第2話

 快晴の空の下、目指すは南の街道。

 見通しの良い平原なので奇襲を受ける心配はないが、モンスターが出現する可能性は充分にあるだろう。

 そう考えた僕は、チラリと右手を見やった。

 聖痕。

 才能ある子どもが10歳になったとき、女神へリアから与えられる。

 もっとも、通常は姫様と違って、実際に女神ヘリアと話せる訳ではない。

 気付かぬうちに体のどこかに宿り、それによって強大な力である神力マハトを扱えるようになるのだ。

 聖痕を与えられた者を総称して聖痕者と呼ぶが、階位クラスによって細かく分類される。

 階位は聖痕を与えられたときに自動で決まり、形を見ることで判別可能。

 たとえば、僕の右手には剣の聖痕が刻まれており、これは『剣技士フェンサー』である証左。

 他には『弓術士アーチャー』、『格闘士ファイター』、『攻魔士ソーサラー』、『治癒士ヒーラー』、『付与士エンチャンター』がある。

 それぞれ特徴を持つが……今は良いだろう。

 当然ながら、同じ階位でも才能や訓練次第で、実力は十人十色。

 また、神力は聖痕者にしか使えないが、魔力マナは全ての人が持っているので、簡単な魔法なら誰でも使える。

 ただし、魔力は神力に比べて圧倒的に弱い為、戦闘用ではなく生活を助ける為に利用されることが多い。

 唯一、魔族は神力を持たない代わりに、凄まじい魔力を誇っているようだ。

 使えるのは地水火風の4属性で、それぞれの精霊に働き掛けることによって力を借りる。

 とは言え、精霊の存在は漠然と感じられるだけで、意思疎通などは出来ないが。

 それらとは別に無属性魔法も存在し、『付与士』の補助魔法などがそれに該当する。

 話が逸れたな。

 要するに戦闘面においては、聖痕者と一般人の間に大きな隔たりがある。

 だからこそ姫様は、選別審査大会の参加資格に聖痕者を指定したのだろう。

 差別のように感じる人もいるかもしれないが、今回に限っては区別だと言える。

 魔王討伐の旅に同行するのだから、戦闘力が基準になるのは必然。

 他の聖痕者の実力を知らないので何とも言い難いが、旅に同行させてもらえるように頑張ろう。

 すると、気を引き締め直した僕の耳に――


「きゃぁぁぁぁぁッ!!!」


 遠くから、少女の悲鳴が届く。

 瞬間、考えるより先に駆け出した。

 光浄の大陸は最も女神へリアの加護が強いお陰で、モンスターの数も質も他の大陸に比べて劣っている。

 だとしても一般人からすれば脅威だし、襲われて命を落とす者も少なからずいるらしい。

 エレンから学んだ知識を思い出しつつ、足を動かし続けた。

 常人ではあり得ない速度で、これはどの階位でも使える【身体強化フォース】と言う技術の恩恵。

 言葉通り、神力によって身体能力を向上させるが、基本がゆえに使用者の力量が如実に表れる技術だ。

 更に疾走を続けながら、右手に神力を集中させる。

 これまで幾度となく繰り返して来た、戦いの準備。

 凝縮した神力が刹那の間に形を成し、一振りの剣となった。

 曇りなき真っ白な細身の直剣で、長さは長剣と短剣の間くらい。

 一見すると頼りないが、見る者が見ればそこに込められた神力の強さに気付くはずだ。

 このように、神力で剣を生成するのが『剣技士』の基本性能だが、本来は盾も作り出すことが出来る。

 しかし、僕は少し事情が違う。

 それに関しては、横に置いておくとして――


「い、嫌……来ないで……」


 今は目の前のことに対処しなくてはならない。

 肩口より少し長い、栗色髪の幼い少女。

 手には籠を抱えており、どうやら薬草を採集していたようだ。

 そして、そんな彼女を取り囲むのは――


「グルルルルル……」


 体毛が緑の狼型モンスター、グリーン・ウルフが3体。

 はっきり言って、僕からすれば取るに足らない相手だ。

 それでも、何の力も持たない少女にとっては、恐怖の象徴となってもおかしくない。

 そんな少女に容赦することなく、グリーン・ウルフたちは距離を詰め、一斉に襲い掛かった。


「きゃあッ!」


 思わず少女は頭を抱えて蹲ったが、その必要はない。

 爪や牙が少女の肌に喰い込む前に、割って入って直剣を一閃。

 それだけで、全てのグリーン・ウルフが塵となり、あとには小さな魔石だけが残された。

 何が起こったかわかっていないのか、呆然とした少女を一旦放置して、魔石を回収する。

 強さに相応しく大した額にはならなさそうだが、少しは路銀の足しになるだろう。

 回収を終えた僕は直剣を虚空に消すと、少女の前にしゃがみ込み、目を合わせてゆっくりと口を開いた。


「大丈夫か?」

「え……? あ、うん……」

「それは良かった。 1人か?」

「う、ううん。 お父さんと一緒」

「そうか。 じゃあ、お父さんのところに帰ろう。 ここは危険だ」

「う、うん、わかった」

「良い子だ」


 そう言って少女の頭を撫でると、緊張が解けたようでホッとしている。

 そして勢い良く立ち上がったかと思えば、僕に対してピョコンと頭を下げた。


「助けてくれて有難う! お姉ちゃん、すっごく強いんだね!」


 ニコニコ笑う少女。

 放っておいても良いんだが、一応訂正しておこう。


「どういたしまして。 ただ、僕は男だ」

「え? うっそだー。 そんなに可愛い男の子がいる訳ないじゃない」

「そう言われてもな。 本当に男なんだから、そうとしか言えない」

「ふーん……えい!」


 不意を突いたつもりらしい少女が、僕の胸を揉む。

 だが、そこに脂肪の塊はない。

 驚いた少女が僕の顔と胸元を見比べているが、これでわかってもらえただろう。

 ところが――


「お姉ちゃん、ぺったんこなんだね……」

「何だって?」

「大丈夫だよ、わたしだってぺったんこだし。 でも! これからきっと大きくなるから、諦めちゃ駄目!」

「いや、キミはそうかもしれないが、僕は……」

「何も言わなくて良いよ。 そうだね、お姉ちゃんは男の子なんだよね。 そう言うことにしておこう」

「だから……」

「それより、名前を教えて欲しいな! わたしはニーナ! お姉ちゃんは?」

「……シオンだ」

「シオンお姉ちゃん! 名前も可愛いね! じゃあシオンお姉ちゃん、一緒にお父さんのところに行こう?」

「……わかった」


 どうやらこの子……ニーナには、僕の言葉が通じないらしい。

 いろいろ面倒になっていると、ニーナが僕の手を引いて歩き出す。

 その顔には満面の笑みが浮かんでおり、若干疲れた気分の僕も苦笑を禁じ得なかった。

 するとしばしして、前方から1人の男性が血相を変えて駆け寄って来た。

 それに気付いたニーナは破顔し、男性に向かって大きく手を振る。


「あ、お父さん!」

「ニーナ! どこに行ってたんだ!」

「えっと、薬草を集めようと思って……」

「この辺りは危ないから、離れたら駄目って言っただろう!?」

「うぅ、ごめんなさい……」


 叱られたニーナは俯き、涙ぐんでいる。

 そんな彼女を見た男性は溜息をついて、優しい声音で言葉を紡いだ。


「わかってくれたら良いんだ。 お父さんも、強く言い過ぎてごめんな」

「うぅん、大丈夫。 次からは気を付けるね」

「あぁ、そうしてくれ」


 泣き止んだニーナは笑みを見せ、男性は優しく頭を撫でる。

 心温まる光景ではあるが……次からは、か。

 今回はたまたま僕が通り掛かったら良かったものの、そうじゃなければ次はなかった。

 光浄の大陸の住人は危機感が足りないと聞いたことがあるが、本当かもしれない。

 とは言え無事に済んだのも事実なので、水を差すようなことは言わないでおこう。

 僕が内心で折り合いを付けていると、今更ながら男性がこちらに声を掛けて来た。


「えぇと、ところでキミは誰かな? 見たところ旅人のようだけど……」

「お父さん! シオンお姉ちゃんは、わたしを助けてくれたんだよ! すっごく強いの!」

「この子が? 本当かい?」

「えぇ、まぁ。 これでも聖痕者ですから。 間違いがあるとすれば、僕は男なのでお姉ちゃんではないです」

「もー、またそんなこと言って。 お父さん、シオンお姉ちゃんは胸がぺったんこだから、察してあげて?」

「あー……そう言うことかい。 大丈夫だよシオンちゃん。 キミほど可愛ければ、大きさなんて関係ないさ。 それより、ニーナを助けてくれて本当に有難う」

「……いえ、お気になさらず」


 駄目だ、この親子は。

 説明を諦めた僕は、適当に返事した。

 何はともあれ親子の合流を見届けた以上、長居は無用。


「それでは、僕は失礼します。 ニーナ、お父さんの言うことを良く聞くんだぞ」

「え!? シオンお姉ちゃん、もう行っちゃうの?」

「あぁ、少し急いでいるんだ」

「ふむ。 どこに向かっているんだい?」

「ひとまずは、ヤッツ村を目指しています。 最終的な目的地は、聖王国グレイセスです」

「それなら、僕らと一緒に行かないか? 実は、ちょうどグレイセスに戻るところなんだよ。 馬車もあるし、歩くよりは絶対速いよ」

「そうしようよ! わたし、もっとシオンお姉ちゃんと一緒にいたい!」

「そう言ってもらえるのは助かりますけど、良いんですか?」

「勿論さ、ニーナを助けてくれた恩人なんだからね」

「では……お言葉に甘えます」

「やったー! シオンお姉ちゃん、よろしくね!」

「うんうん、素直でよろしい。 あ、自己紹介がまだだったね。 僕はウェルム、改めてよろしくね」

「はい、ウェルムさん、よろしくお願いします。 ニーナも、よろしく頼む」

「えへへ~」


 ウェルムさんと握手を交わし、ニーナの頭を撫でる。

 予定とは違うが、断る理由もない。

 こうして僕はニーナたち親子とともに、グレイセスへ向かうのだった。

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