第5話 放課後のレストルーム


 仮面で顔を隠した謎の女性?と見えない《なにか》に出会った次の日。

 俺はいつものごとく遅刻をして学校へ向かう。

 

 今日は叔父がどこかへ出ていたらしく、昨日の出来事について訊く機会を逃してしまった。

 叔父に訊いたところで何かわかるという確信があるわけではないが、俺は誰かにあの突拍子もない出来事を聞いてほしいのかもしれない。

 

 蘇我の事も含めると、一介の高校生でしかない自分一人で抱え込むには荷が勝ちすぎる。


 そんなことを考えながら電車に乗っていると同じ車両にウチの高校の女子生徒が乗ってきた。

 同校の一年生を示すリボンに眼帯、不格好に巻かれた包帯。昨日も見かけた《厨二病》の女子生徒だ。

 

 その女子生徒を見て思い出す。

 そういえば彼女のおかげで俺は厨二病という単語を知ったし、知ったおかげで蘇我の追求を誤魔化すことができたので感謝しなきゃならないな。

 まぁ向こうからしたら同じ高校という事しか縁がない相手からいきなり話しかけられても嫌だろうし、声は掛けないでおこう。

 都成ならいつもの軽い調子で連絡先の交換を迫るのだろうが、それは俺のキャラじゃない。


「……?!」

 なんとなく見ていたらコチラの視線に気がついたのか、女子生徒もコチラを見て、目が合ってしまった。

 向こうはソレと同時に何かに気がついた様な表情をし、視線を逸らす。

 自分で自分を有名だなんて自惚れるつもりはないが、どうやら向こうはコチラを知っている様に感じた。俺の何を知っているのかわからないが、おおよそ悪い噂やその類だろう。

 無駄に怖がらせるのも嫌なので俺は車両を移動する。まぁ、どうせ向かう先は同じなので意味なんてないんだけど。


 ――――――――


 学校につき、授業をテキトーに聞き流していると叔父から『仕事で数日ほど帰れない』というメッセージがスマホに届いた。

 帰ったら昨夜のことについて話すつもりでいたが……今日の放課後はどう過ごそうか。

 

 今まで通りテキトーに図書室で借りた本でも読んで家で大人しく過ごすか、街をブラつく……のは危険だな。

 昨日の様な摩訶不思議なことに巻き込まれる事はもう金輪際ないだろうが、馬原兄弟がどうせまだ俺を追ってるはずだ。

「うーん……」

 俺は腕を組んで小さく唸り中学時代から続く馬原兄弟とのくだらない因縁に蹴りをつけるか、今まで通りヤツらを躱して生きていくか悩む。


「……え?珍しい。なんでちゃんと授業聞いてんの?」

 

 隣の席の都成が目を覚まし、コチラへと声をかけてきた。

「寝てろ。まだ授業中だぞ」

「いやいや、それはおかしいだろ」


「しーっ!!」

 我が校で数少ない優等生キャラの後藤くんがイラついた様子で静かにするようジェスチャーをしてきた。

 彼のおかげでウチのクラスは底辺高校にあるまじき静かさを常に保っているのだ。

 実際のところ、大半は寝ているのだけど。


「……で?なにを唸ってんの?」

 都成はコチラに身を寄せ小声で訊ねてくる。

「……放課後の過ごし方だよ」

「え?!今日バイト休みなの?」


「しーっ!!」

 後藤くんが恐らく今日、彼が発した音の中で最大級のものであろうを出すと教員から「後藤、キミの方がウルサイからやめてくれ」と注意を受けた。

 かわいそうな後藤くん。でもね、底辺高校の教師なんて、そのほとんどが『問題なくテキトーにやってればお給料もらえる仕事』くらいの認識しかないし、生徒たちも大半はそれを踏まえているから今ここで間違っているのは多分、キミなんだよ。

 進学校と違ってウチの教師が行う授業の内容に価値なんてほとんどないんだから。


「後藤くん可哀想……」

 さっきよりも声を絞った都成が話を続ける。

 視線の先には露骨に肩を震わせる後藤くんがいた。


「お前のせいだろ」

「そうなの?」

 

 都成はホントに自覚がないらしく頭を傾げる。

「まぁいいや、それより放課後ヒマなら遊び行こうぜ?」

 それよりってお前……。

「遊びってなにすんだよ?」

愛桜あいおう大のお姉さま方と合コンがあるんだけど――」

「――俺がいくと思うか?」

 思わないだろう?とまでは皆まで言わないが分かりきっているだろうに……。

 俺の覚えている子どもの頃の都成といえば、女子と話しただけでエッチマンとか、あだ名をつけるほど可愛らしい思春期の少年だったのに今やコレだ。

 成長というかなんというか。

 

「なんでだよ?!行こうぜ?!ぜってー楽しいって!」

「……馬原兄弟がついてくるかもよ?」

 

「え?……まだ追われてんの?」


 終業を知らせるチャイムがなった。ゾンビどもが目を覚ますかの如く、静かに寝ていたクラスメイトたちが身体を起こし始めた。


「まぁその話はそのうちな。とりあえず帰るわ」

「ん、気をつけろよ?」


 机に座ったままスマホを弄り手を振る都成を尻目に俺は教室を出て校舎を歩く。

 部活に向かう生徒やらホームルームに向かう教師とすれ違い下駄箱へ辿り着いたところで俺は自分の尿意に気がついた。

 

 ……駅のトイレは汚いし学校でしとくか。

 

 と、思い下駄箱付近のトイレへ向かうがそこは部室のない運動部やレギュラー外の生徒が着替えるのに利用していてトイレとして使える雰囲気ではなかった。

 私立ならこんな事ありえないのかも知れないが公立じゃよくある光景だ。


 ……どうせこの分じゃ本校舎のトイレはどこも運動部が占有している可能性が高いな。だったら最初から実習棟に向かった方が確かだろう。

 そう考え実習棟一階のトイレへと向かう。


 ドガッ!!!


 用を済まし手を洗っていると大きな音と衝撃がした。壁の向こう、女子トイレからだ。

 人が壁に思い切りぶつかったような……いや、違うな。壁にぶつけような音だ。


 続いて「キメぇんだよ!!」と、叫ぶ声も聞こえてくる。

 あぁなるほど。まぁそういうことか。

 高校生にもなってイジメなんて情けない。と思う心はあるが女子トイレに入って止めるなんて選択ができるほど俺は強くない。

「アンタみたいなのがクラスにいるとアタシたちまでおかしいヤツみたいに笑われるだろうが!」

 ……入って行って止める勇気はないが出てきたところに釘を刺すくらいはするべきかと思い廊下で待ってみる、するとなんとも理不尽な言いがかりが聞こえてきて笑いそうになる。

「学校くんなよ!厨二病!」


「……?!」

 厨二病……?

 まず間違いなく加害者側であろう女子生徒の甲高く喚き散らす声に俺は反応する。

 厨二病がどうたらってことは今朝も見かけたあの子が被害者ってことか。

 だとしたら傍観している場合じゃないな、俺はあの子に多少なりの恩義があるのだから。 

 

 バンッ!

 壁を叩くような音が鳴り響いた。廊下まで聴こえるほどの音を出したら丸わかりだろうに。

 ……俺は女子トイレに入っていくのを躊躇する。

 これがもしイジメでなく演劇部のセリフ読み的なもので俺の今想像しているのが壮絶な勘違いだったら……なんて都合のいい言い訳が際限なく浮かんでくる。


 でも、そんなのはどれも言い訳だ。

 他人と関わると碌なことにならないことの方が多いから避ける理由を探しているだけ。

「……はぁ?今なんて言った!?」

 怒声は未だ落ち着かず、なんならさっきより更にボルテージが上がっている。

「……もうやめてください!」


 今日の午前中、電車で会った時に『もしかして』って思ったんだ。背格好が似てるから?背中を痛そうにしていたから?俺と目が合って気まずそうに目を逸らしたから?理由は正直なところ、自分でもよくわからない……でも今、確信になった。


 目の前の女子トイレから聞こえた悲痛な叫びは昨晩、あの公園で聞いた声だった。


 そう勝手に結論付けると自分の中で彼女を助ける理由が助けない理由を大きく上回る。

 あの見えない『ナニカ』が何だったのか知りたい。

 そんな野次馬根性……だと聞こえが悪いな。

 知的好奇心に突き動かされた俺はさっきまでの躊躇を忘れて真っ直ぐに女子トイレへと侵入して行った。


「学校辞めろよ!もしくはその痛いキャラやめろ!」

「手ェ出されないうちに諦めちゃいなよ。モテないよ?そんなキャラ」

 ギャハハ!

 とでも今にも笑い出しそうな下卑た光景に俺は辟易する。半年ほど前まで中学生だったとはいえ何とも恥ずかしい奴らだ。


 まぁ世の中にはもっと陰湿で苛烈なイジメがあるのだろうけど……。


 女子トイレの床に座り込んだ厨二病と呼ばれるファッション?をした女子生徒を複数の派手目な女子生徒が囲い罵倒する場面に遭遇したことのある人はこの世界にどの程度存在するだろうか。


 俺は頭の中で第一声をシミュレートする。


 咄嗟にいくつか浮かんだが、結局この手の事は勢いと雰囲気が全てだな。と簡単な結論に至った。


 すぅー……。

 と、息を大きく吸い込む。


「さっきからウルセェんだよボケが!!」


「ひっ?!」

「はっ?!」

「へっ!?」

 は行なんたら活用かよコイツら。

 揃いも揃って似たような芸のないリアクションを並べた加害者の女子生徒たちは俺の顔を見ると何人かは直ぐに俺が誰かわかったようで「ヤバい」という表情を浮かべた。


 最も化粧の濃い、派手な髪色をした女子生徒が「お、お疲れ様です……アタシ、その、天城さんと同じ中学の出身で……」とコチラのご機嫌をとるような態度をとってきた。

 俺の顔に覚えがないのか状況を理解できていなかった生徒たちも、その姿を見て俺のことを『媚び売った方がいい相手』と共通認識したらしく口々に挨拶をし始める。現金な奴らだ。


 何人が『お疲れ様です』と言ったかは定かではないがなんとも体育会的なノリだ。

 俺はこういったノリがどうにも好きになれない。

 恥ずかしながら不良だなんて呼ばれることもあったが、不良と呼ばれるヤツらとは水が合わないのだ。

 

「どんな事情があったか知らないけどウルセェよ。あと中学の後輩が高校生にもなってイジメに加担してるとか恥ずかしくて死にそうなんだけど?」

 同じ中学の後輩と名乗った女子生徒の方を向いて俺はイラついてますよ感を出しながら頭を掻く。

「……いや、これは、その、イジメじゃなくて……」

 なんてよくある下らない言い訳を始めた中学の後輩と言った女子生徒の言葉を遮り俺は自分の頭を廊下の方へ動かして退室を促した。


「……失礼します」

 俺の隣を抜けて女子生徒たちが去って行ったのを確認すると背後で被害者の《厨二病》が立ち上がった。


「……あ、ありがとうございます」

 コチラに顔を隠すようにお辞儀するとそのままいっさい顔を見せず通り過ぎようとする《厨二病》の背中に俺は声をかけた。


「お礼はいらねぇから昨日のことについて教えてくれよ。あの見えない《ナニカ》について知りテェんだ」


 《厨二病》は立ち止まりコチラに背を向けたまま

「……?」と言った。

 言えない事情があるのかも知れないが、こんな安い演技で誤魔化されるのは少しアホくさいな。


「そういうのもういいよ。こっちはもう確信してんだよ。お前が昨日の変な仮面の女だって事は」

「変じゃないですよ!あの仮面はモルガンが遺してくれた大切な……っ?!」


 問うに落ちず語るに落ちる。とでも言ったものか。

 自分で認めてしまったことに気がついた《厨二病》は口に手を当てて『しまった』と言わんばかりのポーズで固まる。


 ………………俺はこのちょっと古いドラマとかアニメっぽい感じのリアクションをみてクラスメイトたちがイラっとするのもわかる気がした。

 

 

 

 

  

 

 

 

  

 

 

 

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