第7話 羅刹門の野良法師

 説得された形で、キヨアキラを伴いウズマは都の貧民窟に向かっていた。


 東の果て阿島の都から、西の果てのスメタナ大陸のコヨーティアンの帝国に至るまで、成熟した都市には必ずスラムがついてまわった。


 狩衣姿の白狐の民が、犬士一人を連れぶらぶら歩くなど、珍しすぎる光景に、狸人達は好奇心を抑えつつキヨアキラに礼をしては、道をあけていった。


 キヨアキラは彼等の礼に腰低く返礼しつつ、ウズマに語りかける。


「私の頭が狸ならば、ここまで礼は無かった。血の定めとは悲しいものだと思いませんか?」


「そうは思わないな。」ウズマは首を振った。


「そうでしょうか?貴方は頑迷な老人ではありません。頭で人を区別し、差別する時代ではありますが、時代が変われば、いつか貴方が狸人さえ犬士として導くことになるやも知れませんよ?」


「まさか」


 ウズマはそう言いつつ、自分の常識が、この陰陽師によって揺らいでいるのを感じた。

 誰にでも敬意や親切心を持って振る舞う白狐の民など、主のフジの方を除けば会ったこともない獣人であった。




「そろそろ、羅刹門に着きますね」


 羅刹門を中心に貧民達は集まり、建立された各寺々からの配給を頼みに生きていた。


 治安が悪く、物取りがでることでも有名であり、貴族はおろか、それなりに食べていけている平民の狸人でさえ近寄ろうとはしない。



 雨に濡れた獣の様なすえた匂いと泥の臭いが立ち込め、野ざらしの死体を無縁仏として寺が焼いてまわっているとはいえ、それでも死の臭いがしていた。



 ウズマ達が到着した時には、ぼろぼろの道服と冠を被った、身分も定かではない野良法師が貧民を相手に呪医の真似事をしていた。


 黄色い紙に鶏か何かの血で書いたらしい赤文字の札を焼いて、病んでいるらしい狸人に灰を呪文と共に飲ませている最中だった。




「失礼します。陰陽師のアベノキヨアキラと申します。こちらはミナモトノウズマ殿。お話をおうかがいして宜しいかな?」


 キヨアキラが呪を施し終えた道服男に声をかけた。


「コガゴダンと申す。陰陽師と犬士が、こんな吹きだまりに何のご用かな。」


 老狸人の道服男は長い髭をさすりつつ、人払いを始めた。



 患者や家族と思わしき人々、キヨアキラを珍しげに眺めていた者達を払うと、ゴダンの人徳か、彼等は大人しくその場を去った。

 ゴダンは道教の小さな祭壇を畳むと、背中に祭壇箱を背負った。



「ここは貴族の姿では危うい所。場所を変えましょうか?」



 ゴダン、キヨアキラ、そしてウズマは羅刹門から川縁まで歩いた。時刻は夜になっている。


「グワァン(光よ)」


 ゴダンが呟くと、道術で光の玉がぽんわりと浮かんだ。


「この辺りで狩衣姿で狸人の野良法師がいませんでしょうか?」


 キヨアキラは紳士的に尋ねた。


「ええ、幾人かは心当たりがありますが、…ミナモト殿、光を触っても何も出ませんぞ」


 しげしげと光の玉を触っていたウズマは、咳払いをして誤魔化した。



「その野良陰陽師みたいな連中の中に、畏れ多くも帝様ことアシマノミナカヌシ様の琵琶を盗んだ不届き者がいるみたいなのです。」


 キヨアキラの言葉に、ゴダンは驚いた。


「何と!」


「コガ殿。そう言われて心当たりのある方をご存知でしょうか?」


「いやいや、そんな大それた者となると…」


「その者は」


 ウズマの眼は鋭さを増した。


「鵺を操る程の妖魔使い。そういう奴です。」


 ゴダンは暫く言葉を失っていたが、すぐに知恵を絞るような顔をして、ものを思い出すように上目遣いをした。


「それ程の外法に通じている妖魔使いとなると、心当たりがありますな。」


「本当か!」ウズマが聞き返す。


 と共に自分達がつけられている事に気がついた。毛は逆立ち、闘いが近いことをウズマは感じ取っていた。


「その名はランパチと名乗っておる者です。羅刹門とは違うもう一つの貧民窟、修羅護法門で生まれ育った身分賎しい身なのですが、まぁ最近は一張羅の狩衣を着て陰陽師トヨダランパチを名乗りまして。そこらの似非陰陽師と違って功徳があるだの技があるだのと引っ張りだこになっているのですが。…その反面で、魔道や邪法に通じているという噂がありましてな。」


 ペラペラと喋るゴダンを手で制して、ウズマは後ろを振り向いて、声をあげた。




「つけ狙って来たのだろう!隠れてないで、出てこい!」




 月明かりと光の玉の灯りに照らされて、五人の狸人が顔を見せた。皆ぼろぼろの半纏の様な前のみで褌まで汚くぼろついていた。




「身ぐるみ置いていって貰おうか」


 リーダー格らしい男が錆びの浮かんだ鍔のない太刀を抜いた。


 他には手に手に斧や鋤を構えている。


「ランパチの手先、ではなさそうだな。一つ揉んでやるか。」


 ウズマは鞘から太刀を抜いた。


 月に照らされた刀身は狸人の男のそれよりも美しく、頑丈で鋭い銘刀であるのが丸分かりだった。


「お前ら程度、殺すまでもない。武器を置いてそのまま立ち去れ!」


「しゃらくせぇ!」


 やっちまえ!という言葉を合図に五人が三人を囲む様に立った。



 斧の男が振りかぶるのを見て、ウズマは体を変えるだけで斧の一閃を避けると、そのまま首に峰打ちした。


 倒れこむ斧男に続き鋤男が突きをウズマにみまったが、毛先一重で鋤をかわし峰打ちを当てた。


 鋤男と鉈男が同時にウズマに襲いかかった。


 フッ!と強く息を吐き、ウズマは腰の辺りを狙った鋤を、腰を落とし後ろに飛んでかわし、また鉈の一撃を半回転してかわすと鉈男に峰打ちした。


 狼狽した鋤男にウズマは一気に詰め寄ると、今度は太刀の柄で鎖骨を叩いて怯ませ、峰打ちで昏倒させた。



 あっという間に四人を失ったリーダー男は、仲間を見捨てて逃げようかと後ろを向いた。


「禁!」


 キヨアキラが袖の中で印を組み片目を閉じ、特殊な呼吸の後唱えた一字は、錆太刀男の動きを止めた。男の動きを『禁じた』のだ。




「うっ!」


 太刀を落とした狸人に向かって悠々と進むキヨアキラを見て、ウズマは太刀をしまう。



「口だけ動くことを許す」


「法師様に犬士様。どうかお命だけは…」


 キヨアキラの禁術のかかった狸人が命乞いを始めた。


「ランパチについて、何か知らないか?」


「何も知りません。お助けを。」


「ただの野盗だろうが、世の為人の為に殺してしまうのも有りかも知れんな」


 ウズマが嘯くと狸人の顔は恐怖に満ちたものになった。


「これに懲りたら、二度と人を襲うな。」


 ウズマの雑な手刀が狸人の首に当たると、狸人は立ったまま気絶した。

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