本当だよ

柴ちゃん

第1話

―キキーーッ!

電車の止まる音と共に大勢の悲鳴が聴こえる。

あぁ、もう終わるんだ。

遠退く意識の向こうでそんなことをかんがえている自分がいた。

もし生まれ変わることがあるのならもっと幸せになりたい。

毎日を笑って過ごせるような、平凡な日常がいい。

そんな下らないことを思って目を閉じた。


そんな俺が次に目を開けると、目の前には知らない天井があった。

どこだろう、天国…ではなさそうだな。

俺なんかがそんなところに行けるわけがない。

なんて馬鹿げたことを考えていたらひとりの女性が部屋に入ってきた。

「あっ、目が覚めたんですね! よかったぁ、このまま目が覚めなかったらどうしようかと…。 あっ! すぐに先生を呼んできます!」

なんとも元気のいいお姉さんはばたばたを走り去っていった。


白沢しらざわさん、失礼します」

ノックの音と共に入ってきた男性は、一礼をすると安堵の笑みを浮かべた。

「初めまして、担当医を務めさせていただきます、吉野よしのと申します。 白沢さんは電車で人身事故を起こしたとのことで病院に来たのですが、現状は理解されてますか?」

優しそうな声で話す先生の言葉で俺はハッとなる。

人身事故で病院に来た…?

ということは失敗したのか。

「はっ、ははっ、ははは」

現実を受け止めると同時に乾いた笑いが口から漏れる。

「大丈夫ですか? よければこれを使ってください」

先生の後ろからぴょこっとポニーテールを揺らしてさっきのお姉さんが出てくる。

その手に握られたハンカチを差し出されて気が付いた。

俺の頬を伝い落ちる涙の存在に。

「あっ、あれ…? とまらない…。 すみません、すぐにとめますので」

どんどんと溢れ出す涙を手で拭えば拭うほど溢れ出してくる。

どうにもならなくて、でも心は正直で…。

俺は年甲斐もなく泣き始めた。

限界で、でも我慢しないといけなくて…。

辛くて苦しくて、足掻いても足掻いてもどうにもならない。

そんな難易度の高い問いしかないこの世界はあまりにも残酷だった。

それに比例するかのように今までせき止めていた壁が崩れ落ち、溢れ出す涙は俺の限界を伝えていた。


思えばこの人生、ろくなことがなかったように思う。

虐待にいじめ、家庭崩壊に自殺未遂、大雑把にまとめただけでもこんなに問題がある。

俺が生きてきたのはたった17年、されど17年…、たくさんのことがあった。

もう楽しかったことは思い出せない。

それほど嫌なことが、辛かったことがいっぱいだったんだ。

一つ思い出しては消え、もう一つ思い出しては消え…、今までの出来事がを理性を凌駕する。

嫌だった、辛かった、そう思っては感情が少しずつ消えてきた過去。

楽しい、悲しい、怒りたい、笑いたいなんて感情はもう忘れてしまった。

唯一残ったのは"早く楽になりたい"だっんだ。

だから自殺しようとした。

でも怖くて、死にたいんじゃなくて消えたいんだって気付いたから出来なかった。

そう思っていた頃はよかったんだ。

思うだけでは満足できなくなって、俺はこっそりと自殺しようとした。

その時は失敗したから、今回こそはと思って線路に飛び降りたけど、やっぱりダメだった。

「あっ、うぁ、うわぁぁぁ! あぁぁ〜!」

俺は年甲斐もなく言葉にならない声をあげて泣いた。


泣き始めてからどのくらい経ったのだろう。

ふと泣き止んだ時には先生は居なくなっていた。

まあ、医者は忙しいし仕方がないだろう。

俺一人かと思った瞬間だった、視界の端に見覚えのある人影が映ったのは。

「まだ居てくれたんだ…」

そう、いたのは俺が目覚めたときに来てくれたお姉さん。

服装からして看護師だと思わしき彼女は疲れていたのか、俺のベッドの端で眠っていた。

僅かに笑みを浮かべている彼女をこのまま寝かせてあげたい気持ちもあるが、ここで寝られても困る。

何より彼女にだって業務があるだろう。

よし、ここは俺の優しさということで起こしてあげよう。

けっして彼女が邪魔というわけではない、それは断じて違うときっと誓おう。


「お姉さん、起きてください。 ……お姉さん」

何度か彼女の肩を叩いていると、「ふにゃっ」というなんとも間抜けな声をあげてまぶたを開いた。

「おはようございます」

俺は全体的に髪が長めなのでお姉さんからは目が見えていないだろう。

それでも口元は見えているはずなので、僅かに口角をあげてみた。

笑うのは久々なので上手く笑えているかはわからないが、これが俺の最大限の笑顔である。

「お、おはよう…ございます。 っ! も、もしかして私寝てました!? うそっ、今何時!? うわぁ、やらかした!」

起きてそうそう慌ただしいお姉さんを見ていると、どことなく笑いが込み上げてくる。

それでも実際に表情で笑うことはないが、今まで無だった心に小さな小さな光が灯った。

とってもちっぽけな誰もが見逃してしまうような小さな灯りでも、確かに感じた人の温もりであった。

「すみません、もう行きますね! あっ、白沢さんはゆっくりしててください!」

彼女は慌ただしそうに部屋を出ていく前に振り返った。

「またあとで夕食を持って伺いますね!」

彼女は明るい笑顔でそう言うと今度こそ部屋から出ていった。

「いってらっしゃい」

彼女の出ていったドアに向かってつぶやく独り言は優しい声色だった。

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本当だよ 柴ちゃん @sibachan1433

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