第1-8 魔王選(1)

 候補者たちは、迷路の最奥に広がるかすかな光に導かれ、やっとの思いで歩みを進めていた。その光は遠くにありながらも、彼らを引き寄せるように微かに揺らめき、どこか不穏な予感を漂わせている。

 疲労が蓄積し、呼吸は浅く、足元が定まらない状態が続く。彼らの表情には限界を超えた疲れと焦燥が浮かんでいるが、引き返すことはもはやできない。


 突然、彼らの前方に、闇から浮かび上がるように大きな影が姿を現した。黒衣に身を包んだ人物が、重々しい気配を纏いながら立ちはだかっている。


 その眼差しは冷たく、まるで全てを見透かしているかのようだった。候補者たちは無言で視線を交わし、慎重に一歩ずつ近づく。


「ここで立ち止まるわけにはいかない…」と、一人が低くつぶやいた。


 その声が引き金となり、候補者たちは互いに決意を新たにして歩を進める。黒衣の人物は無言のまま彼らを見据え、一瞬、冷たい微笑を浮かべるような気配を見せた。

 その笑みはまるで挑発のようで、候補者たちの心に一瞬の不安が忍び寄る。だが、立ち止まることは許されない。彼らは意を決し、目の前の障害を突破しようと前に出た。


「進める者だけが試練を乗り越える資格があるのだ…」


 一人が自分を奮い立たせるように心の中で呟いた。冷たい汗が背中を伝い、身体の芯にまで緊張が張り詰める。


 黒衣の人物がゆっくりと手を上げ、その動きに合わせるように闇が渦巻き、候補者たちの視界を覆い尽くしていった。


 その瞬間、全員の意識が薄れ始め、頭が重くなる。やがて、彼らは闇の中に閉じ込められたかのような錯覚に陥る。どこからか低く囁く声が聞こえ、心の奥に直接響き渡る。


「お前たちは何を望む…?その願いは真実か…?」


 その囁きは疑念を植え付けるような、惑わせるような響きで、まるで彼らの心の奥底を探り、引き出そうとしているかのようだ。各々の心が一瞬揺らぎ、隠していた弱さや恐怖が浮き上がってくる。


 一人の候補者は、暗闇の中で、かつて愛した者の姿を幻視した。彼女の瞳が彼を非難するように見つめており、心の奥に隠していた罪悪感が抉り出される。


 「こんなことのために、お前はここにいるのか…?」


 その声が頭に響き、候補者は自らの手を見つめて立ち尽くす。目の前の闇がますます濃くなり、彼の心を支配していった。


 別の候補者は、自分の故郷の情景が浮かび上がり、その中で家族が彼に背を向ける光景を目にした。手を伸ばそうとしても届かず、彼らが遠ざかっていくのを無力に見つめるしかない。心の奥に根付いた「捨てられる恐怖」が形となり、冷たい孤独感が全身を締め付ける。


 その場にいる全ての候補者が、それぞれの恐怖や悔恨と向き合わざるを得ない状況に追い込まれた。彼らはその圧倒的な力に抗おうと、懸命に精神を保とうとするが、闇は次第に濃密に、重く彼らの意識を圧し掛かる。


 だが、そんな中、一人が不意に立ち上がった。彼の目には揺るぎない決意が宿っており、その視線は闇を突き破るように鋭い。


 「俺は…負けない!」


と声を絞り出し、彼の言葉が闇を揺るがしたかのようだった。その瞬間、他の候補者たちも次々と顔を上げ、それぞれが自らの恐怖を振り払おうと力を込めた。


 「自分のためにここまで来たのではない」「魔王選に勝利し、未来を掴むために…」そんな想いが彼らの心に再び燃え上がり、再び光を求める気力を取り戻していった。黒衣の人物はそれを静かに見つめ、冷笑を浮かべながらも、どこか興味深そうな表情を浮かべた。


そして、闇がふと和らぎ、再び光が彼らの前に現れた。


 候補者たちは、心の闇を乗り越え再び立ち上がり、視界に広がる淡い光を目指して歩を進めていた。光は暗闇の迷路の出口を示すかのように揺らめき、彼らを試すために設けられた障害の全てがその先に収束しているようだった。


 胸の奥に微かな希望が灯り、互いに目配せしながら、重い足を一歩ずつ前へと踏み出していく。


 彼らの前に立ちはだかる黒衣の人物が、その静かな気配の中で口を開いた。低く冷ややかな声が、空気を凍らせるように場内に響く。


「ここまで進む者たちよ、その意志がどこまで続くか、見せてもらおう。」


 その声は、候補者たちの胸に再び不安を植え付けるかのようでありながらも、何か挑戦的な響きを含んでいた。黒衣の人物は手を差し出し、闇の中から一瞬、何かが浮かび上がる。


 それは闇の結晶でできた剣のようなもので、黒い刃が彼らの心の中にある恐怖を映し出すかのように、冷たく光を放っていた。


「最後の試練を前に、自らの覚悟を示せ。これが、お前たちの最終試練だ。」


 言葉を放たれた候補者たちの胸は緊張に張り詰め、互いの表情が引き締まっていく。彼らのうち数名は、その黒い剣を見つめ、目の奥に決意を宿したように見えた。だが、誰もがその不気味な剣に手を伸ばすことにはためらいを感じていた。


 そのとき、一人の候補者が意を決して前へ進み出た。彼の名はアルフレッド。彼は黙然と黒衣の人物を見据え、剣に手を伸ばす。手が触れた瞬間、剣から冷たい波動が伝わり、全身に悪寒が走るが、彼は動じずにその剣をしっかりと握り締めた。


「俺は、この力で…未来を切り開くためにここにいる」


と、彼は強く心の中で自らに言い聞かせた。


黒衣の人物は冷笑を浮かべながらも、その視線にわずかな興味を宿し、黙ってアルフ レッドの行動を見守っている。アルフレッドは剣を手に、その一歩一歩が確かなものだと示すように前に進む。


 他の候補者たちもまた、彼の姿に鼓舞され、次々と黒衣の人物の前に進み出る。各々が剣に手を伸ばし、冷たくも重いその感触を確かめながら、自分の意志を奮い立たせた。沈黙の中で彼らの心の声が響き渡り、互いに触発されるように試練を乗り越える決意を固めていく。


 最後の候補者が剣を握りしめた瞬間、場内の空気が大きく変わった。闇が渦巻き、空間全体が歪み始め、彼らの立つ足元がゆっくりと崩れ始める。


 それは、まるで試練の世界が彼らをそのまま飲み込もうとしているかのようだった。彼らは視線を交わし、無言の決意を共有しながら、互いに助け合うことなく、ただ己の意志だけで進むことを選ぶ。


 その瞬間、彼らの前方に再び光が射し込み、迷路の出口が明確に浮かび上がった。全員が一斉にその光を目指し、剣を握りしめたまま力強く前進する。


 足元の崩壊は止まらず、彼らは文字通り一歩一歩を踏みしめて進まなければならなかったが、光が近づくにつれて、心の中に灯る意志もますます強く燃え上がっていった。


 黒衣の人物は後ろでじっと彼らを見送るように立っており、彼の口元にはわずかな微笑が浮かんでいた。その表情には、まるでこの試練がまだ終わりではないかのような不気味さが漂っている。



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