚が鋭敏らしく、詳細な位置や、ある程度の実力も把握出来る。

 その感覚を信じるなら……今のところ、相手になりそうな使い手は見当たらないな。

 もっとも、僕の知覚外にいる参加者もいるだろうし、実力を隠している者もいるかもしれない。

 そのことを考えれば、間違っても油断する訳には行かないだろう。

 そうして、まだ見ぬ強敵に思いを馳せていると、ニーナが不安げな面持ちでこちらを見上げていた。

 何を考えているかわからず不思議に思ったので、単刀直入に尋ねてみる。


「どうかしたのか?」

「その……シオンお姉ちゃん、選別審査大会に出るんだよね?」

「そうだな」

「大丈夫……?」

「何がだ?」

「だって、凄く強そうな人がいっぱいいるんだもん。 怪我しないかなって……」


 気持ちを口に出して更に不安になったのか、僕の服の袖をキュッと掴むニーナ。

 選別審査大会が、どのような形で行われるのか知らないが、危険を伴う可能性は大いにある。

 それゆえ、ニーナの心配は的外れではない。

 だが、それでも、敢えて断言しよう。


「大丈夫だ、僕より強い聖痕者はいない」

「本当……?」

「あぁ。 信じられないか?」

「う、ううん、シオンお姉ちゃんのことは信じてるよ!」

「それなら、安心してくれ。 ニーナには笑っていて欲しいからな」

「……! うん! シオンお姉ちゃん、大好き!」


 一転して華やかな笑みを咲かせたニーナが、胸に飛び込んで来た。

 周囲の人たちは微笑ましそうにしているが、少しばかり気恥ずかしいな。

 だからと言って強引に引き剥がすことも出来ず、微妙にいたたまれなくなっていると、良いところにウェルムさんが帰って来た。


「お待たせ、2人とも。 ……って、どうかしたのかい?」

「いえ、何でもありません。 ニーナ、そろそろ離れてくれないか?」

「えー、もうちょっとだけー」

「駄目だ。 家に荷物を運ばないといけないんだろう?」

「むぅ、わかったよ」

「良い子だ」


 最後に頭を撫でられたニーナは、幸せそうに目を細めていた。

 対するウェルムさんは苦笑していたが、仕切り直すように声を発する。


「シオンちゃん、手伝ってもらってすまないね。 本当は、女の子に重い物を持たせるのは忍びないんだけど……」

「お世話になったんですから、これくらいは当然です。 あと、僕は男です」

「ははは、そうだったね。 じゃあ、行こうか」

「……はい」


 2週間と言う期間を経て尚、この親子は僕を少女扱いする。

 チャンスがあれば訂正するのだが、今のように冗談としか思われない。

 嘆息した僕は荷物を担ぎ上げ、2人のあとに続いた。

 人が多いので見失わないように気を付けながら、大通りを進む。

 初めて見るものも多く興味が湧いたが、ひとまずその想いに蓋をした。

 すると、やがて見えて来たのは1軒の店。

 さほど大きくはないがレンガ造りの建物で、しっかりとしている。

 看板を見る限り、薬屋のようだ。

 そんなことを思っていると、入口の鍵を開けたウェルムさんが中に招き入れてくれた。

 旅から帰って来たばかりなのだから当然だが、少し埃が溜まっているものの、整理はされており明るい雰囲気を感じる。

 ちょっとした病気に効く薬から、聖痕者用の高価な回復薬なども陳列され、幅広い層に向けた品揃えだ。

 胸中で感心しながら、ウェルムさんの指示に従って荷物を置いた僕は、奥の部屋のソファーを勧められた。


「運んでくれて有難う。 飲み物を買って来るから、ゆっくりしててね」

「お父さん、わたしジュースが良い!」

「わかった、わかった。 シオンちゃんはどうする?」

「では……ミルクがあれば、ミルクをお願いします」

「了解だよ。 じゃあ、少し待っててくれ」


 そう言って部屋を出るウェルムさん。

 買い出しに行かせるのは申し訳なかったが、断ったところで無駄だと判断した。

 ちなみに僕がミルクを頼んだのは、少しでも身長を伸ばしたいからだ。

 エレンに言わせれば「そのままで良いの!」らしいが、戦闘のことを考えれば、もう少しリーチが欲しい。

 ニーナは当然のように隣に座り、鼻歌を歌っている。

 あまりにも無邪気な姿に苦笑しながら部屋を見渡すと、写真立てが飾られていた。

 ニーナとウェルムさんと、1人の女性。

 恐らく母親だろうと思いながら、何ともなしに聞いてみた。


「ニーナ、あの女性はキミのお母さんか?」

「え? あ、うん、そうだよ。 もういないけどね」

「いない?」

「うん。 病気で去年、天国に行っちゃったの」

「……すまない」

「あはは、大丈夫だよ。 わたしには、お父さんがいるからね。 それに、いつまでも泣いてたら、お母さんを心配させちゃうもん」

「……強いな、ニーナは」

「そうかな?」

「あぁ。 僕よりも、よほど強い」

「シオンお姉ちゃんより? それはないよー」


 ケタケタと笑うニーナを前に、僕は表情を取り繕うので精一杯だった。

 エレンを失ったことを、僕はまだ引きずっている。

 だが、これほど幼い子どもが母親の死を受け入れているのに、いつまでもそれではいけないな。

 1つ深呼吸した僕はニーナの頭を優しく撫でて、宣言する。


「僕も頑張る」

「シオンお姉ちゃん?」

「気にしなくて良い、ただの独り言だ」

「ふーん? 良くわかんないけど、わかった!」


 心底楽しそうに笑いながら、ニーナが抱き着いて来た。

 小さな体を受け止めた僕は、エレンの顔を思い浮かべる。

 決して忘れはしないが、囚われもしない。

 それで良いだろう、エレン?

 答えが返って来るはずがないと知りながら、僕は問い掛けた。

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