第7章 潮の変わり目 後編

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 みっこは頭を抱えながら周囲を見回す。見たところ皆同じ状況のようだ。唯一リョキスンのみは壁にもたれる形で立ち続けていたが、ナイフを握る手には力が入っていない。やはり、煙を吸い込んでいたのだ。

「安心しなよ。この煙は一時的に平衡感覚を奪うが、10分もすればある程度回復する。後遺症は残らねえよ」

 そういって、ショーリはリョキスンをどんとけ飛ばした。壁をずり落ちるようにリョキスンも地面に膝をつく。

「煙玉を入れられるのは想定の範疇だ。油断したな。そもそもこういう場所を隠れ家に選ぶ場合、逃げ道を確保しておくのは鉄則だぜ」

 ショーリは部屋の奥の壁をぺらりとめくる。入り口に施していたのと同じしかけだ。岩壁の模様が皮にかかれていたのだった。おそらく、奥には別の場所へ繋がるトンネルがあり、そのために外からの風の流れがショーリを守ったのだ。

「さて……お察しのとおり、俺はそこにいるお嬢さん方と同じ世界の出身さ。だが残念ながら俺には引き潮の夢の導者はついてくれなかった。かわりにやってきたのは銀腹のやつらでね。おかげで俺は、自分の世界に帰る機会を失った」

 ショーリはリョキスンのナイフとリヤノのハンマーを蹴り飛ばす。

「悪いな。念には念をってやつだ」

 ショーリはどすんと部屋のすみに積み上げてあった荷物に腰をおろすと、言った。

「絶望したよ。当時俺はまだ10歳そこらのガキだった。もう戻れないって聞いた時はやさぐれた。でもな。諦めきれなかったんだよ。俺は。そんで、調べた。本当に100日すぎたら、もうクリオの国から帰れないのか?ってな」

 部屋の隅でひっくり返っていたリンゴがかすれるような声で反論する。

「——それは、無理、だ!クリオの国は、異世界をつなぐ駅のようなもの……100日を越えた者は、もはやクリオの国の一員となってしまう」

 体が小さい分薬の効きも強いのだろう。苦しそうな声にみっこは胸が引き裂かれそうになる。

「ばーか。そりゃ引き潮の夢の言い分だろうが。あのな。100日過ぎたら帰れないってのはもっと単純な話なんだよ」

 ショーリはリンゴを元の姿勢になおしながら言う。

「クリオの国と異世界をつなぐ門は、色々な時代をつないでいる。だがな。元の世界に戻るためには、その世界、その時代の臭いをもったものが必要だ。その臭いが薄れ、完全に消えてしまうのが大体100日ってのが本当のところなのさ。つまりだ」

ショーリはふところから赤いリボンを取りだす。

(かっこのリボンだ……!)

 みっこは隣のカッコを見ようとするも、体がうまく動かない。

「俺と同じ世界からやってきたこいつの目印があれば・・・俺は元の世界に今からでも戻れるんだよ!」

 ショーリは立ち上がるとカッコの前に座り込む。

「俺が唯一掴んだ手がかりは、琥珀水晶の塔に俺の世界への門が開くことが多いっていう話だけだった。だから待ったよ。何年もな。俺と同じ世界へ帰るためにやってくるであろうお客さんを、な。お嬢ちゃんを見たとき、俺は運命を感じたぜ。クリオの国では珍しいその黒髪!つけていたリボンのつくり!あんたはまさに俺が探し求めていた運命の人だった。悪いとは思ってるんだぜ。俺と同じ絶望をあんたに与えることになるってのには、な。でも、俺にも絶対に元の世界に帰らなきゃならない理由がある」

 今までの疑問が繋がった。なぜショーリの行き先とみっこ達の行き先が同じ虹渡り海岸だったのか。ショーリはリオネルとカッコのやりとりから、次に門が開く可能性がある場所として虹渡り海岸の存在を聞いたのだ。そして、そこに拠点を作り門が開くのを待った……。

「さて、あんたらの目的地が俺の向かう先と同じだっていう確信が持てたところで、俺はそろそろお暇させて頂くかね。ちなみにこの付近は嵐の間もずっと探してみたが、門とやらは見つからなかったぜ。あんたらも無駄な時間は使わずさっさと次の目的地を目指すこった」

 そう言ってショーリは抜け道へ続く布を押し上げる。

 行ってしまう。カッコを元の世界に戻すためのリボンと一緒に。

「俺はなにせ大泥棒らしいからな。あんたらに気付かれないよう後をつけるのは、わけない。せいぜい早めに出発することさ」

 そうショーリが言い放った刹那。入り口からリオネルの大声が響いてきた。

「くさいのよ。くさい臭いがくるのよ。……銀腹がここに向かってきているのよ!」

「な……」

 意外なことに、その声に最もうろたえているのはショーリだった。彼は水の入った

皮袋をこちらに投げてよこす。

「飲め!奪われているのは平衡感覚が中心だ。腕は動くだろう?水を飲めば煙からの回復が早くなる。さっさと動けるようになって、この抜け道を追って来い!」

 言われるままに、皮袋にもっとも近かったリヤノが水をのみ、続いてそれをカッコに渡す。

「畜生、あいつらはいつもなんでこう人の人生を狂わせにやってくるんだ……おい!わかってると思うが銀腹なんぞに捕まるなよ!捕まったが最後……元の世界に戻れる可能性は無くなるんだからな!」

 そう言い残して、ショーリは抜け道へ消えていった。

「——かわいそうな、方」

 皮袋をみっこに渡しにきたカッコのつぶやきが、みっこの耳にいやに残っていた。


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 みっこ達が動けるようになったのはショーリがいなくなってから5分ほどたったあとだった。そのころにはリオネルも部屋の中に入ってきて、「みんなおそいのよ」とのたまっていたが、皆、色んなことが起きて思考が追いつかず悪態をつくことも出来ずにいた。

「とりあえず、逃げるぞ。幸い、ショーリの抜け道はすぐに見つかるようなものでは無さそうだ。動きはまだにぶいが――この奥に行けば少しは時間を稼げそうだ」

 リョキスンの言葉に、みっこは返す。

「ついでに、この部屋の中をさっきの煙でいっぱいにしておくことはできないかな。銀腹が入ってくるのを遅らせられるかも、しれない」

「なるほど。残りの煙玉は少ないが、温存していられる状況じゃあなさそうだしな」

 そうして、全員が抜け道に入ったのを確認してリョキスンは煙玉を部屋の中に投げ入れた。

「進もう。急ぎたいところだが、一番怖いのは暗い洞穴内を焦って進むことで転倒し、歩けない者が出ることだ」

 そうして、一行の洞窟探索が始まった。先頭を行くのはリヤノ。普段から使っていたというオイルランプで行く手を探る。その後ろにみっことカッコが手を繋ぎながら進む。万が一転倒した際の怪我を軽くするためだ。その後ろをリオネルがひょうひょうとついてくる。猫だけに夜目がきくのだろう。そして最後尾はリョキスンだ。

「リョキスン、明かりつけちゃってて大丈夫かな」

「どうも一本道のようだしな。穴が見つかればやつらが追ってくるのは時間の問題だ。ならば無理せず闇を照らし、今のうちに距離を稼いでおいた方がいい。リヤノさん。先に明かりか何かはみえないか?」

「——見え、ないわ。見たところまっすぐな道がずっと続いてそうだけれど……」

 リヤノが闇の先を照らそうとするも、光はむしろ闇に吸い取られるように心細く消えていく。ただ暗いということが、こんなに怖い。みっこはそれを思い知らされていた。

「わしらが穴に入ったのは、ショーリが行ってから数分しかたっていない。にも関わらず奴の光が見えないのであれば……もしかしたら出口は案外近いのかもしれんぞ」

 リンゴの言葉に、みっこは勇気を震いたたせる。

 ふと、気付くとつないだかっこの手が、震えている。

「カッコ、だ、大丈夫だよ。皆で無事に外に出られるって」

 みっこの言葉に、カッコはびくんと体を震わせる。

「ご、ごめんなさい。気をつかわせて……後ろからくる銀腹は、怖い。でも、わ

たしこの暗闇が——怖くてたまらないの」

 カッコの呼吸が荒い。

「昔……こんな暗闇の中で震えていたような気がする……何かから逃げるために」

 呼吸はなおも激しくなり、ゼヒ、ゼヒ、といった音にかわる。

(これって、過呼吸ってやつじゃ……!)

 4年生の頃クラスメイトがなったことがある。たしかあの時は……

 みっこはリュックから水の入った皮袋を取り出し、かっこの口にあてる。

「カッコ、落ち着いてゆっくり息をして」

 異変に気付いたリヤノが足をとめる。

「どう、したの?大丈夫……?」

 その言葉に、カッコは弱々しく手をあげる。

「だい、じょうぶです……大分、楽に、なりました……ありがとう、みっこ」

 そうは言ったものの、ランプに照らされた顔色はいつもより悪く見える。

「闇は人の心を惑わせる。リオネル、カッコを後ろから支えてあげてくれ。今はともかく、早くここを抜けなくては——」

 リョキスンの声にいつもの飄々とした様子がない。

(ここが、正念場ね)

 みっこはカッコとつないだ手をぎゅっと握り、再び歩きだす。

「この洞穴がもし愚鈍戦争の際に使われていた連絡路か何かだとすれば……きっと出口はもうすぐのはず……」

 リンゴが呟く。そのとき、リヤノが足を止めた。

「いき、どまりだわ」

 ランプで照らされた先にはたしかに岩壁が広がっている。

「そう見える、な。だが、風は流れている。であればだ」

 今までしんがりをつとめていたリョキスンが壁を調べ出す。

「ほら、このとおりだ」

 リョキスンが岩壁模様の皮布をめくると、そこにはさらに洞穴が続いていた。だが、その先からはわずかに光が入ってきている。

「よかった……カッコ、出口だよ」

 みっこの言葉に、カッコは苦しそうな笑顔で頷いた。

 明かりの漏れ出る最後の皮布をめくり、外へでる。そこは、うっそうと生い茂る森の中だった。

「もう、日が、沈んでいたのね」

 リヤノが頭上にきらめく2つの月を見上げて言う。

 久しぶりに吸った外気は洞穴同様湿ってはいたものの、新鮮な瑞々しさにあふれて

いた。

「ここは——影切り森かの?」

 リンゴの声。みっこはリョキスンをみるが、彼も「わからない」と首をふった。かわりに答えたのは地の利のあるリヤノだった。

「たぶん、そう。虹渡り海岸から渓谷地帯に入っていったわけだけど、その渓谷からトンネルを抜けて山一つ越えてしまったことになる……のだと思う」

 フクロウだろうか。鳥の鳴く声がする。意識を向けると、そこかしこからがさがさ

という生き物の気配らしきものが伝わってくる。

 その時だ。じゃらかしゃん――という音が、周囲から、響いた。

(まさか……どうやって!?)

 声にならない悲鳴とともに全身が総毛立つ。

 木々の間から、10人ほどの男達がにやにやと笑いながら現れた。銀腹魚団だ。先頭にいる男が、口を開く。

「あの渓谷には愚鈍戦争の時の連絡路が他にもいくつかあってな。君らが煙玉を使ったのを見て、より最短距離の洞穴から先回りさせて頂いたよ。それにしても、そう邪険にしないでもいいじゃあないか。私達はなにも君たちに危害を加えるつもりはないのだ」

 男の口調は思いの外やさしく、口元には笑顔がこぼれている。でも。

(目が――魚のようだ)

 男の目はうつろだった。言葉に、心がこもっていない。乖離している。この男の言葉は……信用できない。

「中つ国からのお客様、みっことカッコ……だったね。それに最古の導者リンゴに噂に聞く宿無しリョキスン。すばらしい。きっと全知王様は君達を歓待して下さるだろう。どうだね。私達におとなしくついてきてはくれないか」

 リョキスンがナイフを構えながらみっことカッコの前にでる。

「この女性は、どうするつもりだ」

「おいおい、人が平和にことを進めようとしているんだ。そう怖いものを出すものじゃないな。彼女のことなら別に、どうもしないさ。私たちの主が求めているのは未知を知る者達。虹渡り海岸の守人が知っていること程度であれば、主はすべてを知っているのでね。それにしても、困ったな」

 男は部下達に目配せをする。

「こちらは平和に話をしたかったのだが、ナイフを掲げられちゃあな。多少ことが荒だっても仕方ないじゃあないかね。なにせ、大切なお客様を人質にでもされたら、かなわんからな」

 次の瞬間。男達が一気にこちらににじりよってきた。

(これじゃ、もらった丸薬を飲む時間もない!)

 リョキスンが銀腹の一人をつかむと、相手の勢いをそらしてそのまま何人かを巻き添えに放り投げる。

「みっこ!カッコ!それにリンゴ!ここから逃げろ!君達は捕まると、あとがない!」

 見ると、リヤノもハンマーを片手に二人の行くべき進路を作ってくれている。

「——ふた、りとも、行って!」

みっこはカッコと目を合わせ、頷く。まずは逃げるしかない。

(このまま、帰れなくなるなんて、絶対にいや!)

 二人は飛びかかってくる銀腹の手をぎりぎりでよけながら、暗闇の森の中へと駆けだした。

 行く手を遮る木々に服のはしを切り裂かれながら、少しでも遠くへとがむしゃらに進む。目では見えないが、じゃらかしゃんというあの音は、確実にみっこたちを追いかけてきていた。

「だめだ――このまま、じゃ、追いつかれる!」

 みっこは周囲を見渡す。一面の黒い森。一見どこにでも隠れられそうに見えるのだが、獣道以外は草木が生い茂りすぎていて、進めば逆に痕跡が残る。

「みっこ、あそこ……」

 カッコが指を指す方向をみると、そこには自然に出来た浅い洞穴があった。ちょうど、歴史資料館でみた防空壕のような形だ。

「たしかに、ここなら隠れられそう――でも、この穴は目立ちすぎるよ。すぐに見つかっちゃう」

「そう、ね。このままならば。でも、ほら」

 カッコはリュックからばさりと何かを取り出した。

「それって、ショーリの隠れ家の入り口を隠していた皮布?」

「何かに使えるんじゃないかと思って、最後のところで回収しておいたの。これを上からかぶせれば、朝にでもならない限り他の岩と区別はつかないと思うの」

「すごいよ、カッコ!やっぱりカッコはすごいよ。それなら、早く隠れよう!」

 すると、カッコは首を左右に振った。

「わたしは、隠れられない――さっきの洞穴でわかったの。わたしは狭くて真っ暗なところには長い間いられないんだわ。わたしと一緒に隠れたら、かならず銀腹魚団に見つかってしまう」

 カッコはそう言ってみっこを穴の中におしやる。

「そんな――やだよ!カッコ!一緒に隠れよう!一人は、いやだよ……」

「ううん、私にはまだやらなきゃならないことがあるもの」

「なに?こんなときになにをするっていうの……?」

 カッコは微笑んだ。みっこはどこかでみたことがある。これは——運命を受け入れ

た人の笑顔だ。

「この布を被せただけなら、足跡なりなんなりで銀腹旅団の目は周囲に向くかもしれない。ならば、私が……なるべく銀腹旅団を遠くに引きつける」

 なぜ。みっこは思う。なぜ自分と同じくらいの年齢の子が、そんな考えに至れるのか。

「どうして?帰れなくなるんだよ?家族にも、友達にも……!」

 カッコは寂しく笑う。

「わたしには、元の世界の記憶がないから……。さっきショーリの話を聞いて思ったの。元の世界に帰るべきは、私じゃなくてショーリなんじゃないか――って。それに、私はもう一人じゃないよ。この旅の中で、いっぱいクリオの国の友達もできた。だから、私は大丈夫」

 いきなり。カッコがみっこを抱きしめた。汗の匂いにまじる、ゆずの香り。

「でも、みっこは違う。元の世界に帰る理由がある。だからあなたには元の世界に帰ってほしいの」

 みっこは、力が抜けてしまった。カッコは、もう決心している。彼女の決意に、自分が何を言えるというのか。

 カッコはそんなふにゃけたみっこをやさしく穴におしやると、上から皮布を被せた。

 穴の中は真っ暗になった。カッコがカモフラージュのために布のまわりを岩などで隠す音がする。

(なにか、言わなくちゃ——わたしはきっと後悔する……)

 みっこは考える。でも、思考がまとまらない。理由は、わかってる。どこかで、この状況に安堵している自分がいるのだ。

(私だけは帰れるかもって、私思っちゃってる。そんなのおかしいよ。動かなきゃ……声、出さなきゃ)

 やがて、物音は聞こえなくなった。最後にカッコの声が小さく響いた。

「わたしに出会ってくれてありがとう。みっこ、大好き」

(わたしも……)

 言葉は続かなかった。カッコの足音が遠ざかり――そしてしばらくしてからじゃらかしゃんじゃらかしゃんという音が近づき、そして遠のいていった。

 全てに現実感がなかった。

(今朝までみんなで一緒にいた。普通にご飯を食べて、出発した。なのに、なんで今私は一人で膝を抱えてうずくまっているんだろう?)

 みっこはそのまま膝を抱えていた。そのまま、キノコにでもなってしまいたかった。

(そういえば、クリオの国にくる直前もこうして一人で座っていた気がする……)

 情けなかった。助けられてばかりの自分が。自分だけは帰れるかもと思ってしまったことが。

 思考がぐるぐるしてくる。おなかがぐるぐるしてくる。

 どのくらいの時間がたったのだろうか。周囲に物音は、ない。みっこは思い切って、布をめくってみる。2つの月が、空に見えない。

(大分沈んできてる……ということは真夜中と明け方の間)

 周囲に銀腹魚団の気配はない。

 安心したためなのか、急に喉がかわきだす。それに、トイレにもいきたくなってくる。

 こんなときでも体は正直だ。それが今のみっこにはなんだかとてもみじめに感じる。

 穴から出て、新鮮な空気を思い切り吸う。木陰でさっと小用をすませる。そして、皮袋に残った水をゆっくりと飲みこむ。

(これから、どうすればいいんだろう)

 みっこは天を仰ぐ。満点の星空だ。いくつか流れ星が北西にむかって流れていくのが見える。あの流れ星は鏡王の都の近くに落ちていくのだろうか。それとも琥珀水晶の塔の最上階で一人寂しげにすごすバルミさんの心を癒すのだろうか。

 そのとき、かさっという足音が聞こえた。

(銀腹!?)

 みっこはとっさにリョキスンからもらった丸薬に手をかけ振り返る。

「そう怖い顔をすんなよ。俺は今お前の唯一の味方かもしれないぜ」

 ――そこには、大泥棒のショーリが立っていた。


 5


「つけて、来てたの」

「ああ、そうだ。言ったろ?お前等に気付かれないよう後を付けるくらい、わけないって。……安心しろよ。お前の小便まではみてねえ」

 みっこはかあっと頭に血がのぼるのを感じる。

「残念だが、お仲間はみんな捕まった。かわいいお姉さんがいたっけな。姉さんだけは森の出口で解放されてたぜ。少しすりむいてたが大きなけがはねえ。そこんとこは安心しな」

 それは、素直に安心する。だが、みっこには一つどうしても確認しておきたいことがあった。

「——なんで、いまさら出てきたの?私に何の用?」

 ショーリはにやりと唇を歪ませる。

「よーく考えて見ろよ。あんたは道案内も仲間もなにもかも失った。正直に言うぜ。あんた一人で門とやらを探せるのか?この森から出られるのか?」

 それは、難しいだろう。みっこにもわかっている。みっこもこの旅の間に方角の調べ方、時間のはかり方、旅のノウハウは蓄積してきている。けれど、みっこには地の利がない。

「そこで俺の出番だ。俺にはクリオの国の中であればどこでも行けるだけの知識と、銀腹に追われても煙にまくだけの力がある。——だが、俺には唯一わからないことがある。次の門の出現先だ」

 ショーリはみっこの肩をぐっとつかむ。

「なあ、悪い話ではないだろう?お前は次の門の行き先を教える。俺はそこにお前を案内する。今手にしている元の世界への目印は2つ。俺たちも2人。なにも問題はないだろう?」

 言っていることはわかる。みっこが元の世界に戻るにはきっとそれしか方法がないであろうことも。

「言っておくが、全知王の城から仲間を助け出すのは不可能だ。俺も何度も逃げようとした。でも結局、奴の知的欲求が収まるまで、出ることは叶わなかった。この、俺がだ。ついでに言うとやつらはまだこの森を張っている。今はさっきの洞穴出口付近で野営しているが、夜明けとともに動き出すぜ。そうなりゃお前さん一人じゃ、逃げきれない」

 ―—でも、俺ならその包囲網をくぐって逃げ出す道を知っている。

 ショーリはそうささやいた。彼は、本気だ。ここでみっこが頷けば、彼はリョキスンのようにみっこをエスコートしてくれることだろう。

(何を迷うことがあるの?私一人でなにができるっていうの?……ショーリに手伝ってもらえばいい。そう、カッコだってそう望んでた――)

 みっこは、ショーリの目を見つめる。口を、開こうとする。

 だが、声が出て来ない。意思は、固まっている。ショーリとともに元の世界に戻るのだ。そう、理屈では結論がでている。けれど、体のもっと奥……理屈じゃないどこかが、その結論を良しとしない。みっこは一歩、後ずさる。

「おっと、逃がさんぜ」

 ショーリは素早くみっこの後ろに回り込むと、両腕でみっこを羽交い締めにする。

「手荒なことはしたくねえ。が、お前さんの気が変わるまでは拘束させてもらったって俺は困らないんだぜ」

 その瞬間、みっこのはらわたがにえくりかえった。

(結局、この男も銀腹と一緒だ!相手が思うように動かなければ、力で言うことをきかせるんだ……)

 そんな奴の、言うとおりになんかしてやらない。

 理屈を越えた、みっこの意地が爆発した。

 次の瞬間。みっこは腰をかがめ、両腕で勢いよくバンザイをする。とっさの動きにショ ーリの腕がゆるみ、羽交い締めから脱出する。

「くそ、お前……!」

 ショーリがもう一度みっこを捕まえようと手を伸ばしてくる。

「銀腹さーん!!私はここにいるよお!!」

 みっこは大声をだしながらショーリの手をかいくぐり、先ほどきた道を引き返す。遠くからじゃらかしゃん、という鎧の音がかすかに響いたようにきこえた。

「な……お前、バカか!銀腹に捕まったら出られないって言ったろう!」

 呆気にとられるショーリをしりめに、みっこは全速力で森を駆けていく。

「どう?ショーリ!あなたの知りたい門の開く先を知るものはこれでみんな全知王の手の上!元の世界にかえりたいなら――助けに来るしかないんじゃない!?」

 やってやった。これが正解なのかはわからない。でもみっこは思ったのだ。

(みんなを置いて自分だけ助かっても――絶対うれしくない!!)

 見つけてやるのだ。解決策を。大したことではない。あがいてあがいてその結果帰れなかったのなら。それはそれで納得出来るに違いない。

 ともかく、後悔しない。そのためにみっこは今自分から銀腹の元へ向かう。

「この……バカ野郎が……!」

 ショーリの負け惜しみが耳に心地よい。

 やがて、みっこは予定通り銀腹に捕らえられた。

リョキスンもかっこも悲しげな顔でみっこを見つめたが――みっこの表情をみて苦笑

した。

「どうやら、我が主はあきらめてここに来たわけじゃあないのだな」

 と、リョキスン。

「ええ、なら私もまだあきらめるわけにはいかないです」

 かっこが返す。

「ううう、みっこ……成長したのう、わしゃ、感無量じゃあ」

 リンゴが泣きじゃくる。

 その様子をみて、みっこは心から笑った。

 やっぱり、戻ってきてよかった。この先のことはまだわからないけれど。思ってしまったのだもの。

(戻るなら、みんなとって……)

 笑いあう一同を、銀腹旅団の面々はぽかんと拍子抜けした顔で眺めていた。一同は、その間抜けな表情をみて、また、笑った。

 こうしてみっこ達は銀腹旅団に捕まり、翌朝全知王の待つ宮殿へと護送されることとなった。みっこの旅はここにおいて大きな転機を迎えることになるのである。



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