くすし。
菜美史郎
第1話
ここはとある大都会の公園。
広大な敷地の中に、ぜいたくなほどの木々が植えられていて、だれもが四季折々の草花を楽しむことができる。
今は遅い秋。
公園を彩っていた楓やツタの葉が枝をはなれ、冬をふくんだ風に舞っている。
午後三時をすぎ、陽は西に傾きはじめた。
公園の奥まった広場では、先ほどまで散策する人がおおぜい見受けられたが、今では、ベンチに腰掛ける一組の若い男女を残すだけである。
「ねえ、ゆうじ。もう帰らない?すぐに暗くなってしまうわ」
女が、双眼鏡片手にそこらじゅう歩きまわる男に、不安げに声をかけた。
「まきさん、もうちょっと待って。ねぐらに戻る小鳥たちの動きを観察したら、すぐに帰るから」
「ふうん、わかった。小鳥さんだって眠るんだ。できるだけ早くね」
女は、先ほどコンビニで買った菓子パンをちぎっては口に入れ、ほうばる。
そんな姿をちらりと男に見られたのに気づき、女は、
「わたしね。お昼、食べはぐっちゃったんだ」
と言って、笑った。
鳩たちは貪欲で、なかなか寝床に帰らない。
広場に舞いおりては、ちょこちょこ歩き回って何かをついばんでいる。
女がほらっと、自分が食べているパンくずを群れの中に投げたからたまらない。次々に鳩が女の足もとにやってきた。
とうとう、女はきゃっと声をあげた。
「ゆうじ、おっかないわ」
「ばか。えさなんてあげるからだよ。かわいそうだなんて思わないでほうっておくといいんだ。間違ってつつかれでもしたらたいへんだし」
「……だって、どうしてもあげたくなっちゃって」
「まあね。そういうとこも、まきさんのいいところなんだけど」
男が小声でいった。
「なあに。よく聞けなかったわ」
「なんでもないよ」
「ふん、男らしくないんだ」
「そうさ。ぼくなんてどうせ……」
少し離れた場所に噴水がある。
先ほどまで勢いよく水を噴き上げたり、やんだりしていた。
しかし今では、完全に、動きをとめた。
と同時に、男が女に対して抱いている思い、こうしたいとか、あんなふうにできればと思う気持ちがぴたりとついえる。
男はひとりぽつねんと、砂漠に置き去りにされたような気になった。
いまどきの若者に似合わず、付き合ってひと月あまりになっても、ふたりの関係はひもの結び目がゆるんだようなもの。
しっかりしたパートナーではなかった。
女のほうが一つ年上である。
「ねえ、急につまんなさげになったみたい。どうしたの」
「うん、あっいや、なんでもないんだ」
「うそだ。なんか変なこと考えていたんでしょ?」
「ばか。違うさ」
「まあいいわ。あそこにいるわ。鳩かしら?なんだか様子がおかしいけど」
女が目をほそめて言った。
「ちょっと待って。どれどれ……」
ゆっくりと男が歩き出した。
「わかんないのね。そこ、その噴き上げ口のわき。鳩みたいのがいるでしょ」
「どこかな。あっ、いたいた」
コンクリートの上で、一羽の鳩がだらりと横たわっていた。
「なんだか死んでるみたい。指でつっついても、全然動かないもの」
「死んでるの?」
女が大声を出した。
「そんなことわかんないよ。目はつむってるし」
この日は午後になって、気温が急に上がり下がりした。
よく観ると、一匹のハエが、鳩のまわりを飛び回っている。
「死んじゃったから傷みだしているのかな」
「もういいわ。それに近づくのはやめて。わるい病気かもしんないし。鳥インフルエンザがはやりだしたって、ニュースで聞いたわ。なんだかこわい」
「そうさ。怖いよ。でも、人には簡単にうつらないらしいけど。とにかく早く帰ったほうが良さそうですね」
「ええ、そうしましょう」
男が双眼鏡を大事そうに入れ物にしまいこむと、女も帰り支度を整えだした。
ふたりして、さっさと、その場を離れていく。
それでも鳩が気になるのか、女が立ち止まり振り向いた。
「あら、どうして?」
と声をあげると、その声が樹間で木霊となって響いた。
「なにがどうしたって?」
男も女の声に引かれて、立ち止まった。
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