ミナモトノウズマの冒険

第2話 ウズマ

ビョオオオオオオ…!


バンバンバンバン!




 生木の束に向かって、長く太い木の棒を握りしめた若き犬士ウズマが、遠吠えの型という、独特の唸り声をあげながら振り上げては振り下ろし、叩きつけを繰り返していた。




ビョオオオオオオ…!


バシッバシッバシッバシッ!




 生木の束がしなり、折れて砕けんばかりのギシッギシッという音をたてながら、彼の稽古は続く。


 柴犬に似た頭をもち、茶色の毛並みから汗を流し、腕の筋肉は逞しくも悲鳴をあげつつある。




「朝から精がでるじゃないか、ウズマ」




 『白狐の民』の一人であるフジワラノフジツチカノカミ、略称フジが、広い庭で稽古するウズマに声をかけた。




「フジ様。おはようございます。」


「うん。おはよう。」

 フジは軽く手をあげる。


 フジとウズマは同じ年に産まれた。血による身分は違えども、幼なじみの関係であった。




「今朝は折り入って、お前に話があるのだ。」


「話と申しますと?」

 ウズマは棒を右脇に置き、拳をついて言葉を待った。


「うん。今度ミカドの屋敷から、宝物である五弦の琵琶が、外れの倉に運ばれる事になってね。」フジは多少勿体ぶった口調で話した。



「ウズマにその警護の長を任せたい。」



「…えっ!?」ウズマは思わず驚いた。


 犬士にとってこうした警備や警護は名誉あることだけに、犬士の長である『犬豪』と呼ばれる歴戦の武者が選ばれるのが普通だ。




「出来るね?」


「いや、そ、某は…」


 フジはクックと笑いながら、慌てる幼なじみに優しい声をかけた。


「驚く話ではないよ、ウズマ。ミカドは琵琶をもうひとつ手に入れた折り、古い方の琵琶を倉に返すことにしたのだ。屋敷の外れの倉に琵琶を納めるだけ。道中に何があるとも思えない。だから、私はお前を推挙した。」


「それでも某には大役にございます。」


「若さ故か?私はお前を信頼し、期待している。それで充分ではないか。なに、もっと大きな役目の為の練習と思えば、心は楽だ。」




 畏まるというより縮む様な様子のウズマに、顎のふさふさした白い毛を擦りながらフジが続ける。




「報酬は私の古の衣をやろう。それで良いな?ウズマ」


「承知しました。身に余る大役なれど、是非ともお受け致します!」




 この時代、白狐の民が服を与える事はその身分や威厳、霊力を分け与えるという意味もあった。

 また、衣装はほぼ全て絹であり高価である為、成功報酬としても充分であった。


 何より、フジは事あるごとにウズマを気にかけてくれている。ウズマはその期待に応えたかった。




「お香時計で今日の正午頃には琵琶を移す。警護長はウズマとして、脇にチカラヲをつけてやる。無事に終われば、今年の名前改めでウズマサと名乗るのはどうだ?」


「ウズマサ…」


 犬士は成人する際に名前改めてといって、名前を変える。ミナモトノウズマサの響きはウズマにとって悪くなかった。


「是非!」


もうウズマの眼には迷いはなかった。

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