第6話 陰陽寮
ウズマが陰陽寮についた時には、そろそろ夕方になっていた。
夕日で茶色の毛並みを赤く染めながら、寮の門を叩く。
「失礼します!フジワラノフジツチカノカミに仕えるミナモトノウズマと申します。誰かおりませんか!」
「はぁい」
しばらくして響くような返事と共に扉が勝手に開いた。怪訝な顔をするウズマに続いて、「お入り下さい」と声があった。
寮の中に入ると扉は自然に閉まった。
心中驚きながら、寮の中の入り口に立っていると、奥から狩衣なのだが狸人が一人やってきた。
「アベノマキビノカミと申します。」
名前だけで、ウズマはムッとした。名前にカミと付けて良いのは白狐の民だけだからだ。
「初めまして。しかし、カミをつけて良いのは白狐の貴族まで。陰陽師は貴族では御座いませんが、如何ですか?」
ウズマは考えをそのまま問うた。
「その通り、ただのアベノマキビです。それが何か?名前を尋ねに来た訳じゃないでしょう。」
相手も気分を害したらしい。扇子で口許を隠すが、苦々しい表情をウズマは見逃さなかった。
カミ、名前につけるのは、我こそは神様の様な存在とする貴族の傲慢さもあるが、と同時に貴族の特権であった。
「ではアベ殿。ミカド様の五弦の琵琶を運んでいる時に、妖魔によって襲われ、琵琶が何者かに奪われた話をご存知ですか?」
「存じております。運んでいたのは若き犬士だったかと」
「その若き犬士というのが某です。聞いたところでは陰陽師らしき人物が琵琶をもっていったとのこと。琵琶の在りかについて知りたい。」
「それは陰陽師ではなく、陰陽師に変装した者の仕業かもしれませんな。」
「例えば、貴方の様な?」
「陰陽師は皆貴族と同じ服装を許された身。頭が違うだけで貴族と変わらぬ存在ですよ。そんな事をする訳がない。」
「狸の頭でも心は貴族か?」
ウズマの立て続けの侮辱に、ウズマ同様短気で血気盛んな性格らしいアベは怒った。
「許されぬ!陰陽師を馬鹿にした報いは受けて頂く!」
扇子をしまうと同時に、袖の中で印を結び、口でブツブツと呟き始めたアベに向かって、腰に佩いた太刀の柄で腹をついて黙らせ、太刀を抜いて首もとに刃を向けた。
「誰が報いを受けると?貴族の格好をして貴族の如く振る舞えど、芯から貴族の如くあるのであれば襲いかかるなど考えられぬこと。琵琶を盗んだのは陰陽師の仲間か?言え!」
狸の黒と灰褐色の毛並みの上からでも青ざめているのが分かる程、動揺するアベにウズマは冷たい笑みを浮かべた。
「そこまでだ。ウズマ殿。」
今度は白狐で狩衣姿、尾が三股に分かれた人物が奥からやってきた。
「何者だ?」
「アベノキヨアキラと申します。貴方の答えを知っている者です。」
ウズマが太刀をしまうと、マキビは恨み言を口の中でぶつぶつ言いながらそそくさと立ち去って行った。
「ここでは血でなく実力で物事を決めていく為、外での常識に疎くなりがちなのです。マキビの態度をお許し下さい。」
「狸人の割には傲慢ですな。」
「いや、彼は時刻を決めている長である手前、我こそはという自負があるのです。」
「貴方は?」
「私は天文博士と占いを少々。貴方が来ることは占いに出ていました。」
「ならば早く出てくれば良かったのに。」
文字通り狐につままれた顔をするウズマにキヨアキラはフッと笑みを浮かべた。
「奥に入って下さい。話はそれからにしましょう。」
奥に進むにつれ、ウズマは違和感を感じた。襖で仕切られた部屋が数多くあり、屋敷全体からすれば個々の部屋はとても狭いはずなのだ。
だが、案内された部屋へ入るとき、違和感は驚きに変わった。
襖の中の部屋は広々としており、小さな庭があり、隣の襖の部屋まで空間をとっている様に見えた。
「部屋のなかは結界と術で見た目よりも遥かに広くなっているのです、さぁ中へ。」
ウズマが気味悪げに部屋の中に入ると、中では花の香りがした。庭から薫ってくるものだった。
「五弦の琵琶の件でお話に伺ったのですね?」
アベは丸御座の上で胡座をかいた。
「その通りです。」
ウズマは丸御座に正座して座った。
「狩衣を着た狸人、それが琵琶を盗んだ犯人です。取り戻さねばなりません。」
「成る程、貴族の服装の狸人といえば我々のような者しかおりません。」
「率直に言って、心当たりはありませんか?」
「さっきのマキビではありませんが、ここでの狸人は学生の時から主に時刻や暦を担当するものが多く、夜に活動する天文や、占いに進む者は少ない。陰陽寮に所属するものの仕業ではありません。」
「ならば、一体誰が?」
「それは野良法師の仕業です。」
キヨアキラは断言した。
「野良法師とは、仏教や道教の法師だけでなく、中には狩衣を着て陰陽師を名乗って、人を騙してまわっている者達です。我々としても悪質な者については許せるものではありません。このキヨアキラ、是非とも貴方の犯人捜しのお手伝いをさせて下さい。」
キヨアキラはアルカイックな笑みを浮かべた。
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