第36話 マグの証言
首切り前の犯罪者を放り込んでおく檻の中で、殺せるから寧ろ逃げてほしい程度に強い殺意を持ったエルフ看守兵が睨みつける中、元クライゴブリン駐留部隊隊長だったマグは胡座をかき、手錠でつながれた手を組んで、祈る様に静かに眼を閉じていた。
他のゴブリン達も大人しく床に座っている。
彼等はここへ向かう道すがらグウェインから再三、捕虜たるものを無抵抗のまま殺害する不名誉について説明を受けていた。
この時代においては、その扱いもころころ変わる気休めでしかなかったが。
モンテンノーザ復活に加勢するか否かについて、ゴングリノミコと呼ばれる神聖首長会議が開かれた折、他の魔王軍配下の種族が秘密にしていた会議場を攻撃し、数を減らして現存しているゴブリン12氏族長全員を人質にとった。
ゴブリンは、民族自決で単独に生きるには弱く、しかし、約600年前の魔王軍の中核種族でもあったので、魔王討伐した妖精達との共存の道を模索するには罪深いと石を投げられてきた種族であった。
繰り返しになるが、彼等の特徴は、首の血管の内側の様に近しく
今上女王陛下以外は男尊女卑である平地エルフの社会と対象的だった。
女を大事にし、その存在を巣穴の中でも奥に隠す為、ゴブリンに女はいないという典型的イメージがつけられている。
その女達をも、首長の命を盾に芋づる式にモンテンノーザの人質に加わっていった。女が子育てしている子供は言わずもがなである。
(戦って犬死にする事も選べたが、最早ダイスは投げられた。後は賽の目を見るだけだ。)
マグは一日一回は緑色の顔の筋肉全てをくしゃくしゃに力を入れて眼を瞑り、死刑や
防衛前にドグや部下達に裏切られたとは考えない。他人のせいにして逃げるのは簡単に見えて、ゴブリンの隊長はそれでは務まらない。
女の代わりにゴブリンの男達を率いる重圧と責任を背負う器がマグにはあった。
「移動だ!部隊長は扉の前に!その他は檻の奥にいろ!」
マグは短く息を吸うと、立ち上がって前に出た。
檻を出て、両脇の兵士達に促されるまま、ティリウスのいる戦略会議室に出たマグは、俯いた顔をあげた。
ティリウスだけではなく、ウズマサ、グウェイン、ドンウクらがいた。ダンキチが「通訳します」と言うと事務的にマグの近くに寄る。
「貴様がクライに巣食っていたゴブリンの隊長だな?」
刺々しい口調でティリウスが口を開く。
「そうだ。ゴブリン駐留部隊隊長、マグ・マグワイヤスンだ。」
ゴブリンの名前など聞いた事も無かったティリウスとグウェインは、ゴブリンにもファミリーネームらしきものが存在する事に驚いた。
マグワイヤスンはゴブリン語で大いなる暗黒神マグワイヤの子孫という意味がある。
「ではマグ殿。まずは、ゴブリンの首長や女達がいる場所について教えてくれ。」
ウズマサの言葉から尋問が始まった。
「場所について断定はできないものの、仲間の間で確信してる所をお答え出来ます。」マグは言葉を選びながら応えた。
「地図で分かるか?」
「勿論です。地図と都市名でお答えします。」
場所はモンテンノーザ本隊らしき軍と妖精軍とが激闘の末、魔王軍に軍配上がって占領された西洋世界北部地域の『暗黒領』、都市ミモザ付近だった。
推測された都市はマグだけの意見ではなく、男達が連れて行かれた家族の所在について心を砕いて推論を交わしあって出た結論であり、ゴブリン間では暗黙の常識になっていた。
また、情報収集は略奪部族には必須であり、特にマグの属する諜報に長けるシガシャイ族のゴブリンは、最前線からミモザまでの交通ルートや人質の命を握っている魔王軍部隊について詳細に調べ上げていた事をマグが付け足した。
「そこまで把握していたのに、何故一斉に魔王を裏切り蜂起して人質を開放しなかった?やはり、暗黒神に仕え我々平地エルフや同胞達を皆殺しにしようという腹積もりだったのだろう?貴様らは絶対悪だからな。」
ティリウスが言葉を吐き捨てた。
「どんな命令でも従わなければ、部族ごとに速やかに首長様もろとも人質を抹殺すると脅され、俺達は部族間で意見が分かれて、一斉に行動するなど踏み切れなかったのです。そして皆殺しとおっしゃいましたが、俺達は魔王陛下の代理達の言う焦土作戦に参加させられていたのです。」
「何?焦土作戦だと?」
ティリウスは禿げた頭を軽く手で叩いた。
「はい。」
マグはゴブリン語で力強く頷いた。
「食料はパンくず一欠片まで奪い、人は全て殺害し、侵略成功した場所は誰一人住めない焦土にかえていけ、という…」
「なんという事だ」」
マグの言葉にティリウスが被せて大声をあげた。
「もしかして人肉食もその作戦とやらの一環か!?腐肉に集る蛆虫より邪悪な事を!ゴブリンは皆殺しにせねばなるまい!呪われろ!おぞましい!」
「ティリウス殿。話を聞けば、おぞましいのはゴブリンよりも命じているモンテンノーザにある。それに皆殺しを提言するなんて不可能な事ぐらい私にも分かる。尋問中は黙ってて貰えないか?」
グウェインは一々喚くティリウスを制した。
「焦土作戦とやらだが…。」
ウズマサは根本的な疑問を口に出した。
「そんな戦の仕方をして、一体誰が得するんだろうな?」
この疑問には誰も答えられなかった。
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