第6話 私にかまわないでください。


 ……《厨二病》の自爆により、確信が確定に変わったまま時間が止まってしまったかのような静寂が流れる。実際は上の階層で文化系の部活動に励む生徒たちの声が響いているのだが俺と《厨二病》の間に音はない。


「忘れてください」

 そう言って頭を下げた《厨二病》は廊下を走り出した。なんて言い訳するのか待っていた俺は反応が遅れ彼女を見送りそうになる。

 すぐにその後を追いかけるが直ぐに足を止めて考えた。……このまま俺が彼女を追ったらなんか色々とヤバい事になる未来が見える。


 そもそも俺は悪い意味で多少、名も顔も知られてる。彼女も《厨二病》という珍しいカテゴリーなせいで多分目立つだろう。どんなウワサが回るかは容易に想像できることだ。


「……やめとくか」

 どうせ同じ学校に通うわけだし、今日じゃなくても問題はないだろう。

 明日にでも都成に何か彼女について知らないか訊いてみるという手もある。

 それはそれで変な勘違いをされそうだが都成はわざわざ言いふらしたりするヤツじゃない。……はずだ。


 そんなことを考え込みながら下校していると何やらいつの間にか人混みの最後列に並んでいた。

「……なんだこれ?」

 ただ学校の正門に向かっていただけでこんなに混み合うはずがないのにおかしな事になってる。

 幸い背が高いので人混みの向こうの景色が見えたが他の後列に並ぶ生徒たちは困惑していた。

 校門の前に道を塞ぐようセダン型の車が停められ、その前に数人の男たちがタバコを吸いながら立っていた。


「だーかーらー!さっきから言ってんだろうが!!」


 そんな怒声が響き渡る。

 聞き慣れたクソみたいな、そのガラガラ声の主は《馬原兄弟》の弟。

 俺の中学時代の同級生でバカみたいな因縁の元凶だ。


 馬原宗二まはらそうじ

 ここ桜間市の市議会議員、馬原宗介まはらそうすけの次男で市を代表するチンピラ系モンキーはセダンのボンネットに座りタバコを吸っている。


「天城出せばコッチは満足なんだよ!さっさと天城連れてこいボケ!!」

「宗二の言うとおりだ。俺たちは別にお前ら東高の連中全員と敵対するつもりはねぇ」

 感情的に喚き散らす馬原弟の横で偉そうに二の腕を組むのが馬原兄弟の長男。

 馬原宗一まはらそういち

 学年で言えば二つ上で大学一年の代になるのに未だ田舎のチンピラごっこを続けているどうしようもないヤツだ。

 未だになんて言ったがこの手のヤカラはきっと死ぬまでずっとこういう風に生きていくんだろうな。


「お前らが誰にケンカ売ってるとかどうでもイイんしゃ!!オレがお前らにケンカ売ってるのに逃げんのかゴラァァァ!!!」


 拡声器でも使ってんのかってくらい馬鹿デカい声が響き渡った。

 コチラに背を向けているので顔はわからないが後ろ姿と今の大声で誰か直ぐにわかった。

 《東高の怪獣》こと郡里こおりくんだ。


 二つダブって今年から同級生になった郡里くんはとにかくケンカ大好きの異常者で俺も何度か相手させられた経験があるが、とにかく強い。

 怪獣と呼ばれるのも納得のイカれた強さだ。

「……はぁちょっと通してくれ」


 俺は校門を通れず立ち往生している生徒たちや郡里くんの喧嘩を見るために集まった野次馬たちの間を通る。

 ホントーは馬原兄弟に見つからないよう裏門から抜けて帰りたいのだが郡里くんが出張ってしまったのでそうはいかなくなった。

 自分の喧嘩に他人を巻き込むなんて恥ずかしいし、その巻き込む人間が郡里くんだなんて最悪だ。

 絶対派手になって警察沙汰は免れないし、馬原兄弟の怒りは後日俺に向くのが目に見えてる。

 郡里くんはギリギリ人語が喋れるだけの武闘派ゴリラなんだから誰か檻に入れておいてくれよ。


「天城ぃぃぃ!!!」

 馬原弟が俺に気づくとバカ丸出しで、飼い犬が久しぶりにあった飼い主に会って喜ぶかの如く叫び、乗っていたセダンのボンネットから飛び降りた。

「二、三日ぶりだろ?そんな嬉しそうにすんなよ」

 昨日の朝、久留間のオッサンや蘇我がウチに訪ねてきた《東町公園》での一件以来だから正しくは一日ぶりか?


「チッ!なんでもう怪我治ってんだ?」

 馬原兄はタバコを投げつけてイラついた様子だ。

「やっぱ殺すしかねぇな!このゾンビやろーが!!」

 馬原弟は頭が悪いので言い回しが独特だ。

 ゾンビなら生き返っちゃうだろうが。

 

「おい!何でお前いんだ?!来んなよ!邪魔すんなよ」

 郡里くんが鬼の形相でコチラを睨んでくる。

 邪魔なのはアンタの方だって言いたいがそんなこと言ったところで、この人には理解できない。


「……すんません郡里くん。コイツらは俺の客なんスよ」

「あ?そんなもん関係ねぇだろ?!俺が今コイツらにケンカ売ってんだ!」

「それじゃ横取りっスよ。よくないっスよ順番は守らないと。郡里くんも購買とかで横入りされたらムカつきませんか?」

「…………………………ムカつく!!」

 郡里くんはバカだしイカれてるが人間が腐ってるわけじゃないのでシッカリと目を見て説明すればごく稀に理解してくれるのだ。

「じゃあ今回は俺に預けて貰えますか?」

「……ん!」

 不服そうだが一応、理解はしてくれたのか郡里くんは退いてくれた。

「………………テメーら全員ツラ覚えたからな」

 馬原兄弟とそのツレの顔を一人一人舐めるようにじっくりと見渡しそう言い残して郡里くんは去って行った。

「んだよ、郡里くんヤラねぇのかよつまんねぇ」

 そんな声が背後から聞こえてくると人だかりになっていた集団は散っていった。

 校外寄りにいた連中はみんな野次馬っつーか見学者だったわけだ。

 校舎側の人たちは俺たちや停められたセダンの横を抜けて帰宅していく。その中に《厨二病》の姿はなかった。彼女はきっと裏門から帰ったのだろう。


「……なに無視してんだコラ!」

「人のことナメんのも大概にしろコラ!!」


 よそ見していたら馬原兄弟の逆鱗に触れてしまったらしい。彼らは議員の父親が家庭に興味を持たず、母親も金と自分自身にしか興味がないため他人から無視されるのがきっと嫌いなのだろう。

 知らんけど。

 まぁでも金持ちの不良って割とそんな感じだよな。


「乗れ!」

 馬原弟は乱暴にセダンの扉を開けるとそう言った。

 どこに連れて行かれるのかは知らないが、ロクな事にならなそうなのはわかる。


「……やめろ!警察呼ぶぞ!」

 声のした方へ向くと、そこには我が校の善性たる後藤くんが生まれたての子鹿き小馬みたいにプルプル膝を震わせながら立っていた。

 身体の側方でギュッと握った手もウソみたいに震えている。

「ぁああ?!んだてめ!っろすぞ!」

 馬原弟は感情が昂りすぎて呂律が回っていない。

 なにかの副作用にも見えるほどだ。


「……いいよ。乗るよ。だから無駄に他人に絡むな」

 震える後藤くんを庇うように俺は馬原兄弟の車に乗り込み馬原弟を宥める。


「車での登下校は校則で禁じられているんだ!友達や家族の送り迎えも病気や事故を除いてダメなんだぞ!」

 俺を逃さないよう両サイドに座った馬原兄弟が同時に車の扉を閉める時、そんな声が聞こえた。

「なんだあいつキメーな」

「お友達か?」

 馬原兄弟はそう言って笑う。


 まさか後藤くんが俺を守るとかそういうのじゃなくて『校則違反を咎めるため』割り込んできたとは思ってもみなかったな。

 

 何かを未だに叫ぶ後藤くんを尻目に走り出したタバコ臭い車の後部座席で俺を挟む馬原兄弟に訊ねる。

「どうするつもりだ?」

 馬原弟がニタニタと笑う。

「殺すに決まってんだろ」

「……いつもそう言ってるな」

「ウルセェ!殺すぞ!!」


 今にも食ってきそうな勢いだけの馬原弟と違い兄は冷静に、車に乗って以降、一言も発さない。

 馬原弟は貧乏ゆすりをし始めた。


「なにか緊張してるのか?」

「ウルセェ!今すぐに殺されてぇのか?!」

「宗二!オメェのほうがウルセェぞ!」

「ぐっ……わりぃ兄ちゃん……おら!テメーのせいで怒られたじゃねぇか」

 座ったまま肘で殴られる。

 躊躇なく顔に攻撃してくるあたり相変わらず何も考えてないんだなコイツは。


「っ!いてぇ……あぁ、緊張してるって言われてキレるってことは正解なのか」

「天城、お前も黙れ」

「誰か偉い人んとこでも連れてくのか?それとも初めての何かをするのか?」

「黙れ、と言ったはずだが」

 馬原兄は俺の首元にサバイバルナイフのようなものを突きつけて脅してくる。


「……」

 俺はその馬原兄の目をじっと見返す。

「……そうだ。ずっと黙ってろ」


 馬原兄の目はどこか緊張しているようで微妙に揺れていた。兄弟揃って挙動不審だな。

 弟の方は想像つくが、兄の方がわからない。

 コイツはイカれてるゴミ人間だが薬に手を出すほど落ちてない、バランス感覚があったはずなのに。


 小一時間ほど黙って車に乗っているとどこかの山の中で車は止まった。

 県外に出た可能性がある。


「降りろ」

 車が停まると同時に外へ出た弟と違いゆったりと動いた兄の方に引かれて車外へと放り出される。


 ……古い、錆びた廃車が山のように並べられているのが目についた。

 辺りに街灯がロクになかったので車の中からはわからなかったが、ここはどこか山の中のヤードかなにかそういう施設だろう。


 山中のヤード、馬原兄弟の醸し出す緊張感。

「っ!お疲れ様です」

 遅れてやってきた黒塗りにスモークガラスの車がコチラへ近づき、それから降りてきたスーツ姿の男とジャージ姿の男たちに山びこかってくらいに連続で馬原兄弟とその仲間が頭を下げ挨拶をした。


「よう天城くん。久しぶりだな」

「……お久しぶりですね。金田さん」


 この状況でヤクザが出てきたってことは、コイツらマジで殺しにきてんじゃねぇか!


 脳みそをフル回転させて、この状況から生き延びる方法を捻り出す。表には決して心情を出さない。

 焦って困って悩んでる素振りを必死で隠し、冷静なフリをする。

 弱みを見せたら最後。

 こういうヤツらはそこに噛みついて離してくれないからだ。


「さすがの生存者だ。この状況を理解してなお、そんな生意気な表情でいられるとはなぁ」

 金田は無防備に近寄り俺の肩を叩き「本当は馬原兄弟よりキミの方を買っていたから残念だよ」と耳元で囁いた。


 あぁだから他人と関わるのは嫌いなんだ。

 

 

 


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