第32話 劇場

「そっか、お化け屋敷かー。いいね、面白そう」


 放課後の教室。

 僕たちの他には誰もいなかった。時計の針は六時を指し、窓から差し込む夕日が、教室の左半分を染めていた。

 僕たちは適当な椅子に座り、話を続ける。


「私たちのクラスは、演劇をやるみたい。私は喫茶店とかでよかったんだけど、先生も何だかやる気になっちゃって」


 そう言って、杉崎は、困ったように笑った。


 * * *

 

 今日のホームルーム後、帰ろうと思い廊下に出ると杉崎が立っていた。

 話を聞くと、どうやら吉岡先生に用があるらしい。彼女はああ見えて国語の教師なので、提出物があるのだろう。

 僕は先生が教室にいることを伝え帰ろうとすると、杉崎に呼び止められた。


「智也くん、あとでちょっと話さない?」


 ──というわけで、僕はいま杉崎と、教室にいる。

 隣の椅子座って、杉崎の文化祭の出し物についての話を聞く。担任が演劇部の顧問だったこと、冗談半分で演劇やろうと言いだした生徒がいたこと、杉崎は出たくないということ。


「演劇なんて、いっぱい練習しなきゃだよ? 受験生がやることじゃないよ」

「たしかに。まあ、杉崎は裏方やればいいんじゃない? 絵だってうまいんだしさ」

「そうもいかないんだよ。先生気合い入りすぎて、クラス全員、一人一言は話さなくちゃいけないって」

「その脚本を書くほうが難しそうだけど」


 そう言うと、杉崎が「でしょ?」とまた困ったように笑った。

 そのまま、話は進路のことや家族のことに続き、途切れることはなかった。気がつけば一時間近く経っており、教室も少し薄暗い。


「そろそろ帰ろっか」


 杉崎の言葉に同意し、僕たちは教室を出て校門まで一緒に歩いた。家は反対方向らしく、そこで別れることになった。


「今日はありがと。たくさん話せて、楽しかった」


 街路灯の下、僕たちは言葉を交わす。


「うん。楽しかった。文化祭、がんばってね」

「まあ、なんとかやってみるよ。智也くんもがんばってね」

「なにを」

「ほら、手から炎出したり瞬間移動したりさ」

「いや、だから中二病じゃないから」


 いつまで僕は中二病なんだろうと思いながら、僕は杉崎に手を振る。彼女も手を振って、そして僕に背を向けて歩きだす。

 街路灯の光の中を出て、彼女の姿が暗闇に溶けていく光景を、立ち尽くしたままぼんやりと見た。それから僕は、しばらく動けなかった。鳩尾の辺りが、痛い。金縛りにあったような感覚だった。

 もしかしたら、お化けでも出たのかもしれない。家に帰ってから、そう思った。

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