第102話 フィールドマップをうろついてるだけで遭遇するラスボス

 最奥にあるダンジョンコアを回収して、俺たちは特に問題なく帰還した。ダンジョン踏破、完了である。

 神社の境内に我が物顔とばかりに空いていた、迷惑極まりない穴が消えていくのを眺めてから、俺は香苗さん、鈴山さん、マリーさんに頭を下げた。

 

「ご指導ご鞭撻、本当にありがとうございました。おかげで自分のやるべきこと、課題が見えてきた気がします」

 

 本当に、心からそう思う。わずか数時間の探査だったが、得るものはあまりにも多かった。

 上級探査者の実力、自分の弱点、長所、多人数でパーティを組む時の振る舞い方──何よりも、アドミニストレータとして自覚を持ち始めた己。

 

 探査者としての漠然とした未来像が、アドミニストレータとしての確たる将来の姿へと変わっていく。探査者さえ含め、助けを求める人たちの、力になりたいと改めて思う。

 不思議なもんだ……それだけの心境の変化で、どうしてかこんなに心が熱い。

 感謝を込めた礼に、三人は揃って笑みで応じてくれた。

 

「糧になったなら何よりです。公平くん……きっと誰より重い使命を背負っているあなたを、私はこれからも支え続けます」

「香苗さん」

「僕には正直、君の抱える事情は分からない。だけど、君が己でなく誰かのためにダンジョン踏破を志しているのは伝わったよ。そしてその強さも。すまなかった。今までの非礼、深く詫びよう」

「鈴山さん」

「ファファファ。公平ちゃん、何度でも言うけど気楽においきよ。あんた一人が何もかも背負っちゃいけない。システムさんが何を考えていようと、あんたの心はあんただけのもんだ。誰かに利用されちゃいけない」

「マリーさん……」

 

 先達の、温かい言葉が沁みる。

 本当に得難い経験をして、ありがたい縁を得たな……

 改めてお礼を言って、かくして午前の探査は終わったのだった。

 

 組合本部に戻ると、まあ大体の人たちも戻ってきていて昼ご飯と洒落込んでいた。

 今日の昼もバイキング、今度は一人で楽しむ。香苗さんがこちらに来たそうにしていたが、マリーさん共々、鈴山さんに連れられて組合の偉い人たちと会議に行ってしまった。

 

 上級の、それも有名所となると大変だよなあ。ダンジョン探査以外でもややこしいことに巻き込まれがちで。

 ご愁傷様ですと南無南無しながらご飯を食べる。うん、タコスうめえ!

 

「よく食べるね。生きることは食べること、良い事だと思うよ、アドミニストレータ」

「!?」

 

 隣の椅子に座った人からいきなりそんなことを言われて、噎せつつ俺は振り向いた。

 男の子とも女の子ともつかない、ただ魔性に美しい中性的な子供の姿。トレイを二つも三つもテーブルに広げ、それぞれに山程料理を盛った皿を敷き詰めている。

 

 ──邪悪なる思念の端末!?

 こないだ佐山さんとのデートにて遭遇した、俺の宿敵が呑気な顔でこちらを見ていた。

 

「お、お前!? なんで、こんなところに!?」

「いやあ、なんかうろついてたら美味しそうな匂いがしてね。アドミニストレータもいることだし来てみたら、ふふふ、これだ。この世界の料理は美味しいから好きだよ」

『そんな、また感知効果を摺り抜けて……!? 気配がないなんて、そんなこと!』

「端末に過ぎない僕さえ感知できない効果しか与えられないなんて、贔屓が足りないんじゃないか精霊知能。せっかく手にした猶予だ、精々気張るべきなのにね」

『なっ……!?』

 

 こいつ……リーベに気付いている……声を聞いている。

 どうやってか知らないがこの、仮称を端末くんちゃんとしようか、は俺にしか聞こえないはずのリーベの声を、普通に聞いているみたいだった。

 普通に山のような料理を食べ始めている。ていうか食い方汚え! 手掴みやめろ、箸なりスプーンなりフォークなり使えや!

 

「え? 僕が? なんで?」

「単純に汚いんだよ。ほら、箸が使えなくてもスプーンとか、フォークとか」

「……ふうん? これ、どう使うの? 今までこうしてきたから分かんないや」

「お前野生の王国から来たの? いや、人間じゃないんだろうけどさ、郷に入らば郷に従えだよ。ほら、こう握って、こう」

「やれやれ、無理を言う。まあ仕方ない、従えるなら従おう……君の手、案外大きくて温かいんだね。ふうん?」

 

 案外素直に、端末くんちゃんは応じた。

 なれないスプーンとフォークを、それでも器用に使いながら食事を食べていく。食い方汚いのは素なのね。

 食べつつ──口の中モゴモゴさせてやがる。こいつマジでふざけんな──言ってくる。

 

「アドミニストレータ。随分と強くなってるね──僕にはまったく及ばないけど」

「……今のうちに殺しにでも来たか?」

「まさか。どんなに君らが足掻こうがもう決着は付いてる。君らの世界で言う終末期にまで、僕は手出しするつもりもないよ。精々、滅びを前に楽しんでくれ」

「余裕綽々ぅ……怖ぁ」

「油断も慢心も増長も謙遜もなく、ただあるがままの事実さ。0.01%の可能性すらなく、事態は既に確定した」

 

 口の周りをケチャップで汚しながら物言いばかりは尊大だ。赤ちゃんかな?

 とにかく絶対的な自信を覗かせながらも、味わうスピードではないおかしな速度で、端末くんちゃんはあっという間に山のような料理を食べ終えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る