第11話 目覚め

「待って……ください」


 グレンがドアノブに手をかけた瞬間、もう一方の手が強い力で掴まれた。

 勿論、それは「待って」と告げてきた聖女によるものだが、その力の強さはグレンに引けを取らないどころか、上回りそうなほどだ。


「……断る、といったんだが」


 グレンは掴まれた手を解こうとするも、びくともしない。


 ……こいつ強化魔法まで使ってやがるな。

 グレンは聖女の必死さに驚く。

 つい先ほどまで、魔力切れで寝込んでいた者がやることではない。


「しっかりお給料も出しますよ。どうですか」


 そんな馬鹿力を発揮しながら、聖女は明るい声で勧誘を続ける。


「断る。そもそも金が問題じゃない」


「では何が理由ですか」


「それは何でも良いだろう。俺はあんたの護衛になるつもりはない」


「言えないということは、まさか体目当て!?」


「そんなわけなだろ」


 そんな聖女らしからぬ事を宣う彼女に、グレンは思わず振り向いてツッコミを入れるが、それが聖女の狙いだった。


「隙あり」


「うおっ」


 聖女はグレンが振り向いたタイミングでその手を強く引く。

 振り向いたことでドアノブに掛かっていた力が弱まっていたグレンはそれに抗うことが出来ず、体ごと聖女の方に引き寄せられる。

 聖女はそのままくるりと回転してグレンと入れ違うと、瞬く間に二人の位置が入れ替わった。


「ふぅ。これで落ち着いて話が出来ますね」


 扉への道のりを遮るように仁王立ちする聖女にグレンはため息ついた。


「……何が目的だ?」


 グレンはため息をついて、観念した様子で聖女に問う。

 どうせこのままでは、埒が明かないことは明白だったからだ。

 それに、聖女の引き止めは多少煩わしくはあったが、何故ただの冒険者であるグレンにここまで執着するのか、少し興味が湧いていたのもその理由の一つだ。


「目的は先ほども言いましたが、あなたを私の旅のお供――護衛になってもらうことですよ」


「それは分かってるが、俺に拘る理由はなんだ」


「理由といっても色々あるんですが……」


 その問いかけに、聖女は少し悩む素振りを見せる。

 何かを隠すという様子ではなく、言葉を選ぶといった方が近いだろう。


「一つは実力ですかね」


「俺は聖女様よりも弱いと思うが?それだと護衛の体をなしてないだろ」


 聖女との一騎打ちでは完敗し、魔人との戦いでも負けてはいないが、押されていた。

 護衛対象よりも弱い護衛に何の意味があるのかグレンには分からない。


「まぁ、私の方が強いですが、実際の所はどうですか?」


 聖女はグレンの目を見つめながら、艶やかに笑った。

 グレンは自身を見つめる金色の目から視線を逸らせずにいる。


「……何が


「呪い……いいえ、祝福といった方がいいでしょうか」


 グレンはその聖女の言葉に、眉をひそめた。

 殆どの神官や聖騎士が見抜けなかったそれを、流石聖女だけあって、その正体を一発で見抜いていた。


「今のところは悪い方に作用しているようですが、それを授けられながらあれだけの動きができるなら十分でしょう。それに仮に私より弱かったとしても、足手まといにならないなら、一人よりも二人ですから」


「……二人の方がいいことには同意する」


「それと、信頼面ですかね。冒険者の中で唯一あなただけが私に害意を抱いていなかったですし。現にこうして、ここで私が生きているのが何よりの証明です」


 聖女はそういって柔らかく微笑んで見せた。


「……」


 図星だとグレンは口をつぐむ。

 グレンは聖女を害する気持ちを全く抱いていない。それどころか、戦いが終わってから、放置していても問題ないというのにもかかわらず、リスクを負いながら、気を失った聖女を抱えてこの町まで連れてきてしまっているのだ。


「見返りという点だと、祝福の問題も私であればなんとかできると思います。先ほども言った通り給料もお支払いします。どうですか?」


 正直、聖女の申し出はグレンにとって魅力的ではある。

 祝福の件はもちろんだが、非常に強力な力を持つ人物と行動できることは自身の安全にもつながるし、それに加えて給料ももらえる。

 恐らく聖女だったというだけあって、人間性的にも問題はないだろう。

 それだけのメリットがあってなお、グレンは聖女の話を引き受けるつもりはなかった。

 その理由はたった一つだ。


「悪いが、それでも断らせてもらう。俺は創神教と敵対したくないからな」


 創神教と敵対するということは、この大陸中に敵が出来るということだ。

 そんな中で生きていけると思うほど、グレンは楽観主義者ではない。


 聖女はグレンの返事に悲しそうな表情を浮かべると、俯いた。


「そう、ですか」


「悪いな」


 気落ちしたような表情を浮かべる聖女に、グレンは胸が痛いむ。

 とは言え、背に腹は代えられない。

 グレンは何も言わないままの聖女に罪悪感を感じながらも、扉へと足を進める。そして、そのままグレンが聖女の脇を通り過ぎようとした瞬間、聖女がグレンに声をかける


「……最後に、グレンさん一つお聞きしていいですか?」


「構わないが……」


 グレンはそう言って足を止める。


「グレンさんが私の話を受けない理由は、創神教に命を狙われているからということで間違いないですか?」


「まぁ、そうだな」


「そうですか……。わかりました。では、お互い創神教という大きな組織に命を狙われている者同士、頑張って生き延びましょう」


「は?」


 どこか儚げな笑みを浮かべてそんなことを言った聖女にグレンは固まる。


「まてまて。なんて言った?お互い?」


「はい。恐らくグレンさんも聖女殺しの現場を目撃しながら、生き延びた冒険者ということで、創神教の敵対者ということで狙われるでしょうから、健闘を祈ろうと」


「いや、おかしいだろ。あの魔人とやらは倒したし、目撃者もいない。なぜそうなる!?」


 少し動揺した様子のグレンに聖女は困ったような表情を見せる。


「それはそうですが、断罪官は死に、聖女の死体はなく、一人の冒険者は生き延びて活動している。その事実がある以上、創神教は動くでしょう」


「それは……」


 間違いなく消しにくるのは間違いない。

 創神教にとって聖女とは象徴でもある。そんな存在を自ら殺害することは、あってはならない。

 となると、それを目撃してしまっているグレンという存在は創神教にとってはリスクの塊であるのだ。


「もちろん、あなたが世捨て人のように暮らせば、恐らく創神教もそう簡単にはあなたを見つけられないとは思います。ですが、表立って活動するには魔力波長の問題がありますからね」


「っ……」


 この世界に生きる誰もが持つ魔力。

 その魔力には特有の波長パターンがあり、それは一人一人違う。

 そしてそれは個人を特定するための手段の一つとなる。

 この世界で何らかの組織に所属するためには、魔力波長の登録が欠かせない。当然、グレンも冒険者として魔力波長を登録している。


「私は見た目に加えて、そのあたりの問題も解決できるんですが……」


 そう言うと聖女は残念そうな表情を浮かべたまま、動揺しているグレンに目をやる。


「一緒に行動しないとなると、私にはどうしようもできませんから」


「何を言って……。魔力波長は変わらないだろ」


「ですが、変えられることはご存じでしょう?」


「……」


 人が持って生まれた魔力の波長は変わらない。それは常識だ。

 ただし、稀に外的要因によって変わることがある。

 それは、身体に大きな影響を与える魔道具の効果や疾病、またはによって生じる。

 だからグレンはとして、冒険者協会に登録されているのだ。


「だが、そんな簡単にできるものじゃないはずだ。それこそ命くらいはかけないと」


「私は世界に数人しかいない創神教の元聖女ですから。その程度のことでしたら、できます」


 先ほどまでの様子や表情はどこへ行ったのやら、聖女は聖女らしからぬ悪い笑みを浮かべた。


「ではこうしましょう。今から冒険者協会に行って、の登録を行ってください。それが通れば私の護衛として私の目的が叶うまで付き合ってもらいます。もし通らなければ、このことは諦めるとしましょう」


「っっ……」


 グレンに選択肢はほぼないようなものだった。

 そして、その数分後、グレンは晴れて聖女の護衛として契約を結ぶこととなった。

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