狼は夜毎、ウソをつく
木村
プロローグ
第1話
――『小公女』 著 バーネット
昔々あるところに、裕福で恵まれた一人の女の子がいました。彼女はちょっとだけ娘に甘い父に大切に育てられ、まるで公女(プリンセス)のように気高い魂を持った子に成長しました。七歳のときにロンドンの寄宿学校に預けられると、彼女は持ち前の優しさと知性で人気者になります。しかし、十一歳のとき、状況は一変してしまいます。
父親が亡くなり、父親の事業も破産してしまったのです。
彼女の父親の事業に投資をしていた校長先生は、授業料も回収できないと彼女に理不尽な怒りをぶつけ、孤児となった彼女を屋根裏部屋に送ると、満足な食事も衣服も与えず、下女としてこき使いました。
しかし彼女はそんな厳しい状況でも、まるで公女のように、気高さを失うことはありません。なぜなら、彼女には想像力という翼があったからです。だからどんなときでも、彼女は気高さを失うことはありませんでした。
そして、ある日、彼女に、一つの奇跡が起こります。
それは彼女の父親の親友が――
『まもなく、品川。品川。お降りのお客様は――』
電車のアナウンスを聞いたわたしは、読んでいた本を閉じ、コートのポケットにしまった。
このコートは前の前の家の『おじさん』のお下がりだ。だからサイズが全く合っていない。わたしは一四〇センチもないけれど、あの『おじさん』は、たしか一九〇センチはあったから、肩はずりおち、袖はどれほどまくっても手が出ず、丈は足首よりも下。正直、とても動きにくい。
けれどポケットは大きくて、一枚だけであたたかいから、どんな冬の夜に追い出されても眠ることができる代物だ。
(もし、次の家の人がコートを買ってくれると言っても、これは捨てないでおこう。きっと、どこか、いつかの冬に、必要になるだろうから)
滑車が一つ壊れ、持ち手が歪んでいるトランクケースを持って立ち上がると、すぐに一人の青年が空いた席に座り、彼が立っていたスペースを埋めるように群衆が動く。私はギュウギュウに押しつぶされながらも、トランクケースを離さず、なんとか品川駅で下りた。
人の流れに逆らい、新幹線に乗り換えて、自由席で空き席を探して、なんとか座る。ここからまだ二時間は移動しなくてはいけない。
コートのポケットから本を取り出す。この児童書は数少ないわたしの荷物だ。もう、何回も読んでいるから背表紙は割れて取れているし、ページも黄ばんでふくらんでいる。でも、まだ読める。
(次の家の人は、いらない本をたくさん持っているといいな。それから、いらない本をくれる人だと最高。もし、……もしわたしが本を読んでいても、怒らない人だったら……いいなあ……)
この移動時間だけは、夢を見るのは自由だ。
物心つく前に両親が亡くなり、以来、わたしは親戚間をたらい回しにされ続けている。一処に留まれるのは最長半年、今日追い出されたところは一ヶ月だった。父の従兄弟の奥さんの従兄弟の……とにかくその親戚は、突然子どもを渡されて本当に困っていたし、なんとか引き取り手を見つけられて本当にホッとしていた。
(『次の家の人は、良い人だ』なんて言ってたけど、あの顔はどう見ても『ウソ』だった……)
わたしは窓に頭をつけて、外を眺める。
(『次の家の人』、わざわざ、新幹線のチケット代をくれるんだもの。きっと……わたしをたくさん働かせたい人ね。今の内に寝ておかないと……家に着いたら、もう、夢を見る時間もないわ)
わたしは本を膝において、目を閉じる。
十五歳の誕生日だった。
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