第13話 作戦開始
グレンが使った風の魔法は、幼体を庇うように大きく前に出た刃竜の尻尾の一振りでかき消された。
それは想定通りではあったが、その消し方にグレンは苦笑いを浮かべる。
「はは……。魔力も纏えるのかよ」
魔法はどんな形を取ったとしても、魔力の塊であることには変わりない。そして、魔力と魔力をぶつけた時、小さな魔力は大きな魔力に散らされるのだ。
先程のグレンの魔法もそうやって掻き消されたのだった。
魔法のこともあり、グレンを敵だと認識した刃竜は幼体を守るようにして、グレンの前に立ちはだかった。
こうやって正面から対峙すると、その圧倒的な存在感にグレンも寒気がした。
「……こんな化け物によく手を出したな」
流石、知能が高く、温厚と言われているだけあって、刃竜は唸り声をあげながらグレンを威嚇するも、攻撃を仕掛けてくるような様子はない。
このままグレンに攻撃を仕掛けてくれれば話は早かったのだが、そうは簡単にいかないようだ。
(アリス様の事はバレてなさそうだな)
刃竜はグレンから目を離さない。
グレン以外を警戒している様子は無いため、隠蔽魔法を使いながらこの周辺に隠れているアリスの存在には気が付いていなさそうだ。
「ここからが本番だな」
グレンは小さく呟く。
ここからは実際にグレンから刃竜に仕掛けていかなければ、成体から幼体は引き離せないだろう。
グレンは右手に持ったアリスの騎士剣を握りなおし、その感覚を確かめる。
そして一度だけ深く深呼吸をすると、驚異的な速度で刃竜に向かって駆け出した。常人では出し得ない、冒険者だからできる人外な速度だ。
しかし、今回は相手も人外だ。
グレンが剣を振るうよりも先に、リーチに優れる刃竜が先手を取る。一撃でグレンを三枚卸にできそうな爪がグレンへと振り下ろされた。
(……かかったッ!)
だが、先手を取らせることこそがグレンの狙いだ。
グレンはイメージしていた通りに振り下ろされた爪を剣で受け流す。耳障りな金属音と衝撃が剣に伝わるもアリスの騎士剣はびくともしない。
グレンは刃竜の爪を受け流し切ると、その脇をスルリと抜けて、刃竜の背後を取った。
そのまま後方側へぬけられては、子供が危険だと、無理な態勢ではあったが、刃竜はすぐさま尾を振り回しながら反転した。
「『閃光』」
マカナウィトルが振り向いた瞬間、グレンの目眩しの魔法が炸裂し、大音量と共に強烈な光が辺りを照らす。
突然、視界と聴力を奪われた刃竜は混乱して一瞬だけ闇雲に暴れたが、すぐに落ち着くとすぐさま我が子の姿を探す。
しかし、どこを見てみてもその姿は見えず、視界の先にいるのは剣を構えたままのグレンの姿だけだった。
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背後から刃竜の恐ろしい咆哮が響く。
恐らくこれから、我が子を奪われた刃竜による猛烈な攻撃がグレンを襲うはずだ。
アリスに出来るのは、グレンの無事を祈ることと一秒でも早く治療を完了させることだけだ。
「グレンさん……。無事でいて下さい」
作戦の第二フェーズ。
それは、アリスが幼体を確保し、治療することを目標としている。そして、それにはアリスが幼体を安全に治療できる場所まで退避することが必要だ。
二人がした事はシンプルだ。
グレンが閃光の魔法で刃竜の気をひいた間に、隠密魔法を使ったアリスが幼体を確保して走って逃げただけだ。
刃竜は視覚も聴覚も人より優れているからこそ効果絶大であるし、それが奪われて混乱した状態で隠密魔法をつかったアリスに気がつくのは不可能に近い。
そしてアリスは予定通り、大型犬より少し小さなサイズの幼体を両手で抱えながら森の中を走っている。
深夜であるため暗く、見通しの悪い森の中とは言え、数百メートルは離れておかないと危険だからだ。
「急がないと……」
アリスは幼体の様子を見て呟く。
本当は暴れられることを危惧して、睡眠魔法も考えていたのだが、それをする必要がないほど幼体は弱っていた。
体には二箇所、えぐれたような傷があり、小さな傷だと言うのにそこからは未だに血が流れ続けている。
どうならグレンが危惧していた通り、まともな武器によって付けられた傷では無さそうだ。
「この辺りならいいでしょう」
アリスは少し開けた場所で足を止め、ゆっくりと幼体を下ろすとすぐさま治療に取り掛かった。
本来であれば、一つの魔法で全ての治療を完結させたい所ではあるが、魔力量的な問題でそれは出来ない。
アリスは魔法で水を出し、傷口をきれいに洗浄すると、傷口の中に異物が入っていないかを確認するための探知魔法を使う。
「何でしょう、これ……」
アリスの探知魔法に引っかかったのは小石のようなサイズの球体で、どうやらこれが幼体を傷付けた武器の様だ。
アリスはすぐさま麻痺魔法を幼体に使うと、慎重にナイフを使ってその異物を取り出すも、アリスはすぐに顔を顰めた。
「これに呪い?」
黒々としたその不完全な球体は刃竜を傷付けるには物足りない様に見えるが、それには「呪い」の気配があった。
小石ほどのサイズの物に呪いを付与するには、かなりの技術が必要だ。
(誰がこんなことを……)
アリスはそんな疑問が浮かぶが、それをすぐに頭の奥へと引っ込める
——まずは一秒でも早く治療を終えることだ。
アリスは気持ちを入れ直すと治療へと取り掛かった
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