第37話 飢餓と稽古

 全ての国で餓死者ばかりが出ていた。それが、焦土作戦による必然の飢饉であるとマグの口から明かされたとはいえ、解決などしない。


 ティリウスもウズマサ達をただ非難していたのではない。

 襲い来る食糧難の解決の為、戦争地域に加勢し勝利し、また、暗黒領土を奪回して残っている食料の確保に邁進しようとして焦っていた。

 しかし、焦土作戦の内容からして、ティリウスの目論見から外れていた。

 焦土作戦を徹底されると人食い鬼であるオーガとその亜種らは生き延びれても、人肉食など毒として受け付けない妖精達は飢え死にしてしまう。


 この期に及んで『美食』をまだ楽しんでいる貴族達は、パンばかりと味の落ちた不味い食事に苛立ち、司令官であるティリウスを毎日誰かが叱責していた。

 将軍交代の声も多くあるが、誰を責任者において事態が収集するのか判断がつきにくかった。

 寄せ集めでも徴兵し兵士達をかき集め、集団戦法で戦わせたティリウスの手腕は、我儘わがままな貴族の評価を貰うだけのことはある方なのである。

 難民は生きるため都市で完全な野盗と化し衛兵だけでなく市民から私刑リンチにあうか、命懸けで逃げてきた道を引き返すことも出来ず、リファールやトランザ市内を始め郊外や森で食べ物を探し回り死体になるものも多かった。


「怪我を魔術で治せる不思議な坊主は洋の東西を問わずいるようだが、阿島の様な炊き出しができる僧も寺院もほぼ無い。まさに末法の世そのものだ。俺も腹が減った。」

 ウズマサは飢餓感に悶えながら、トランザでさらに腹が減る稽古をしていた。


 大太刀のみで相手を制する為の振り回し稽古。

 ハイオーガの指揮官ゴーグを仮想敵に、刀の運足にこだわった。

 様々な状況で相手を倒すライカンテゴイの居合技、その真髄である敵即斬のコツが染み入る様に分かってきた。


 ライカンテゴイの型は、あらゆる状況で合理的に敵を倒す謂わば教科書であり参考書の動きだったと考え、一人で出来る為稽古で練り上げていた。


「隕鉄銀の丈夫さを思えば、佩いている他の太刀は刃こぼれや駄目になるのが怖くて振り回しきれぬ。銘刀藤一文字よ。お前とは一生の付き合いになるな。」

 刀に語りかけながら、ああでもないこうでもないと、腕力、遠心力、体幹、全身での肉体操作、一つずつに特化した動きを型として取り回しながら、次に全ての動きを統合させ、最後は肩から鞘を早抜きして斬りかかる動作に辿り着く。

 言葉を尽くすより感覚的で困難な稽古に汗を流していると、グウェインがわざと怖怖こわごわとした顔で現れた。


「刃物にブツブツ語りかけながら、用もないのに振り回していると、一見狂人に見えてしまいますな。」

 彼なりのジョークである。ウズマサはトランザについてから、暇さえあれば刀剣を手に身体の鍛錬を怠らないでいることを知っている。

「戦士は皆、狂気と友人ですよ。」

 ウズマサはアルカイックスマイルを浮かべた。

「違いない。しかしそれでは、まるで平地エルフの僧侶みたいな物言いだ!」

 グウェインは表情のあまり読めない友人が冗談に付き合う性格なのを知って、プライドとロマンスの塊である騎士仲間より気安く、親しい友情を感じていた。

 ウズマサは実年齢40歳相当のグウェインから見ると、戦士として敵に礼儀正しすぎ、情け深すぎる。 

 戦士は要は殺し屋であり、虚飾を無くせばただ殺人に血道を上げる野蛮人と大差ない。


 野蛮人にならない為に礼節があり、野蛮人の様な殺し合いを避ける為に情けがあるというのが、ディナシー騎士団長の見解だ。


 ディナシーは騎士見習いから騎士になった時を成人とするほど、生粋の騎士しか存在しない。

 ではどう生活しているか?湖畔の近くにある王国ダグザは虹色の魔法のヴェールに包まれており、誰一人として実態を知ることも語ることもない。

 無意味という慣用句に『ディナシーにトイレと税金をたずねてはならない』という言葉がある位、私生活でも生活臭が少なく謎が多い種族だ。

 用もないのに普段使いで身体を覆うような板金鎧を身につけている。


「また、木剣試合を試したく来たわけだが…。」

 グウェインは一緒に酒でも飲む様に尋ねた。

 最近はウズマサとの寸止めの木剣試合にグウェインがハマっていた。殺し合いとも果たし合いとも違う剣の会話の原点。ウズマサの技とグウェインの剣の技術とか融合し、また新たな剣流が生まれようとしている。

 両刃の直剣と片刃の刀の技の交流は、戦士達の異文化交流である。


「無論。是非ともやりましょう!」

 ウズマサは藤一文字をしまうと、木剣を手にした。

「俺の西洋剣法まで吸収して、足捌きはやたらと上手い。ここまでいくと卑怯だ。」

「上段の構えと一見似ている『屋根の構え』は振り下ろすとみるや横振りに始まり、違う振りに気付きが多く勉強になります。」

「相手を持ち上げて、すかさず習うやり方はくすぐったいですよ。ウズマサ殿」

 グウェインは満更でもない顔で、木刀で上段の構えに似た屋根の構えをとった。

 ウズマサは昨日は八相でいったので、身体のパターンをかえるつもりで正眼に構えた。

 グウェインは闘いの喜びを想起させ、じわっと血流によって血の涙の引いているような顔になった。

「参る!」

 ウズマサは先手の剣を振るった。

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