第11章 煙と銀腹 前編


 1

 

「団長、あの光をどう思います」

 びしょ濡れになった前髪を鬱陶しそうに後ろになでつけながら、リューゼンが呟く。

 丁度、上陸が完了した時。時計塔に向かう丘の中腹が輝いた。そして光の消えた先には少女の人影。大時計に向かって走り去るのが確認できている。

 「人数が合わねえ。わざわざ光らせる意味もねえ。普通に考えれば、誘導だろうな」

 銀腹魚団団長、ミズクは耳に入った水を出しながら応える。

(まさか、あの時案内した嬢ちゃん達がここまでやるとはね。こりゃ、おじさんやる気になっちまうな)

 ミズクは笛をならす。鎧が無いためじゃらかしゃんという音はないものの、明らかに異様な男達が目の前に整列した。

(悪いな嬢ちゃん。悪役とはわかっちゃいるがこれでもプロでね。仕事についてはそれなりのプライドを持ってやっているのさ)

 ミズクは指示を出す。

「目的地は丘の上にある大時計!各部隊、6つのルートから弧を描くように大時計に向かう」

「団長、先程の誘導に乗るのですか」

 リューゼンはわかっている。わかっている上で部隊の疑問を晴らすためあえてここで質問をしてきている。

(相変わらず、切れるやつだ。お前みたいな真面目な奴は銀腹じゃなくって衛士になっときゃいいものを)

 ミズクは一瞬よぎった感傷をいつものように封じ込めて、答えた。

「そうだ。あの光は誘導だ。だがだから何だ?いいか、門は大時計に発生する。ここまでは確実なんだ。なんせあのカメの言ったことなんだからな」

「団長、全知王様です」

「そういう名前だったかもな。何はともあれ、俺達は門を抑えちまえばいい。何を企んでいるかはしらん。正直ただ賭けに勝つだけなら、やつらはもう門をくぐっていればいいんだ。そうせずわざわざ誘導をしてきたということは、全員で大時計には向かわず何らかの事情で二手に分かれているとは思わんか」

 ざわめきが広がる。

「だから門を抑えんだよ。抑えたあとでゆっくりと村の探索をすればいい。どうせあいつらは最終的には門に現れるしかないんだからな。他に質問あるか」

 挙がる手はない。

「じゃあ行け。野郎ども。いつもの詐欺まがいの仕事に比べてこういう鬼ごっこの方がおもしれえ。しっかり稼げよ」

 団員がそれぞれ動き出したのを見届け、ミズクは後ろを振り返る。

「じゃあ俺も行きますよ。リオネルさん。念のため確認しとくが、本当にお付きはいらないんで?」

「いいのよ。あーしはむしろ目立たず動きたいのよ。派手な動きはあーた達に任せるのよ」

「へいへい。階級はあんたの方が上だ。従うぜ」

 ミズクは正直リオネルが気に食わない。頭が切れるわけでもない。武力があるわけでもない。だがなぜか全知王はあの猫がお気に入りらしく、それなりの地位を持っている。普段は引き潮の夢に所属し、銀腹と利害が対立することもある。一方で今回のように平気で自身の立場を変えることも。

(スジが見えねえ奴は気に入らねえが……俺は俺の仕事をやるだけさね)

 ミズクは口元を歪めると、大時計目指して進みだす。途中、人気のない村を通り過ぎる。

(気味が悪い村だ。そこかしこに何かいやがんな。生き物じゃねえ何かが)

 死線をいくつか潜ってから、ミズクはそうした気配に敏感になった。だが、この村は異常だ。そう、まるで。

(そこら中からそうした気配をかき集めてきたかのような――)

 その時、半刻を告げる鐘が鳴った。晴れていれば美しい時計塔なのだろうが、雷光に照らされる姿はさながら魔窟だ。

「へっ、俺達もお前にとっては獲物ってか?気に食わねえ時計だ。ぶっ壊してやりたいぜ」

 気配のことは気にかかる。だが、策はさっき伝えた通りだ。まずゴールをおさえる。それが大切だ。

 ミズク達が通り過ぎた後。廃屋の一つの中で呼吸をひそめたカッコとショーリが、ゆっくりと息をはく。

「大体通り過ぎたか。多分最後に通った奴が長だな。バルミなみのバケモンだぞ、ありゃ」

「てっきり何人かは村の探索にあてるかと思いましたが……こちらの狙い通りにいっているのでしょうか」

「わかんねえ。だが相手が気付いていようがいまいが、今できるのは遺品探しだ。みっこは、きっと無事に門をくぐっているさ」

「ショーリさん」

「なんだ」

「案外優しいですよね」

「うるせえ、手動かせ」

 ニコニコ別の部屋を探しに行くかっこの後ろ姿を眺めながら、ショーリは嘆息。

(問題は、あいつらが大時計を占拠して戻らない場合——か)

 その時はどうするか。ショーリは既に答えは出している。その答えはおそらくカッコにとって納得の行くものではないだろう。

「さて、どうなるかね」

 ショーリは頭をかきながら、遺品探しに向かった。


 同刻。みっこはというと時計塔のふもとにたどり着いていた。周囲をぐるりと見渡したが、上に向かう階段はない。あるのはただ一つ、塔の土台の下に伸びた階段の先。古びた鉄の扉だけ。

「つまり、この中に入らないと上に行けないってことだよね。多分」

「じゃろうな。時計のような複雑な作りになっているものに整備するための通路がついていないわけはない。あるとすればこの中じゃろ」

「でもさ。リンゴには見えないんだろうけど、この扉の中にさっきから何人も幽霊さんが吸い込まれていってるんだけど」

「それは怖いのう。わしには見えんからわからんけれど」

「……行かないと、駄目だよね?」

「他に道がないからのう」

 たしかに道はない。ついでに言うと時間もない。閃光石を輝かせてから既に十分はたっている。銀腹がまっすぐにこちらに向かうならば、そろそろ村を越えてくるだろう。

 自分には見えないからと余裕ぶってるリンゴに少しイラッとしながらも、みっこは意を決して扉に手をかける。

 ギギギイという何とも嫌な音をたてて、鉄の扉はゆっくりとその口を開ける。恐る恐る中に入ったみっこの眼の前に広がったのは、意外な光景。

 ぼんやりと明るい光が周囲を飛び交い、その光に体育館ほどの広さの苔むしたホールが照らし出されていた。床には土が敷き詰められており、壁から湧き水のように流れ出す水がまるで小川のように広がりせせらぎが響く。

「きれい……」

「むう。見事じゃ。雨水を地下に通すための仕組みなのじゃろうが、まるで作り上げられた箱庭のようじゃの」

 みっこは苔ですべらないよう注意しながら先に進む。部屋の中ほどまで進み、みっこは左右に扉があることに気がついた。

「どっちだろう」

 内心、みっこは焦る。今この時も銀腹は大時計に向かってきている。いますぐに後ろの扉が開いてもおかしくない。

 その時だった。扉からにゅうと、青白く光る手が生えてきた。

「ひいいいッ、う、腕が!!」

 悲鳴を上げたのはみっこ……ではなくリンゴだった。心底怯えた声で扉の方を指さしている。その様子を見て、みっこは恐怖よりも疑問をもった。

「リンゴ、あの腕が見えるの?」

「み、みえるぞい。ありゃあ生きているものじゃあない。幽霊じゃ」

 みっこはじいっと手を見る。手はゆらゆらと上下に動いている。

「おいでおいでをしてるみたい」

 その時、背後の扉から物音がした。ガン、ガン、と叩くような音がする。

「ええい!迷ってる暇はないよリンゴ!誘われちゃったし、ここは行くしか無い」

 みっこは急いで戸を開く。先には弧を描くような通路が広がっていた。弧の先を見ると、今まさに青白い影がすっと死角に入っていく。

 先に進む内にわかってきたことがあった。

「リンゴ、この通路は地下に向かってるね」

 ゆるやかな傾斜ではあるが、壁のそばに流れる水路は確かに先へと流れていっている。

「そのようじゃな。門からは遠ざかってしまうが、今更戻れまい」

 やがて、弧を描く通路は終わりを迎え、再び鉄の扉が現れた。中からは呻くような、なんとも気味の悪い音が響いている。

「いくよ、リンゴ」

 みっこはノブを握る手に力を込めた。

 扉の先は、それまでの景色と違い真っ暗だった。地面も苔がむしていない。大きな空間であることは感じる。だがいかんせん暗すぎる。

 みっこはカバンからランプを出そうと扉から手を離す。その瞬間、扉はまるでぐいっと押されたかのようにバタンと勢いよく閉まってしまった。マッチをする前だったこともあり、完全な暗闇が目の前に広がる。わかるのは何者かの気配と、先から響くうめき声のような音。

(カッコを連れてきてなくて良かったかもしれない)

 みっこは思いの他冷静な自分に驚いた。こうも仰々しいと、逆に気持ちが落ち着いてきてしまう。

(ああ、そうか。全知王の会食前ににてるんだ。この感じ)

 そんなことを考えている内に、眼の前にぼうっと青白い人影が浮かびあがる。不思議な姿だ。男にも見えるし、女にも見える。若くも見えるし、年をとっているようにも。

『ようこそ、お嬢さん』

 影が口を開くと、周囲に沢山のぼんやりとした人影が立ち上がった。

(ようこそ)

(いらっしゃい)

(生きている人だ)

(呪いをときにきたんだ)

 周囲からざわざわと沢山の声が聞こえてくる。みっこは思わず顔をしかめるが、リンゴには眼の前の人物しか見えないし聞こえていないようだ。

『みんな、落ち着きなさい。このお嬢さんは君たちの声も聞こえているようだ。一度に話しかけたら頭が破裂してしまうよ』

 ざわつきが、落ち着いた。

「どうやら話が通じるみたいだけれど……私達今とても急いでて。そう、怖い人達に追われているの」

『安心なさい。塔の入口の扉は私達が塞いでいる。そう簡単には開きはしない』

 そういえば、みっこ達が普通にあけて入ってきた扉を銀腹は強く叩いていた。

(戸は閉じられているっていうのは、嘘じゃないみたいね)

 みっこは腹をくくると人影に向き直った。

「あなた達は誰?私に何をしてほしいの」

『聡明な娘だね。私達は君たちがケムリと呼ぶもの。この国に招かれながら、この国の一部となることに失敗し風にかき消えた者』

 やはりそうだったのか。だが、そうなると不思議な点がある。

「あなた達がケムリなんじゃないかってことはうっすら気付いていたんだ。でも不思議なの。なんで私にはケムリが見えるの?貴方の姿はリンゴにも見えるようだけど……。それに私他の場所でケムリになった人を見かけたことがない。なんでここにだけこんなにケムリが集まっているの?」

 ケムリは面白そうに笑うと続ける。

『君も少し落ち着きなさい。順番に答えよう。まず君に私達が見える理由からだ。君は、この世界に来た時にケムリになりかけなかったかね』

 みっこは思い出す。鏡王の都で片目までが消えてしまったあの恐怖を。

「たしかに。私左目まで消えてしまったことがある」

『そうだろう?いわば君の片目はケムリの仲間になっていたのだ。だから我々の気配を察することができるし、見ることができる』

 何となく納得は行く。つまりみっこの片目は幽霊の世界を見ていたわけだ。

『次に2つめと3つ目の質問は同じ理由で説明できる。君たちはこの時計塔の仕組みを知っているかね』

「ええ、周りから命を集めて動力にする……。って、もしかして」

 人影は大きく頷く。

『そうだ。この塔が集めるのは生者の命だけではない。ケムリとなった我らの命をも塔にすいつけ離さないのだ。結果、普段ならば空気にとけこみうっすらとしていくはずの我々は一箇所に集められたことでとてもとても濃くなってしまった。生者と変わらない思考を持てるくらいに。普通の者にも見えるくらいに』

 人影はみっこに近付き、その手をとる。ひんやりとした感触がする。

『さて、答えていなかった質問に戻ろう。君に何をしてほしいか、だ』

 人影はみっこの手をとり部屋の奥に向かう。そこには壁一面に埋めつけられた大きな唸り声をあげる黒いかたまりのようなものがあった。

『この時計塔の動力を破壊し、我々を開放してはくれないか』

「時計塔を、壊す?」

 みっこはリンゴと顔を見合わせる。

「無、無理じゃ。みっこは頭は切れるようになったが普通の女の子。こんな大きなものを壊す術は持ち合わせておらん!」

『はて、そうなのか?なにせ我々はもう体を失った身。そうしたことは疎い』

「さっき、扉を押さえているといったよね。じゃあ、物を動かせる力があるってことでしょう?自分達で壊すことはできないの?」

『何度も試してみた。だが、どうも我々の力ではものを押さえたり動かしたりすることは出来てもものを壊すことは出来ないようだ』

「おかしいのう。時計というからには歯車が使われておろう。その歯車を止めれば動作は止まるのではないか」

『歯車はたしかに使われている。だがそれは動力を時計に伝える部分にだ。そこを壊しても針や鐘を止めるにすぎない。動力はもっと、魔法のような力で動いているようなのだ』  

 みっこは考える。どんな方法かはわからないけれど、眼の前の黒いかたまりそのものが命をすいとる仕組みを持っているのだ。このかたまりそのものを破壊しない限り、時計は止まっても命をすう力は止まらない。

「……でも、あなた達はこの塔に吸われることで物を考えられるくらい濃くなっているってさっき言った。じゃあこの動力を壊したら、完全にケムリになってしまうのではないの?」

 それでは、死んでしまうのと変わらないのではないか。

 みっこの言葉の意図を理解したのか、人影は小さく微笑む。

『私自身、特定の人間の人格ではないのだ。沢山のケムリが集まって作り出された本来存在しないものなのさ。元々無いものが再び無くなることに抵抗はない」

 そんなものなのだろうか。みっこにはまだその感覚はわからない。みっこにとって自分が消えるということはとても怖いことに感じる。

 その様子を察してか、人影は続ける。

「それに一度失ってみるとね。まどろんだ自我というのも案外素敵なものなのさ。まったく消えてしまうのとは違う。風にゆられて世界を巡り。時折意識がはっきりしている際に波長のあう者と言葉をかわし。そしてまたまどろみながら世界を移ろう。私はもう思い出せないが、そうだな。いつまでも続けていられる二度寝のようなもの――そう例えればいいだろうか。少なくともこんな日のささぬ場所でゆっくり時計の餌となるよりはよほどマシなものさ』

 成る程。いつまでも続けられる二度寝。もし死がそういうものだとしたら、案外悪くはないのかもしれない。みっこは納得する。

 そして、みっこは考える。銀腹がここに今入ってこれていないのであれば、このまま上に迎えば門に行ける。おそらく最初のホールにもう一つあった扉が上部に繋がっているのだろう。

 一方で。もし自分だけが門から脱出をしたとすればその後はどうなるか。ケムリは門を押さえておく理由がなくなり、大時計は銀腹に占拠されるだろう。

(ある意味作戦通りか)

 その後、銀腹が三人とも門をくぐったと思い帰るまでショーリとかっこは村で待てばいい。だが。

(本当にそれが最良なの?)

 あの時点ではそれしか手は無かった。だが、今なら別の手が打てるのではないか。

 欲張るなよ、と。諭すリョキスンの声が聞こえる気がする。自分一人が確実に帰れるのであればそうすべきではないか。だが、この人達は犠牲者だ。この塔の、クリオの国という仕組みの。そして自分も、それになりかけたのだ。

「私は欲張るよリョキスン。一人で帰ることに納得がいかなかったからここまで来たんだもの。出来ることは全部やっていく」

 みっこは人影の手をとり、言う。

「お願いがあるの。言う通りに協力してもらえないかな。うまくいけば皆幸せになれるかもしれない」

 人影は、少し驚いた顔をして、そのあと優しく微笑んだ。

『なんなりと。お嬢さん』

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