第21話 綺麗な嘘
グレンとアリスは晴れ渡った空の下、平原の中をのんびりと歩いていた。
「本当に誰ともすれ違いませんね」
アリスは見晴らしの良い平原をのんびりと見回している。
この辺りは人の往来がほとんど無いらしく、グレン達はここまで誰ともすれ違っていない。
「この平原は主要な街を結ぶ街道からは外れてますからね。旅人でも通る人は少ないと思います」
「そうなんですね。景色もいいのに勿体無い」
地平線が見えそうなくらい広い青々とした平原をアリスは楽しそうに眺める。
その視界を遮るものはほとんど何もない。あるとしても、数える程の樹木と小動物達だけだ。
「急ぐ旅ではないので、ゆっくり行きましょう」
「はい!」
二人の関係性は以前に比べ飛躍的に改善した。その空気感も穏やかだ。
そして、当の本人達もそれを実感しているからこそ、他に誰もいないこの空間をのんびりと楽しむことができていた。
それに、集落の一件で得られたのはその関係性だけではない。
「まさか、菓子まで手に入るとは思っていませんでした……」
グレンはアリスが手に持っているクッキーを見てそう言った。なんの変哲もない、いたって普通のクッキーだ。
「私も暫く食べていなかったですし、旅の最中に食べれるのは贅沢ですね」
アリスはそう言って、幸せそうな顔でクッキーを一口齧った。
基本的に菓子類は大きな街でしか手に入らないし、田舎に持ち込むにしても、生活必需品じゃない上に値段が少しばかり高い。そして、日持ちもしない。
つまり、菓子にあまり馴染みのない田舎の人間には、あまり需要が無いのだ。
「干し肉にパン。ポーション類まで揃っていましたし、ありがたいばかりです」
「でも、本当に良かったんでしょうか……」
アリスは少し不安げな表情を浮かべる。
行商人が運んでいた積荷が集落向けの物でもないと確認するなり、それを貰おうと提案したのはグレンだ。
当然、善人であるアリスはそれを拒否したのだが、グレンの説得力のある説明によって渋々納得したのだった。
——働きには対価を。
それは取引における鉄則であり、特に命を賭けて仕事を行うグレン達、冒険者や傭兵にとっては最も重要なことだ。
そして、それは相手が国だろうがマフィアだろうが、犯罪者であろうが、変わらない。
その部分を蔑ろにする者は、この業界からの信頼を失うのと同義であり、それによって報復を受けても仕方ないのである。
今回の一件でいえば、グレンとアリスは集落が襲撃されるのを防いだわけだ。その対価を貰うのは当然のことだ。
虚偽の内容で仕事の依頼をした挙句に、その対象が刃竜となれば、今回貰った食料やポーション類では全く足りない。
それに、アリスはもう聖女では無い。創神教と戦うにしても、人助けをするにしても、まずは自立しなければ元も子もない。
拠点もなく、路銀も食料にも余裕がない今の状態で綺麗事ばかり言っていられない。
そんなことをコンコンと丁寧に説明されてしまっては、アリスもグレンの提案に頷くしかなかった。加えて言えば、あの二人にはアリスも腹が立っていたため、それもアリスが納得の一助となった。
「本当に集落の人に迷惑はかからないんですよね?」
「はい。保存食はこの時期には不要ですし、嗜好品も日常生活には必要ありません。ポーション類も戦闘時に使われる様なものでした。集落の人が日常生活で使うようなものはありません。安心してください」
「すみません、何度も同じことを聞いてしまって。そこだけが気になっていて。集落の人達には罪はないですから」
(まぁ、本当に集落の人に罪がないかは分からないけどな)
グレンはその考えを心のうちに留める。
こういった名もない集落の人間は何かしらの理由によって元の居場所を追い出された人間が集まっていることも多い。
それこそ、長と馴染みの行商人が、刃竜に手を出して利益を得られるようなルートを持っている時点で、まともな集落ではない可能性が高い。
ただ、それはグレンの考えであるし、この集落と関わることは今後ないのだから、わざわざアリスに言う必要はないと判断したのだ。
「今頃、あのお二人はお仕置きを受けているんですよね」
「恐らく、そうですね」
「あの子達が加減できているといいんですけど……。私では一字一句を正確に伝えることは出来ないですから」
「あそこまで賢いなら大丈夫でしょう」
僅かな
あの後、二人は刃竜と取引をすることにした。残念ながら、グレンは何も出来ないため、アリスが刃竜と交渉をすることになり、その顛末をグレンはアリスから聞かされた。
まず、アリスが伝えたのは、子供を救った代わりに集落の人間に危害を加えないことだったらしいが、刃竜はそれを断った。
我が子に危害を加えた者を許すつもりは無いと言うことだ。
その後、アリスの必至の説得によって、危害を加えた二人を連れ出す代わりに、集落には危害を加えない。そして、その二人も命までは取らず、お仕置きで済ませると言う結果に収まったそうだ。
交渉と言っても、会話をするでも、ジェスチャーをするでも無いため、傍目から見ていると何をしているかは全く分からなかった。
グレンからすると、十数分ほど一人と一匹が至近距離で無言で見つめ合っていただけだ。
「とりあえず、あの二人には今回の一件をしっかり反省して、集落の皆さんに貢献してもらいたいですね」
「そうですね」
ようやくアリスの中で、今回の一件に決着がついたのか、アリスは機嫌が良さそうに小さく鼻歌を歌い始めた。
幸い、アリスはグレンが一瞬浮かべた微妙な表情には気が付かなかった。
グレンは気がついていた。アリスと刃竜とでは「お仕置き」の認識に大きな齟齬があることに。
きっと、それを知ってしまうとアリスは責任を感じてしまうだろう。
今回の一件では、グレンとアリスは巻き込まれただけだなのだ。その顛末にまつわる責任をアリスが背負う必要はない。
だから、グレンはそのことを心の中にしまった。
グレンは自分も頭を切り替えるためか、明るい口調でアリスに問いかける。
「聖女様、それで次は本当にあそこでいいんですか?」
「グレンさん、約束したじゃないですか。聖女ではなく、アリスと呼んでください」
「はいはい。アリス様。人が多い場所ですがいいんですか?」
「もう! そうやって」
子供をあしらうかのようなグレンの対応にアリスはため息を一つ吐くも、今度はグレンの様子を伺うように上目遣いでグランに尋ねる。
「グレンさんの推測が当たっているなら、私は行くべきだと思います。……また、 危険なことがあるかもしれませんが、グレンさんは大丈夫ですか?」
「はい。逃げてばかりでは何も変わりませんから」
「ありがとうございます! それでは行きましょう!」
アリスはグレンにグッと近づくと満点の笑顔でそう言うと、驚いた表情のグレンを追い越して先を歩き始めた。
「全く……」
天真爛漫というか、どこか子供っぽさが抜けないアリスにグレンは軽く笑みを浮かべると、その背中を追って歩き始めた。
二人の旅はまだまだ始まったばかりだ。
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