第288話 天の声(山形)

 楽しく過ごしていた俺達だが、もうそろそろ時刻も夕方だ。頃合いを見て、ぼちぼち祝勝会をやるっていう駅近くのホテルに行こうかと、俺はみんなに呼びかけた。

 この頃になるとみんな、心地よい倦怠感を孕んだのんびりした空気を醸し出している。休日の午後っぽい感じだ。

 

「そろそろ会場に行きましょうか。なんか、ヴァールのおかげでアイを引き取ることになりましたし、この子も一緒で」

「きゅうー!」

「ん……ああ、もうそんな時間ですか。早いものですね」

 

 人差し指を猫じゃらしみたいに揺らして、飛びつくアイと遊んでいたベナウィさんが時計を見た。同時にアイの方はパタパタと小さな翼をはためかせ、俺の胸元に飛び込んでくる。

 それを優しく柔らかく受け入れて、子猫を抱くように抱える。すっかりと俺を親が何かと思っているようで、頬擦りして甘えてくるのがやはり、可愛い。

 抱きしめながら周囲を見る。先程までえらい目に遭っていたヴァールに、香苗さんと望月さんが捨て台詞ならぬ捨て伝道を言い放っていた。

 

「他ならぬ公平くんの手前、今日のところはほどほどの伝道で抑えておきますが……ヴァール、あなたを引き込んだ後は次はソフィアさんです。そうすれば我ら救世の光は、使徒として大幹部のポストをいつでも、あなた方に用意しますよ」

「ついに私の他にも使徒が生まれるのですね! しかもそれがWSO理事のヴァールさんとソフィアさんだなんて、とても光栄です!」

「あ、ああ……いや、いやいや。待ってくれ、ワタシはともかくソフィアを巻き込むのは待ってくれ。使徒だの大幹部だの、表舞台で活躍するあの子の立場ではさすがにまずい」

 

 いやお前は良いのかよ、良くないよ。

 もうすっかり、二人目三人目の使徒あるいは大幹部とやらにヴァールとソフィアさんを内定している狂信者たちに、何やらヴァールも満更でなさそうな返事をしている。伝道が効果抜群って感じですねこれは……怖ぁ……

 

 それでもソフィアさんは巻き込ませないとするあたり、たぶんだけどあいつが仮に入信したとしても、やはり優先順位は俺よりソフィアさんの方が高いと思うんだよね。

 あるいはヴァールにとっての救世主はもうすでに、ソフィアさんという人がいるんじゃないの? ってすら思う。

 

「しぃっ! やぁっ! しぃぃぃぃやぁっ!!」

「ふーむ、相変わらず惚れ惚れする、舞のような蹴り技ですねえ」

「ん、星界拳が体捌きは羽より軽く針より鋭いのが基本──ふぅ、運動終わり。お腹減った!」

「その燃費の悪さだけがネックですが……というか早いですね、まだあと数時間はありますが」

「空腹、これ最高の調味料! 数時間かけて飢えた身体に、とっても美味しいごはん、料理……! じゅるり!」

 

 健啖だなあ、リンちゃん。以前と同じく、徐に立ち上がっていくつかの型を披露していた彼女は、やはりというべきか腹を空かせるために行っていたみたいだ。

 なんというかやたらテクニカルで、埃すら立てずに神速の蹴り技を繰り出す技術に、俺やベナウィさんも、談話室にいた他の研究所員の方々も感嘆する他なかった。

 

 あまりの速度ゆえに蹴り足が消え、音速の壁を猛烈にノックする響きばかりが鳴り響くんだから、傍から見たらある種のホラーかマジックだよなあ。

 武術系のスキルを持つ、高レベル高ランクの探査者にだってこんな芸当はまず、不可能だろう。レベルも中堅下位、スキルに至っては《気配感知》のみというある種ストロングスタイルな彼女がそこまでできるのは、何をおいてもシェン一族が培ってきた星界拳の賜物だと認める他ない。

 

 さておき、全員が帰り支度をする。もっとも全員ほぼ手ぶらみたいなもんだし、研究所の方に用意してもらったコップとかお茶とかお菓子とか、あとアイと戯れるのに使った遊具なんかをまとめてお返しするくらいなんだけど。

 せっせか片付ける最中、俺は称号効果の一つを発動させた。

 

『マリーさん、マリーさん。もしもーし、山形でーす』

『────おお? なんだい公平ちゃん、直接脳内に語りかけてきて』

 

 たしか、《天裂く者と絆する人》の効果だったかな。決戦スキル所有者との念話能力だ。

 これにより四人の決戦スキル保持者──マリーさん、リンちゃん、ベナウィさん、そして香苗さんとアドミニストレータたる俺は、いつでもどこまで離れていても、脳内で直接言葉のやり取りを行うことが可能なわけだね。

 

「ん、公平さん……テレパシー?」

「最終決戦の時以来ですかね。相変わらず不思議な感覚です」

「天啓が……! 使徒望月、使徒ヴァール! 救世主様からの天啓を今、私は授かっています!」

「なんですって、それは本当ですか!?」

「決戦時にもやっていた念話か。天啓という表現は……コマンドプロンプトからの通信ならば、たしかにそうかもそれない……?」

 

 で、マリーさんへの通信は当然ながら、他の三人にも伝わっていて。三者三様の反応を示している。

 うん、天啓じゃないからね?やろうと思えばそちらからも送ってこれるわけだし。そしてヴァールの混乱ぶりがひどい。本当に使徒になろうとしてませんかね、あなた?

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