第22話 Side After

 夜も更けた頃、グレン達が刃竜と戦った場所に黒いフードローブを身に纏った一人の男の姿があった。

 

「全く。この様子では何も聞けませんね」


 男は少し呆れたように呟く。

 その仕草や口調、そして体つきも雰囲気もどこにでもいる一般的な男性にしか見えない。しかしだからこそ、身一つでこんな時間にこんな場所にいることが異常だった。


「私の……儲けが……」


「はぁ……」


 その男のすぐ背後からそんな弱々しい声が響くと、男はため息を吐いて、その声の元である自身の左手の先に目を向けた。

 男は左手で行商人のロドリゴの襟首を掴んでおり、ロドリゴはされるがままになっており、男が手を離すとそのまま地面に這いつくばった。


「その欲だけは一級品ですね」


 ロドリゴは重傷と言っても過言ではないほど、ボロボロだ。体中は傷だらけで手足は右手を残して折れ曲がっているし、服も土や血で汚れ切っている。

 しかし、ロドリゴはそんな状態だと言うのに、唯一無事な右手を使って、薄汚れた武器を大事そうに抱いていた。


「まぁ、いいサンプルにはなるでしょう。あれも含めて」


 男はそう呟くと、ロドリゴから目線を外して顔を上げる。その視線の先では何かが地面を這いずっており、男はそれに向かって足を進める。

 

「……コロして……やる」


 それはブロアだった。

 彼は生きているのが不思議なくらいの深手を負っていた。体の所々に深い裂傷があり、右腕は肘から先が失われ両足はねじれ曲がっていた。


「いつか……殺して、やる」


 ブロアは先ほどから呪詛のように恨み言を繰り返している。

 ブロアがまだ生きているのは、彼の恨みの強さだと言えるだろう。

 男は数え切れないほど、を見てきてブロアのそれは男の経験の中でも一、二を争うほどの強い憎悪だった。


「――なんともまぁ、執念深いですね」


 ロドリゴはブロアの様子を見て、少しの感嘆を込めてそういった。

 彼は確かに大怪我を負っていたが、その出血はすべて停まっている。その理由はその傷が全て焼かれているからだろう。そして魔法による治療の跡も見えることから、彼自身がこの深手を負った後に施したものだと分かる。


「その執念には感心しますが、こちらのことを知って生かす訳にはいきませんからね」


 男はそう言うと、魔法陣を組み上げていく。

 男の魔法の腕相当なようで、無詠唱にもかかわらず、複雑な魔法陣があっという間に組み上がった。


「それでは……」


 そうして、魔法を発動するため魔力を込めようとしたところで、その手が止まった。

 男の頭に妙案が浮かんだのだ。


「あぁ。そういえば、いい使い道があった。危ない危ない」


 男はそう呟くなり、即座に魔法を組みなおし、無事な左手だけを残して、ブロアの四肢を斬りおとした。


「ッガアアアアアア」


 ブロアはその痛みに吠えるが、男は気にした様子を一切見せない。

 そのまま、止血のために魔法で切断面を焼くと、軽い治療魔法をかける。


「アアアアアアアアアアアア!!」


「これは、いい素体になりますね」


 ブロアの叫び声をBGMに、狂気を瞳に宿した男の治療はまだしばらく続くのだった。

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