春を待つきみに
綿貫 ソウ
第1話 異世界転生なんてしたくない
ここから飛び降りたら、異世界に転生するんだろうか。
屋上のへりに立って、遠い地面を眺めながら、僕は中学のクラスで流行っているアニメを思いだした。
やだな。
死ぬために死んだのに、また別の世界で生きなきゃいけないなんて、本当の地獄だ。そこでもきっと僕は、死のうと思うだろう。異世界には異世界転生という概念はあるのだろうか。異世界で死んでも、また別の異世界に飛ばされるなら一生死ねないじゃないか。
考えていると強い風が吹いて、僕はバランスをくずし屋上のへりから落ちる。残念なことだけど、内側に。
僕はついクセで、尻もちをついたズボンをポンポンと叩く。いまさらズボンの汚れを気にしたってしかたがないのに。僕はそれが自分でもおかしくて、ちょっと笑ってしまった。
起き上がったついでに、僕は屋上をぐるりと回った。笑ったことで、少し、余裕ができた。死ぬことに対する余裕だった。もう勇気をだす必要もなく、いつでも死ねる気がした。だから最後に、街の景色を見ておこうと思った。死んだらすべて忘れる。だからいまさら景色を見たって仕方ない。それは自分でも思ったけど、なんとなく、屋上からの景色が見たかった。
小さいころから、高いところが好きだった。もっと正確にいうと、高いところから町並みを眺めるのが好きだった。富士山は遠くから見るから美しいのと同じように、嫌いな町も遠くから見ると少し好きになれる。
屋上は小屋みたいな入口と、その隣の給水タンクが置かれた場所以外は見渡すことができた。僕は十分くらいかけて、その景色をゆっくりと眺めた。学校終わりか公園では小学生が元気に走りまわり、隣のビルではサラリーマンが活発に働き、空には鳥が自由に飛んでいた。
ここからみれば、なんだか人生も悪くはない気がするんだけどなあ。
僕は眺めるのをやめて思った。でも、もうそんな期待はしないのだ。もう何度も期待して、裏切られたから。
次は僕が飛ぶ。この空を、一直線に。
そういえばと思って、僕はつい最近買った靴をぬぐ。
こういうときは、こうやってそろえるんだっけ。
まあ、靴を履いたままでも事故とは思われなさそうだけど。
成長期で一つサイズを大きくしたばかりの靴をそろえて、もう一度、へりにのぼる。
目の前に青い空と、美しい町並みが広がる。
ああ。
終わる。
これでやっと。
死ね——
「やっと見つけた」
その瞬間
一瞬、わきから手が生えてきたのかと思った。異世界転生のアニメにいた四本腕のバケモノみたい——そんなことを考える暇もなく、その腕は僕のお腹を抱いた。そして背中に柔らかい感触を感じた。
女の声。
「タイヨウ、ここにいたんだ」
その腕の力で、僕はわけも分からないまま再びへりから落ちた。
もちろん、残念なことに、屋上の内側へ——
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