書斎に閉じ込めたのは誰?

アルト様の実家であるレクシア公爵家に到着した私達を、アルト様のお母様が出迎えて下さる。


「アルトの母のエリスです。ごめんなさいね。主人は今仕事で領地の視察へ向かっているの。とてもアルトとリーネット様に会いたがっていたのだけれど・・・」


「いえ、こちらこそ今回は突然の訪問の申し出を受けて下さり、ありがとうございます」


私が深く礼をすると、エリス様が嬉しそうに微笑む。



「美味しいお菓子を用意したの。紅茶と一緒にどうかしら?」



「ありがとうございます。とても嬉しいですわ」



その後、私を客間に案内して下さり、アルト様を含めた三人でお茶会を始める。


アルト様はお母様の前でもいつも通りだったが、どこか少しだけリラックスしているように感じた。


お茶会を始めてしばらく経った頃、エリス様がふと周りを何か探すように見渡した。


「あら?リーネット様にプレゼントでイヤリングを用意していたのに、部屋に置き忘れて来たみたい。・・・アルト、取って来てくれるかしら?」


「ああ」


アルト様がそう仰って、立ち上がり部屋を出ていく。


すると、エリス様が私の方を振り返る。


「・・・アルトは優秀でしょう?」


突然の質問に私はすぐに反応出来ない。



「何でも一人で出来る子なの。嬉しい反面、あまり頼ってくれた記憶もないの」


「でもね、リーネット様には気を許していると感じるわ。・・・だからどうしてもお礼を言いたかったの」


「私が頼りないのも、悪いのだけれど・・・」




エリス様が悲しそうに微笑む。




「それにあの子は・・・」




「待って下さい!!」




部屋に戻ったアルト様が、大声でエリス様の言葉をさえぎった。


そして、何かを誤魔化すように微笑んだ。


「その話は、恥ずかしいのでその辺にしてくれませんか。・・・ほら、それよりもプレゼントのイヤリングをリーネに渡すんでしょう?」


エリス様は少し戸惑いながらも、私の前にプレゼントを置いて下さる。


「リーネット様、貰ってくれるかしら?」


私は箱を開け、中のイヤリングを取り出した。


「綺麗・・・!ありがとうございます。とても嬉しいですわ」


「喜んで貰えたのなら良かったわ」


エリス様が美しく微笑んだ。



すると、アルト様が私の手を掴んだ。



「お母様、そろそろリーネと二人きりにしてもらえますか?」



エリス様はとても驚いた様子だったが、すぐに嬉しそうに笑顔になる。


「気が利かなくて申し訳ないわ。リーネット様、アルトをお願いね」


エリス様が部屋を出ていく。


「アルト様!今のは絶対に何か勘違いをされましたわ!」


「そうか?」


「当たり前です!・・・それに先ほどは何を誤魔化されたのですか?」


「何のことだ?」


「エリス様の言葉を遮りましたわ」


「・・・・場所を変えよう」


アルト様はそう仰ると、私を屋敷の中の書斎に案内する。




「ここには、レクシア公爵家に関する書物が多数ある。・・・勿論、俺に関することもだ」




「好きに調べて良いと?」




「そのためにわざわざ隣国まで来たんだろう?」




すると、アルト様が急に私を抱きしめた。


「何をするのですか!?」


「調べることを許可するのだから、これくらいは良いだろう?」


「ダメに決まってますわ!」


「では、調べなくて良いのか?」


「っ!一旦、考えさせて下さいませ!」



そう述べて、私は書斎を出ようとする。


しかし、鍵が開かない。



「侍女が誰もいないと思って鍵を閉めたようだな」



アルト様がどこか嬉しそうにそう仰る。


「すぐに侍女を呼んで下さいまし!」


「ここからでは声は届かないだろう。安心しろ。あと数時間もすれば、定期点検で確認に来るはずだ」


「あと数時間もアルト様と二人きりですの!?」


「不満か?しかし、今ならレクシア公爵家について調べ放題だ。・・・・・リーネが俺に抱きしめさせてくれるのならばだが」



アルト様がそう仰って、私に一歩近づき、手を広げる。



「リーネ」



甘い声で名前を呼ばれれば、心が揺らいでしまう。


「・・・・3秒だけですわ!」



私はそう述べると、そっとアルト様に抱きつく。



「1、2、3・・・3秒経ちましたわ!これで書斎の本を調べても良いのですよね!?」



私はアルト様から離れようとした瞬間、アルト様がもう一度私を抱きしめる。



「全然足りない」



「約束と違いますわ!」



「俺はそんな約束頷いていない」


「っ!アルト様は意地悪すぎますわ!」


私がアルト様から離れようとジタバタと暴れるのを、アルト様が強く抱きしめ制止する。




「リーネ、俺から離れないで・・・それとも、離れられないようにもっと強く抱きしめようか?」




そう仰って私を抱きしめる手にアルト様はさらに力を込めた。




「離して下さい!」




「ねぇ、リーネ。次の賭けをしようか」




「え・・・?」




「次の賭けでリーネが負けたら、俺と結婚して」




抱きしめられているので、アルト様の顔は見えない。


しかし、声色から真剣さが伝わる。


「・・・賭けの内容は何ですの?」




「俺の秘密が解けるかどうか。解ければリーネの勝ち。解けなければリーネの負け。どう?」




「っ!?つまり私が勝って謎を解けば、アルト様は私と結婚しないと?」




「ああ」




その瞬間、アルト様が私を抱きしめていた手の力を緩める。



「残りの時間は好きに書斎を調べていいよ?」



そうアルト様は仰ると、私から離れ、近くの椅子に腰掛けた。


私は深く一度深呼吸をして、書斎を調べ始める。


そして調べ始めて一時間が経った頃、あることに気づいた。


アルト様に関する書類が少なすぎる。


まるで、【故意に隠しているかのように】。


「アルト様」


「どうした」


「アルト様に関する書類が少ないのです。特に幼少期に関することが。・・・アルト様、書類を隠していませんか?」


「・・・・・・」


「答えて下さい!」


「・・・・一枚だけ隠した。但し、【一枚だけだ】」


アルト様の幼少期の書類はほとんど存在しなかった。


とても隠したのが一枚だけとは思えない。


しかし、アルト様が嘘をついているとも思えなかった。




その時、ある仮説が私の頭をよぎった。





ガチャ。





その瞬間、アルト様が書斎の鍵を部屋の内側から開ける。



「っ!?」



「この書斎は内側からも鍵が掛けられる」


「つまり、閉じ込めたのは自作自演だったのですか!?」


「ああ。・・・・もう、謎は解けたのだろう?そして、早く俺の母に確認したいことがあるはずだ」


アルト様がドアを開け、私を部屋の外へ追い出そうとする。


「アルト様、貴方は何故私にわざと謎を解かせたのですか?・・・・ましてや、私が勝ったら結婚しないという確約までつけて」




「・・・・どうせいつかバレる。だって君は聡明だから。なら、もうバレても良いと思った」


「でもね、リーネ。君はきっと謎を解き終わったら、俺のことを嫌うだろう」




「つまりわざと賭けを持ちかけ、わざと勝たせたと?・・・私が貴方と結婚せずに済むように」




「ああ。リーネだって、嫌いな男と結婚したくなどないだろう?」




私は深く息を吐く。




「アルト様、私この賭け【逆】でお願いしたいですわ」




「は・・・?」




「私が謎を解いたら、私と結婚して下さい」




私はそう述べて、アルト様の元を去る。


私はその後、すぐにエリス様の元へ向かった。



「エリス様、一つ確認したいことがあります」




「・・・?どうしたのかしら?」




「先ほど、エリス様が言いかけた言葉についてです」




エリス様は先ほど「それにあの子は・・・」と言いかけた。




「エリス様。アルト様は、【養子】ですね」




エリス様はその後、アルト様の出自に関して教えてくださった。


アルト様が隠した書類は一枚だけ。


アルト様がレクシア公爵家の養子になる書類である。




そして、前のアルト様の養父は【レータ・カルデ】




私はその後、レクシア公爵家から自分の屋敷に帰った後もずっとアルト様の秘密を調べ続けた。





そして、謎はほとんど解けた。


あとは、アルト様に事実を確認するだけ。





アルト様、貴方は誰かの生まれ変わりなどではない。





貴方は、たった8歳にしてどれだけの苦しみを味わったのだろう。




アルト様、賭けは私の勝ちですわ。



ねぇ、アルト様。



前も言いましたが、私、優しい人が好みですのよ?



そしてわざと私のことを想って遠ざけようとする不器用な人も。



私はアルト様に明日の放課後に空き教室に来るよう手紙を出した。



その日の夜は、今まで見たことがないほどに美しい満月だった。

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