第3話 まだ生きるつもりだった?
高い天井でファンがゆっくりと回る。
落ち着いた音楽と、明るい照明のなかで、トレーを手にのせたハルカはにこにこと笑っていた。
「いっぱい買っちゃった」
よいしょと席についてトレーを置くと、ハルカは「むふふ……」と息をもらした。
「ちょっとそれ、食べきれるんですか?」
トレーには、おしゃれなカフェに似つかわしくない量のサンドイッチやドーナツが積み上げられていた。もちろん飲み物も、アイスやチョコチップなどのトッピングがもりにもられている。こうなると、アイスココアだけを頼んだ僕が場違いみたいに思えてくる。
駅前のカフェがいい。
そう言ったのはハルカだったが、そんな提案に乗らなければよかったと僕は後悔した。
「だいじょうぶ。食べれなかったらソウスケくんに食べてもらうから」
「高校生なんだから自分で食べられる量くらい分かってください」
「もー、うるさいな。きみまだ十四でしょ。年上のお姉さんのいうことはきくもんだよ?」
勝手なことを言って、ハルカはストローに口をつけて、甘ったるそうな飲みものをのんだ。
「んん、おいし」
それからあまりにも真剣にサンドイッチなどを食べていくので、僕は声がかけられなかった。食べ物や飲み物を口に含むたびに彼女は幸せな表情を浮かべた。その行為を止めるのは、なんだか人間としてよくない気がした。
どうしてこうなったんだろう。改めて、知らない女子高生とカフェにいることに疑問が浮かぶ。数十分前に、僕は死んでいたはずなのに。そもそも、なんでこの人は屋上にいたんだろう。タイヨウという弟を探していたのではなかったのか。
「ソウスケくん」
顔をあげると、ハルカが神妙な顔で僕を見ていた。
なんなんだ。
どこか不穏な表情だった。
「もうお腹いっぱい。これ、食べて」
差し出された食べかけのドーナツを受けっとって、僕はため息をはいた。
ハルカはお腹を押さえて苦しそうにうめいている。
「最後にパフェも頼もうと思ってたのに……」
分からない。
僕は苦しそうにしながらも、どこか幸せそうなハルカを見て思う。
彼女がなにを考えているのか、これからなにをしようとしているのか、全く予想できない。これが女子高生という生き物なのだろうか。ハルカじゃなくても、こんな風にカフェでお腹を押さえていたりするんだろうか。
それはないだろうな、と僕は思う。ハルカだから、分からない。彼女は普通の女子とはどこか違う雰囲気がある。そしてその雰囲気を、僕はどこかで見たことがある。
「そういえば、お金もちだったんですね。これだけ買って、ぼくの分もおごるってなると、結構しますよね」
一階の食事で軽く数千円を払える高校生はなかなかいないはずだ。いくらバイトをしても、簡単に払える金額ではなかったと思う。
「んーん。全然、お金もちじゃないよ。親は共働きだし」
「ずっとバイトしてるとか?」
「いや、週に二回だーけ」
ハルカはいたずらっぽく笑って、
「まあ、こういう時くらい使わないとね。もったいないから」とよく分からないことを言った。
とはいえ、これでやっとハルカの口が空いた。
僕はドーナツを口にいれ、アイスココアで流し込む。
「それで、ぼくがタイヨウじゃないって信じてくれました?」
「全然信じてないよ」
「なんでなんですか」
「だって、タイヨウとそっくりだもん」
本当にそれだけの理由だろうか。
「そうだったとしても、服とか靴は違いますよね? 今日はどんな服着てたか覚えてますか?」
「ん? 知らないよー」
「どうして」
「だって見てないから」
ん。
……んー。
…………どういうことだ?
僕が反応できずにいると、ハルカは少し考えるようにいった。
「説明が難しいから簡単に言うんだけどね」
そうしてほしい。
「タイヨウは死んでるの」
……。
…………ん?
…………………どういうことだ?
ますます意味が分からなかった。タイヨウが死んでる? じゃあ、今まではなんだったんだ?
僕の読解力が足りないのかと疑ったが、何度頭でそらんじても理解できなかった。
戸惑う僕を見透かしたように、ハルカはにやっと笑った。
「四年前にね、自殺したの。がけから飛びおりて、遺体は見つかってないからまだ海にいるよ」
四年前、自殺、遺体。
なんの話をしているのか、話を聞いてもよく分からなかった。
「じゃあ、どうして」
僕を弟だと思ったのか。
その疑問を口にする前に、ハルカがいった。
「ほら最近よくやってるじゃん。異世界転生とか生まれ変わったらーとか。だからさ、きみがタイヨウだって可能性もあるわけでしょ? だから」
いやだから、っていわれても。
「高校生ならフィクションと現実はわけてください。そんなことあるわけ」
ない、と言おうとして、自分も死ぬぎりぎりまで考えていたことを思い出した。
……いやいやいやいやないだろう。僕もフィクションとしてそう考えただけで。それに僕は生まれたときからずっと、ソウスケとして人生をやってきている。誰かに人格を奪われた覚えはない。
「それに」
ハルカは、そういって僕に顔を近づけてきた。
その吸い込まれるような綺麗な黒い瞳に、僕の影がかすかに映っているのが見えた。
「きみは似てるから」
きれいだと思った。
彼女の瞳が。
動けずにいる僕の手をハルカが握る。
「ね、だからもうちょっと一緒にいようよ。きみがタイヨウじゃないってわかったら、すぐに消えるから。ね?」
柔らかい手の感触。
僕は引き込まれそうになる彼女の瞳から目をそらす。
「一緒にいるっていっても、もう夕方だから……」
「だから?」
「もう帰らないと」
そこで意地悪くハルカは笑った。
「きみは死ぬつもりだったんでしょ?」
死ぬつもり、だった。
親に何も言わず、遺書も残さずに。
「じゃあちょっとくらいいいでしょ? 死ぬ前に女の子のお願い聞くぐらい」
くすりと、彼女は笑う。
「それとも、まだ生きるつもりだった?」
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