小早川家の秋

くぼ あき

第1話

「もひとつ、コオヒ、いかが?」

「ああ」

「どちらなの」

「ああ、二つだね」

「何ですの」

「あ?ああ、いいね」

「召し上がるのね?珈琲にお砂糖二つでよろしいのね?」

デエトに出掛けた娘の帰りを待つ流星からは返事はない。麻莉奈は薬缶に湯を沸かす。

「あなた、昌子ちゃん、そろそろ帰るかしらね。」

「困ったね、あの子にも。LINEはしたのかね。」

「ええ。」

「それで昌子はなんて?」

「それが昌子ちゃん、スマホなんて今どき骨董品店にでも行かなきゃ無いなんて生意気な口きいて……持ってないの。」

「なんだ、じゃあLINEしたところで無駄じゃないか。駅前の豆腐屋の隣の骨董品屋に確かiPhoneGalaxyexpressが売ってたから、買ってきなさい。」

「売ってなかったらどうしましょう。」

「Amazonがあるだろう。」

「アマゾンって……あなた何時代ですか。今どきあるわけないでしょう。」

「なに?今、Amazonはないのか。」

「ありませんよ。」

「ないのかね。」

「ないわ。」

「そうかね。ないかね。」

「ええ、ないわ。」

夫婦の会話に割り込むようにマンション75階のベランダに日産SUNNYが到着し、パンタロン姿の若い男女はすらりと降り立った。

「お父さんすみません。昌子ちゃんに、お父さんがスマホしか持っていないと伺ったので、ご連絡出来なくて……」

「いや、いいんだよ、和夫くん。新しい自家用飛自動車買ったのかい?なかなか洒落ているね。アップしたらバエるんじゃないか?ハハハハハハ……」

「?そうですね!ハハハ…」

和夫青年は流星が発した単語の意味はわからなかったが、七三の前髪を撫で付けながら一生懸命笑ってみせた。

「お父様、その死語、Yahooで検索されたの?」

怒りのこもった痛烈な皮肉を放ち思春期の娘が自室へと瞬間移動すると、麻莉奈はため息をつき、角砂糖を珈琲カップに落とした。



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小早川家の秋 くぼ あき @kamakura0114

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