第9話 ランパチ
「人形(ひとかた)、血止め」
人形の紙を切れた腕に一枚ずつあてると、血が止まった。
それでも出血が酷かったせいで、ランパチは見る間もなく衰弱していた。
ううっと唸り声だけが響く。
「死ぬ前に言え!琵琶は何処だ!」
ウズマが声を荒げたが、返ってきたのは沈黙だった。
「それよりも、貴方の背後にいるのは何者ですか?」
キヨアキラが次に声をかけた。
「それよりだと?」
気色ばむウズマをまあまあと抑えて、キヨアキラは更に続けた。
「鵺といい、手を蛇にかえる邪法といい、載っているのは陰陽寮でも禁書のものばかり。恐らく禁書ではなく、直接何者かに教わったに違いありません。マガツガミですか?」
キヨアキラの発言にクックッと笑いながら、ランパチは狂気に満ちた眼でキヨアキラを睨みつけた。
「陰陽道を修する傍らで、大いなる力を手に入れられると知った時の喜びなど、貴様には分かるまい。」
「ええ、分かりませんとも。贄に琵琶でもあげたのですか?風流な化け物さんですねぇ?」
「馬鹿め、魔神グモヌシノカミはミカドの扱った道具を通じて呪(しゅ)で配下におき、この阿島をおさめるおつもりじゃ。」
「なら、グモヌシノカミとやらが琵琶をもっていある、と。ウズマ殿有りかが分かりましたな。」
簡単な煽り言葉にペラペラと喋りすぎたランパチは、しまったという顔をした。
「グモヌシはどこにいるんですか?」
「それは言わぬ」
「そうですか。阿島をおさめるとか大それたことをやろうという神にしては、醜く隠れるのですね。」
「貴様!我がグモヌシノカミの侮辱ばかりほざきよって!それに儂はまだ負けたつもりは無いわ!」
「もういいです。そういうの。グモヌシノカミを倒しますので、貴方の相手をしてる暇はありません。あしからず。」
「倒す?」
毛の上からは分かりにくいが、怒りなのか出血なのかランパチの顔色が真っ白になっていく。
「いいだろう。グモヌシノカミ様は都外れの竹林の奥の洞窟。モノノヌシの神社近くの風穴におられる。二人で行って殺されるが良い。」
「誰が二人で、と言いました?」
「何?」
「口車は、のせられたほうが悪いとは言いませんが、少々間抜けでしたね。こんな重大事件、フジツチカノカミ様に頼むに決まってるじゃないですか。」
「さて、兵が集められるかな?」
ランパチの態度が変わった。ふてぶてしく座り込み、血止めされた前腕を、千切れた袖のなかに隠した。
「最早これまで!俺の命と引き換えに、黒き術を受けるがいい!」
ランパチが喚き散らすように呪文を唱えた。
ランパチの頭上に倒したはずの鵺の姿が現れた。鵺はランパチの身体と重なると、ランパチの断末魔の声が聞こえた。
鵺はランパチの身体を分解し吸収し、受肉した。先程の鵺は霊体だったが、今度は肉体を得たのだ。
ゴアアァア!
地に降り立った鵺は今度こそ恐怖をまとい、黄色い眼を輝かせた。
「これは…逃げても殺されます。」
「なら、逃げなければ良いこと!」
小太刀を手に半身をとる。
「ヤクマルイッシン流小太刀の型。参る!」
ヤクマルイッシン流は激流の太刀と言われ、一気呵成に相手を討ち取る突撃をよしとする剣術である。
受肉した鵺に向かってウズマは勢いよく切り込んだ。
「おんとんばじゅらよく!」
後ろからキヨアキラの呪文が聞こえたが、全てを無視して身を低くしながら突っ込んだ。
鵺はトゲまみれの蠍の尻尾を見せびらかすようにウズマの前に出す。
(しまった!)
思うが早いか無数のトゲがウズマに襲いかかった。
が、
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン…
トゲは勢いをそのままに、軌道がそれてウズマの耳に風きる音を響かせた。
キヨアキラの唱えた加護だ。
ウゥ?
鵺の皺だらけの顔が疑問に歪む。
(くらえ!)
おおおおおおおぉおお!
小太刀の底面に左手を添えて、再び鵺の顔面めがけて突きこんだ。
剣先は頬をとらえ、そのまま滑り込む様に首を傷つけ肩で止まった。
なんの!
小太刀を肩から引き抜くと見せかけて、首をかっ切る。
グオォオオオオオオ!
鵺、いやマンティコアは、その革が鎧になるほどの固さとしなやかさを兼ね備えていた。絶命させるには至らない。
痛みに堪らず身をよじるが、食らいつくという表現も正しく、ウズマは身体が宙に浮いても鵺の肩の毛を掴んで離さなかった。
「趣味は悪いですが、そうも言っていられないか」キヨアキラはランパチの両腕に向かって思念を飛ばした。
「式神、受胎させよ。」
人形(ひとがた)の紙を飛ばすと、ランパチの両腕にふわりとあたり、掌で器用にもう片方の腕と合流し、二つの腕が指を組んだ。
「受肉」
キヨアキラの囁きに応えて、腕が溶け込み別の形をとった。
三本足のカラスだ。
カラスは飛び立つと、弧を描いて鵺の目玉に嘴をめり込ませた。
ウズマは叫び声をあげて身を屈めた隙を逃さなかった。
首に何度も何度も、血で手元が危うくなるほど小太刀で刺した。
その時には。鵺退治は見せ物となっていた。遠巻きに人々が固唾を飲んでウズマを見ている。
とうとう鵺が絶命して倒れた時、辺りの人々は諸手をあげて口々に万歳、お見事と声があがった。
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