【大自然ホラー!?】コンラッド「闇の奥」

闇の奥 (新潮文庫) 文庫

ジョゼフ・コンラッド (著), 高見 浩 (翻訳)

発売日 ‏ : ‎ 2022/10/28



 2024年現在において、この作品を語る際にどうしても触れなくてはいけない映画がある。1979年のアメリカ映画、フランシス・フォード・コッポラの「地獄の黙示録」だ。「地獄の黙示録」は本作をベースとした、舞台をベトナム戦争下のベトナムに置き換えた戦争映画になっている。

『カーツ大佐なる人物が組織の断りなく、森林の奥地に狂気の帝国を作り上げる』という点で、物語の大筋は同じなのだが、「地獄~」は根本的に戦争映画であり、そこが原作とはことなっている。描いているものが違うのだ。きっと「地獄~」に魅せられて原作である本書に手を出した人は、面食らうに違いない。執拗なまでに描写される自然の脅威に。


 ストーリーは、テムズ川で小型帆船に乗り合わせた男たちが会話をしているシーンからはじまる。その男のひとり、チャールズ・マーロウがかつてアフリカに言った話を語る。物語の『語り手(おそらく作者・コンラッドのアバター)』は、ひたすらマーロウの聞き役に徹する。


 船乗りのマーロウは、アフリカ・コンゴへと行くことを思い立ち、親戚の伝手つてでベルギーの貿易会社に入る。

 アフリカの人道状況は最悪で、ほとんどの黒人は奴隷として遇されている。鎖につながれていたり、病魔に侵されても放置されていたりと、無惨な状態を目の当たりにする。

 中央出張所では、乗るはずだった船が沈んでおり、修理のために足止めを余儀なくされる。その間、マーロウはクルツという男のウワサを聞く。どこからか象牙を大量に入手し、送ってよこすのだという。あるものは彼を崇拝し、あるものは嫌っている。マーロウは興味を抱く。

 船の修理がおわり、マーロウはクルツの待つ奥地出張所へ。旅の行く先で出会うのは、人喰族の操船助手の男、ロシア人のクルツ崇拝者、美貌の現地女といった特異な人物たちだ。

 クルツとはいかなる人物なのか? そして、クルツ本人へとマーロウは近づいていく。


 自然描写が圧倒的なのである。


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 そこは暗澹あんたんたる地獄の何層目かにあたることがわかった。近くに河の急流があって、奔然と絶え間なく宙を裂く単調な水音が、陰鬱な木立の静けさを圧倒している。そこでは大気の揺らぎひとつなく、葉の一枚も動かない。あるのはただ、すさまじい速度で地球が宙を走る音が突然聞こえ出したかのような、神秘的な瀬音の響きだけだった。(42ページ)

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 まるで自然という存在が、人間には太刀打ちできない圧倒的なものとして目の前に浮かび上がってくる。そしてコンゴの密林に恐怖と畏怖を抱くのだ。作者のコンラッドは実際にコンゴを旅したのだという。その体験が真に迫ってくる。そして、我々の存在をとことんまで矮小化してくるのである。クルツはいうなれば、そうしたアフリカという世界に飲み込まれた人間として描かれるのだ。


 先にコッポラの「地獄の黙示録」を紹介したが、作者コンラッドが影響を与えた映画監督がもうひとりいる。「エイリアン」シリーズのリドリー・スコットである。エイリアンにはコンラッドの別著から引用した名称が数多く登場することから、それの影響は明らかだ。エイリアンの超越的な描写について、「闇の奥」が描き出した恐怖と畏怖の向こう側にいるものの創造を目指したのではないかということが私には想像されるのだ。


 

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