第14話 紙一重
(頼むぞ聖女様……)
グレンの命運はアリスに懸かっているといっても過言ではない。
これから始まる死闘の予感に、グレンの胸は激しく鼓動していた。
我が子を見失った刃竜の怒りの咆哮を浴びれば、常人では立っていることも難しいだろう。グレンも思わず生命線とも言える騎士剣を握る手に力が入った。
ここからは先の見えない耐久戦だ。
グレンに許されているのはひたすらに刃竜を引き留めて、耐えるのみ。
逃げることも、逃すことも、倒すことも、そして傷付けることも許されない、そんな無謀な戦いが始まった。
(来るッ!)
ほんの一瞬の睨み合いの末、刃竜は咆哮とともにグレンに駆け出す。そして、瞬く間にグレンとの間合いを詰めると、鋭い爪が生えた右前足を振るう。
しかし、それはグレンの想像を上回る速さではない。グレンはタイミングを計って横に大きく飛び退くことで躱す。
刃竜も一度躱された程度では諦めない。敏捷性に優れたその獣はすぐさま反転し、またもやその爪でグレンを切り裂かんと飛び掛かる。
しかし、今回もグレンは危なげなくそれを躱した。
そして、そんなやりとりを数回繰り返したところで、ふいに刃竜が攻撃を止めて、グレンとの距離を取るように後ろに下がった。
(早いな……)
グレンは舌打ちをする。
刃竜は落ち着きを取り戻したのだ。
頭に血が上った状態の単調で雑な攻撃であれば、グレンは難なく回避することができる。
しかし、頭が回り出した刃竜が駆け引きをしてくるのであれば、先程までのようにはいかない。
「本当はもう少しそのままでいて欲しかったんだけどな……」
グレンはジリジリと間合いを測るような動きを見せ始めた刃竜に苦い表情しか浮かばない。
そして、早く子供を見つけたい刃竜との膠着も長くは続かない。
きっかけはどちらだったか、砂利の擦れる音が鳴ったのが合図だった。
刃竜はたった一歩で十メートル近い距離を詰めると、グレンへと右前足を素早く振るう。
先程よりもキレがあり、かつコンパクトに振るわれたそれは次の攻撃への繋がりを想定できた。
避けるだけではジリ貧になるのは明白だ。だから、今度はグレンも避けることをせず、騎士剣でそれを受け流す。
「重ッ……」
しかし、その威力は伊達ではない。魔力で強化していても、それを完全に受け流すことは出来ずに後ずさる。
だが、そんなグレンを刃竜は待ってはくれない。
一撃目から間髪入れず、再び刃竜の爪が振るわれる。今度も上手く剣を合わせてそれを受け流すが、まだ刃竜の攻撃は止まらない。
今度は前足を薙ぎ払うのではなく、グレンを押し潰さんとばかりに、その爪を上から振り下ろした。
「ちッ……」
力比べではグレンに勝ち目はない。
今度は後方に転がるようにして刃竜の攻撃を回避し、それと共に魔法を行使する。
「『砂塵』」
グレンの詠唱と共に地面に魔法陣が広がると、まるで刃竜とグレンを別つように濃い砂塵が一面に広がる。
刃竜はその魔法に一瞬だけ警戒する素振りを見せたが、それが目眩しだと気がつくとすぐにグレンの影を追う。
そして、その影を追って前に踏み出したところで、突然、鼻っ面に強烈な一撃を貰って倒れ込んだ。
グレンがやったことは簡単で、幻影を出す魔法を無詠唱で使い、それを囮にしただけだが、それが上手くハマった。
「……これは傷付けるに入らないよな」
むしろ、あまりにも綺麗に不意打ちが決まってしまったため、グレンは少しやり過ぎたと心配するが、その心配は杞憂だとすぐに分かった。
少しだけ前足を鼻で抑えて唸っていた刃竜だが、既に体を起こしていて、不機嫌そうな様子で喉を鳴らしている。
そして、また睨み合いが始まったが、グレンは内心で少し焦りを覚えていた。
(まずいな……)
グレンは刃竜の意識が自分に向いていないことを目と耳の動きから見抜いていた。
グレンが危害を加えるつもりがないことに刃竜は気が付いたのだ。
「露骨すぎたか」
アリスからの合図がないと言うことは、まだ治療中と言うことだ。
となれば、悠長に睨み合いを続けていても逃げられるだけであり、こちらからある程度仕掛けて行かなければならない。
「仕方ない。攻守交代だ」
グレンはダラリと下げていた剣を構えると、刃竜を睨み付けた。
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