第289話 アイが なかまに くわわった。
徐々に、しかして着実に信仰をキメようとしているヴァールの姿に背筋の凍る何かを覚えながらも、俺は念話にてマリーさんに語りかける。
『今、俺と香苗さん、望月さん、ソフィアさん、ヴァール、リンちゃん、ベナウィさんでWSOの研究所にいるんです』
『うん? 研究所……ああ、チビスケに会いに行ってるのかい。良い時間の使い方さね、ファファファ』
さすがのマリーさん、即座にアイに会いに行ったんだと見抜いてくる。思えばこの人いてこそ、今のアイがいるわけだからね。
今夜にでもアイと引き合わせることになるだろうし、その時は改めてお礼を言わなきゃな。
『それで、もうそろそろ良い時間ですし、会場のホテルに向かおうと思うんですけど……マリーさんとサン・スーンさんと神谷さんは今、どちらに?』
『私らはまだ、公平ちゃんたちの教えてくれた寺でのんびりしてるよ。いや、実に日本的で良いねここ。サン・スーンが特に気に入ってるし、神谷も羽を伸ばしてるさね』
『そうなんですね。良かったです、気に入っていただけて』
どうやら件の寺は気に入ってもらえたみたいで、ホッとする。せっかくだしうちの県を好きになってもらいたかったし、その一助にでもなったなら何よりだ。
時刻を考えると、マリーさんたちもそろそろその場を離れた方が良い気もするが……まあ、いざとなればお三方は探査者だし、全速で走ればあっという間ではあるんだろう。なんなら、空間転移で迎えに行っても良いしな。無論、寺から降りてからになるけど。有料施設に無断で立ち入りはNGだしね。
と、思っていたらマリーさんが言った。
『私らもそろそろ会場へ向かうとするよ。近くに駅もあったし、電車で最寄駅まで行けば余裕だろうさ』
『そうですね、分かりました。それじゃあまた、会場でお会いしましょう』
『ああ、またね公平ちゃん、それにみんなも』
そこで通話が途切れるように、念話でのやりとりにも目処が付いた。俺たちもそれぞれを見合って、じゃあ行こうかと動き出す。
研究所の責任者である所長さんが、見送りに来てくれた──間違いなくソフィアさんとヴァールの送り出しと、アイの壮行がメインだろう。特にアイについてはスタッフ総出で、何やら撫でられたり可愛がられたり、惜しまれたり泣かれたりすらしていた。
「元気でやってくれよ、アイちゃん」
「幸せに、アイ」
「寂しくなったらいつでも来てね! アイ!」
「きゅ〜……きゅう! きゅう〜!!」
アイの方も、何ヶ月とお世話になっていたんだ。家族同然だったろう所員の方々に向けて涙を流し、それでも俺からは離れまいとしがみつきながらも鳴き声を上げている。
俺は、この子の頭を優しく撫でながら所員のみなさんに言った。
「アイが大変なお世話になりました。ありがとうございました……また、ちょくちょく寄らせてもらって良いですか? もちろんアイを連れて。研究とか関係なく、この子も皆さんに会いたいでしょうから」
「おお……! もちろんですとも! アイくんは我々のアイドルなのです。いつでもお越しください。お心配り、痛み入ります」
「ありがとうございます。良かったな、アイ。いつでも遊びに来れるぞ、ここには」
「きゅう、きゅう〜!!」
言ってやると、とても嬉しそうにアイは笑顔を浮かべて鳴いていた。人に愛されて、人を愛することのできるこの子を、生かすことができて本当に良かったと思う。
WSO研究所の方々にもう一度、深く頭を下げて感謝を示す。ありがとうございました。この子を愛してくれること、とても嬉しく思います。
「……よし、それじゃあ行きましょう。ホテルはここから歩いて、たぶん1時間位です。なんならバスとかタクシーとかもありますよ」
「食前の運動、大事。お腹ペコペコ、最高に美味しくご飯を食べれる!」
「良い天気ですし、この町の風景はどこかホッとします。時間があるなら、のんびり歩いて行くのも一興でしょう」
俺の提案に、リンちゃんとベナウィさんはしかし、歩くことを選ぶ。リンちゃんはまあ、分かりきっている答えではあったが、俺の故郷の町並みを気に入ってくれたみたいなベナウィさんには、なんだか嬉しい気持ちを抱く。
ソフィアさん──ヴァールから交代している──も同様みたいで、香苗さんと望月さんに挟まれながらも微笑んでいた。
「私も、たまにはウォーキングというのも悪くありませんからね。それに、ふふ。お二人様も何やら話したいことがあるみたいですし」
「ふふふ……ヴァールはすでに入信寸前。次はあなたですソフィア統括理事。WSOトップたるあなたが使徒になってくだされれば、我ら救世の光にとってこれは大いなる躍進」
「あらあら。たとえ入信するにしても、さすがに公私は分けますよ? あなた方組織のために、WSOを丸ごと傾倒させるなんてできませんもの」
「そこはもちろん、弁えていますよソフィアさん。あなたとヴァールさんが使徒である、という事実だけで私たちにとっては値千金なんですもの」
「あらあら、うふふ」
「…………」
こ、怖ぁ……なんか腹の探り合いしてる?
麗らかな夏の夕暮れ、別に肝試しとかじゃないはずなのに、あの三人を見ているとなんでか肝が冷える俺ちゃんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます